夜の浜辺
「この後、夜の浜辺を散策してみないか?」
夕食のデザートを食べていると賢者様が言った。
「行ってみたいですけど、夜で暗いのに大丈夫なんですか?」
「宿でランタンを借りるし、今日は満月だから真っ暗ということはないだろう」
せっかく来たのなら夜の海も見てみたい。
「行ってみたいです!」
夕食後、サンダルに履き替えて賢者様と宿を出る。
少し高台にある宿から砂浜へ直接行ける遊歩道があり、賢者様が手にするランタンの明かりを頼りに進む。
歩きながら海の方を見る。
「満月の光が海に映って、まるで道のようですね」
いつまででも見ていられそうな光景だ。
「ああ、私もこういう景色は初めて見るが、きれいなものだな」
やがて砂浜に到着する。月明かりで思っていたほど暗くはない。
波の音を聞きながら視線を少し上げると、夜空には大きな満月が輝いている。
「お月様、きれいですね」
「そうだな」
ランタンを砂の上に置いた賢者様が私の隣に立ち、肩を抱き寄せる。
私が賢者様を見上げると、賢者様も私を見つめる。
聞こえるのは波の音だけ。
「君と一緒にこの光景を見ることができて私も嬉しい」
なんと答えていいものか迷ってしまい、海に視線を戻したその時。
「あ、あの、賢者様。海の上に人影が見えませんか?」
海の方を指差す。
私が指摘したものに気付いた賢者様は、肩を抱いていた手を離してかばうように私の前に立った。
だんだん近付いてくる人影はよく見るとうっすら透けていて、王宮での授業で目にした神話の挿絵のような装束を身にまとった男性だった。
「誰だ?」
賢者様は鋭い口調で問いかける。
「それはこちらの台詞だな。俺はかすかな魔王の気を感じたので確認しにきただけだ。お前じゃなくて、後ろにいる娘から感じるようだが」
私は賢者様の背後から少し横にずれ、海の上の男性を見る。
ああ、そうか。
お会いしたことはないけれど、以前聞いていた姿によく似ている。
「もしかして、海王様…でございますか?」
「そのとおりだ。今は本体ではないがな。娘、お前は何者だ?」
私は賢者様の前に出る。
「お初にお目にかかります。かつて魔王城にて魔王様の世話係を勤めておりましたミーナと申します」
軽くスカートをつまんでお辞儀をする。
「ミーナ?…ああ、思い出したぞ。昔、魔王が拾ってきた人間の子供だったな。人間界に戻ったと聞いていたが、お前のことだったのか」
「そのとおりでございます。今は魔王様からいただいた通信の魔道具を身に着けておりますので、その気を感じられたのではないかと」
半透明の海王様は笑顔になる。
「なるほど、そういうことだったか。理由さえわかればそれでいい。ところで一緒にいる男はお前の伴侶か?」
「え、えっと…」
私が答えあぐねていると、賢者様が代わりに答える。
「そうなるべく鋭意努力しているところだ」
敵意はないと判断したのか、穏やかな口調に戻り、再び私の肩を抱きかかえる。
「そうか。その娘は魔王のいとし子であるから、俺にとっても娘も同然だ。なので、お前達に祝福を送るとしよう。また機会があればどこかで会おうぞ」
そう言い残して海王様は海に向かって消えていく。
姿が見えなくなった後、夜空に鮮やかな虹がかかった。
「これはすごいな…」
賢者様がつぶやく。
きっとこの虹が海王様の祝福なのだろう。晴れた夜空にこんなにはっきりとした虹が出るわけないもの。
虹はしばらく輝いていたが、やがて光の粒になって私と賢者様に降り注ぐ。
粒が当たる感触はまったくないけれど、とても温かく感じる。なんだか身体全体がふわふわした気分で、立っていられなくなって賢者様にもたれかかる。
「…ミーナ?!」
「ごめんなさい…なんだかとても…眠いです…」
そして光の粒が降り止むのを見届けることなく、私は深い眠りに落ちてしまっていた。
次回は2/2(火)に投稿予定です。




