銃殺刑当日 堀川悌史と本山暁久・1
髪を撫であげた長身の部類にはいる青年は、怜悧な容姿と銀縁の眼鏡が相成って、黙って腕でも組んで立っていれば威圧的でもあり、冷淡でもありそうな印象を見る者に与えた。
とくにいまは帝国海軍第一軍装をそつなく着こなしているから、なおのことその印象が強い。
実際、普段は物事には動じないほうではあるが、一度癇に障れば直截苛烈、公においてはひと睨みの怒気を放つだけで済むが、私においては手も足も出る難癖を持っている。
無論、自らすすんで喧嘩を売りこそはしないが、迎撃的に買ったら最後、相手は大いに後悔する羽目になる。
簡単に言えば、見た目に反し気は短いほうだ。
それでいて、海軍兵学校時代や海軍大学での成績は稀なる才で優秀。
上官、同輩、部下、兵員たちにも知られる存在で、思いのほか面倒見もよくて、信頼が厚い。
今朝も早朝から陸軍の歩兵部隊との一触即発騒ぎで、同輩や部下、兵員たちをとにかく抑えてくれと頼まれ、どうにか耐えよと説得し、ようやくのことで陸海軍軍事関連収容施設および刑場までたどり着いたのはいいが、
「――いったい、どういうことなんだ、堀川っ」
今度はまったく身におぼえのない叱咤が随所から飛んでくる。
施設内を素早く歩き、半円状舞台になっている刑場を見下ろすかたちの見届け席に着きたいというのに、事あるごとに上官に呼ばれては状況を説明しろと怒声を浴び、何とかしろと叱咤を浴びるばかり。
――正直、これに舌打ちしたのも一再ではない。
当人にとっては最初、何が理由でこのように非難ばかりを受けるのかとかなり怪訝に思っていたが、
「堀川っ」
ほとんど激昂を放たれるように上司に名を呼ばれては、足を止めないわけにはいかない。
しかも、自分を呼び止めた五人目の上司はかなり厄介だ。
ほんの先ごろまで京都の寺院で僧侶をしていたという異色の経歴を持つ、剃髪の男。
突如、帝国海軍軍人に転身したかと思えば、あとすこしで将官という立場まで昇りつめている。
目もとが細い痩身だが僧都特有の奇妙な気配があって、青年も彼にはなかなか頭があがらない。
「郡司さん、先ほどからいったい何なんですか。俺が何をしたと言うんですか?」
「それは、こちらの台詞だ。なぜ本山を止めなかった?」
「本山……」
ようやくのことで上司たちに叱咤される原因の言葉が出た。
苗字を聞いて、青年は反射的に反応する。
「暁久が何かをしたんですか?」
刹那、今日の銃殺刑によほど思い詰めていた感情が爆発したのかと眉を寄せたが、青年が知るかぎりの「彼」はそれでも感情を留める忍耐を持っている。
だが方々から上司たちに声をかけられる理由が「彼」だとしたら、よほどのことをしでかしたのだろう。
――自分がこのように上司たちから「とばっちり」を受ける理由はただひとつ。
彼らでは御せない「彼」が絡んでいるときだけだ。
青年は充分に学んでいる。
全貌はまだ把握できてはいないが、上司たちが自分を頼るしか方法がないという状況だけは飲みこめた。
――そして、事態は青年が想像するそれを上回る深刻さを抱えていた。
「なぜ本山が閣下のご子息を連れて、ここに来ているんだ? 堀川、おまえは何か聞かされているのか?」
「……暁久が、誰を?」
青年は一瞬、郡司と名を呼んだ僧侶の風貌そのものの上司の言葉をうまく理解できず、判断にこまった。
郡司が呼ぶ閣下とは、本日銃殺刑に処される聯合艦隊司令長官の本山大将のことだというのはわかる。周囲のほとんどがそうと呼んでいる。
ご子息というのは、この会話の時点では暁久……「彼」しか該当者がいない。
すくなくとも、本山大将と「彼」が親子関係であることを知っている青年にとっては当然の認識判断ではあったが、郡司の物言いが何かおかしい。
