動揺
海王様のお屋敷での2日目は、海王様がずっと不在だったので昼食も夕食も1人きりだった。
どれも美味しかったけど、やっぱり1人の食事は少し寂しいかも。
そして3日目の朝。朝食の席にはすでに海王様がいらっしゃっていた。
「おはよう。昨日は何をしていた?」
笑顔で話しかけられる。
「おはようございます!図書室から本を借りて読んだりしていました」
「そうか。癒しの加護の件だが、今日の夕食後に行おうと思う。それまではゆっくり過ごしていてくれ」
「はい」
言われたとおり、この日はのんびり過ごし、夕食後に入浴してから就寝着に着替えさせられる。本当にこの格好でいいのだろうか?
ベッドに腰掛けて待っていると、ノックの音がして海王様がいらっしゃった。
「魔王から聞いていると思うが、しばらく寝込んだり体調を崩す可能性が高い。お前の中に眠る海の民の力を呼び起こすのは問題はないんだが、その器を広げてやるのに多少の無理が生じるためだ。だが、器を広げてやらんことには魔素に耐えられる身体にはなれんので、しかたないところではあるがな。さて、さっそくだが横になってもらえるか?」
「はい」
言われるままベッドに横たわる。
「よし、始めるぞ」
海王様が私の額に手を当てて何やら唱え始める。言語の加護でも理解できない言葉だ。
やがて身体が妙にホカホカして眠気がやってくる。
「眠ってもかまわんぞ」
海王様の言葉に瞼を閉じる。そのまま私は眠りに落ちていった。
目が覚めたら、とにかく頭が痛かった。
「うう…」
「ミーナ様、気が付かれましたか?!」
近くで世話係の海の民の女性の声がする。誰かが部屋の扉を開けてバタバタと走っていく音がした。
「目が覚めたか?気分はどうだ?」
すぐに海王様が来てくださったようだ。
「頭が、痛いです…」
「海の民の癒しの力で少しは軽くなっているはずなんだがな。まずは少しでもいいから水を飲め」
上半身を起こしてもらい、水を飲む。どうやらのどが乾いていたみたいだ。
ただ、身体を起こしていると、頭がぐらぐらして部屋が回っているみたいで気持ち悪い。
またすぐに横になる。
「もう少し眠るといい」
海王様に頭をなでてもらい、また眠りに落ちていった。
起きたり眠ったりを何度か繰り返し、ちゃんと起き上がれるようになったのは加護を授けられてから5日目のことだった。
後で聞かされたけど、私は2日間眠り続けていたらしい。
しばらく歩いたりするとめまいや頭痛がするので、移動は車椅子に乗せられている。
「成功はしているが、癒しの力はせいぜい海の民の子供程度だろうな。それでも魔界の魔素には耐えられるから心配はいらん」
海王様がそう説明してくれた。
本を読もうにもまだあまり集中できそうにないので、賢者様にお手紙を書くことにした。
きっと心配しているだろうから、とりあえず今の状況を報告しなければ。
持ってきた鞄の中から便箋と封筒を取り出して机に向かう。
考えてみれば、賢者様にお手紙を書くのはこれが初めてだ。
人間界へ移ってからは一緒に暮らしていたので書く必要もなかったのだが、こうして改めて手紙を書くのはなんだか不思議な気がする。
なんとか手紙を書き上げ、世話係の海の民の女性に託す。仕組みはよくわからないが、手紙くらいならすぐに魔王城に送ることができるらしい。
歩いて動けるようになると、海王様や世話係の方々から癒しの力の使い方を教わった。
習得はわりと早くて、なんとか海鳥やイルカの傷を治せるようになった。なんとなくだけど生物の感情もわかるみたいだ。
海王様との夕食後にお茶を飲む。
「無事に魔素にも耐えられる身体になったし、これでずっと魔王のそばに戻れるな。嬉しかろう?」
「え?」
海王様の言葉で頭が空白になる。
「お前は魔王の元で育っただろう?身体が魔素に耐えられなくなってきたから人間界へ移ったと聞いたが、これで何の問題もなくなったではないか」
そうだった。
魔素のせいで人間界へ移り住むことになったけど、私はずっと魔王様の元に帰りたいと思っていたのだ。
それなのに、そのはずなのに、今の私はすっかりそのことを忘れていた。
ただ賢者様のお役に立ちたかった。
そして賢者様と一緒にいることしか考えていなかった。
でも魔王様のことはもちろん今でも大好きで、一緒にいたいとも思う。
私はどうすればいいんだろう?
私の動揺を察したのか、海王様は私の頭を優しくなでる。
「明日と明後日は俺は出かけて不在だ。その後、俺が戻ってきて体調に問題がなければ魔王城に帰してやるから、それまでよく考えるといい」
「はい…」
その日は眠れなくて一晩中考えた。
そして翌日。
おそらく海王様のお屋敷から出す最後の手紙を書いてから一眠りした。
まだ少し揺れそうになるけれど、私の心は決まった。
そして賢者様にも魔王様にも、私の意志を自分の言葉で告げたい。
そう思う。
次回は4/27(火)に投稿予定です。