眉根が寄る。
「暁久がここにいるのは、所属部署の関係で何らおかしいことはないと思いますが」
「あいつのことではない、もっと年若い弟を連れて来ていると言っているんだ」
青年の思考が一瞬止まったのを察して、おなじように彼らが親子関係だと知っている郡司が言い直す。
青年ははっとし、
「蔽九郎が来ているのですか?」
本日、この施設に立ち入ることを可能とする弟と言えば、すでに海軍省に入省している次男の蔽九郎しかいない。
「彼」に極めて近しい間柄の青年は、即座に名前を出す。
ただしこちらは「彼」とは異なり、まだ少年の部類。
官位は尉官だが、軍人というよりは海軍省内の官を補佐する秘書のような立場なので、自身の意志だけで施設に来るのは適わない。
何より、実の父親が銃殺刑に処されるのを目の当たりにさせるのはかなり酷だと、周囲は共通の認識をしている。
ゆえに直属の上司の参列には従わず、海軍省内で留守を預かるようにと仰せつかっているはずだ。
――とはいえ。
あの次男坊は従順そうに見えて、じつは好き勝手に動く面があるので油断ができない。
もし来ているのが事実だとしたら、無理やり上司にくっついてきたのだろう。それを説得し、追い返せとでも言いたいのだろうか。
だが、それもちがうと言いたげに郡司は眉間にしわを寄せる。
――だとしたら……。
「まさか、十七郎を連れてきたとかっ?」
正式に帝国海軍軍人として所属している蔽九郎には双子の弟がいる。
こちらは軍隊組織とは縁のない一般人、学生だ。
青年はそれらの関係性も深く知っているため、蔽九郎とおなじ顔の少年が脳裏に浮かんだときはさすがにぎょっとしたが、十七郎がそれを「彼」に乞うような性格ではなことは青年もよく知っている。
普段のやんちゃに反して、あの子の本性は怖がりなのだ。
それ以前に、どのような理由があろうと「彼」がこのような場に一般人を――弟を連れてくるはずがない。
――父親の銃殺刑を見せるはずがない。
だが、この名もちがうというのか。
郡司の顔はいよいよ苦虫を嚙み潰したように歪む。
――では、暁久に残っている弟と言えば……っ。
「いくら何でも、一二三はまだ幼すぎます。暁久はそこまで愚かではない」
さすがにこれは見間違いだろうと否定からはいるが、郡司の表情は説得に苦慮した僧侶そのものだった。
「……目撃者は多数。私も含め、広目や米原さんも説得に努めたが、一言も口をきかぬ始末」
「一二三が、ですか?」
「いや、本山のほうだ。名は……そう、一二三くんだったな。あの子は本山の足にしがみついたまま。無理やり引きはがすわけにもいかぬだろ?」
「まさか――」
青年は絶句する。
さすがにこの事態は、見間違いでなければならない。でなければ――。
「本山は見せる気だぞ」
「……」
郡司もまた本山大将の家族構成を知るひとりだ。
顔を接する機会が多かった部下として、本山大将の人柄に心酔して、自宅にも何度か招かれたこともある間柄として本山大将の子どもたちを見ているので、その顔を見間違えるはずがない。
現在は戦場の蒼海さえ血染めに変えると揶揄される「凶」の面が強い軍人ではあるが、根はけっして「非」ではない。
本性は「祈念」をつねに唱える僧侶そのもの。
わずかに開く目もとの眼光は厳しい色をしていたが、どうにかして止めてくれと懇願にも似たものを浮かべている。
青年は郡司に一礼すると、ほとんど同時に身を翻した。
「彼」がこの施設内のどこにいるのかは知らないが、不審に思う声を辿って行けば、その先にいるはずだ。
「あ……の、馬鹿っ」
青年は「彼」を罵ると、三歩目には全力で走り出していた。




