遠出
翌朝。
「おはよう、ミーナ」
朝食の支度が整ったとのことでダイニングルームに向かう途中、聞きなれた声に足を止める。
そこには声の主である賢者様が立っていて、すぐに近付いてきて抱きしめられた。
「おはようございます!いつこちらへ着いたのですか?」
抱きしめ返して賢者様の顔を見上げる。なんでだろう?抱きしめられるとなんだかホッとする。
「昨日の夕方には街に着いてはいたんだが、知人に会ったり用事を片付けていたら遅くなってしまった。ミーナはこちらではどうしていた?」
「昨日は名物のりんごのケーキをいただきましたし、午後は坊ちゃまと一緒に遊びましたよ」
そう答えたら頭をなでてくれた。
「楽しかったようで何よりだ。これからは私が案内をしよう。朝食を終えたら早めに出かけるから支度するように」
「はい、わかりました」
うなずくと後ろから声がした。
「あらあら、2人とも廊下でいちゃいちゃしてないで早く朝食を食べちゃいなさいな」
侯爵様の奥様だった。いちゃいちゃとか言われて、ちょっとだけ顔が熱くなった。
にぎやかな朝食の後、御者が馬車に荷物を積み込んで侯爵家の方々に見送られて賢者様と2人で出かける。
「今日はどこへ行くんですか?」
「着いてからのお楽しみだな。目的地までは2時間ほどかな。向こうで1泊する予定だ」
「そうなんですか」
泊りがけとは知らなかったのでちょっと驚いた。
今回、私専属のメイドさんは同行はしない。彼女はこちらの出身で、今日と明日は休みにしたので実家へ顔を出してくるそうだ。いつもお世話になっているので、ゆっくりしてきて欲しいと思う。
「君は1人でたいていのことはできるから問題なかろう。それに今回は2人きりで出かけたかった。今までそんな機会がなかったからな」
「そういえば、そうですね」
確かに2人きりって今まであまりなかったかも。
到着までの間、馬車の中であれこれ話す。
「侯爵家の皆さんは、みんないい方々ばかりですね。家族ってこういうものなのかな?って、ちょっと思ったりしてました」
賢者様は少し考えて口を開いた。
「傍から見ればそうかもしれないが、我が家だってここに至るまでにはいろいろとあった。そういうのを乗り越えて家族の絆も深まったのかもしれないがな」
何があったかまではわからないけれど、きっと意見がぶつかったりすることもあったのだろう。
途中で日差しがまぶしいとカーテンを閉められ、その後は景色を見ることなく馬車は進む。
「ミーナ、着いたぞ」
暖かさでいつのまにかうとうとしていたらしく、気がついたら賢者様に寄りかかっていた。
「あ…すみません。重かったですよね」
「いや、君1人くらい全然たいしたことはない」
そう答える賢者様の顔は少し赤くなっている気がした。
馬車の扉を開き、先に降りた賢者様に手を取られて馬車の外に出ると、そこには思いがけない光景が広がっていた。
「え、これって…?」
砂浜が広がる向こうにはキラキラ光る波。
「君は海を見たがっていただろう?だからここにしてみた」
「ありがとうございます!」
感激して思わず賢者様に抱きつく。
「どういたしまして。サンダルに履き替えて波打ち際まで行こうか」
つばの広い帽子をかぶり、サンダルに履き替えて歩き出す。
「砂浜って結構歩きづらいんですね」
「足元に気をつけて。ああ、ほら、そこに貝殻が落ちているぞ」
賢者様が指差した先には淡いピンク色の貝殻があったので拾ってみる。
「これ、綺麗ですね」
「他にもいろいろあるだろうから、よく見ながら進むといい」
巻貝や平らな白い貝などを拾いながら波打ち際に到着する。
「サンダルを脱いで素足で入ってみていいぞ」
おそるおそる波に向かって進んでみると、波の方からこちらへやってきた。
「うわぁ、思ってたより冷たいんですね。でも気持ちいいです」
しばらく波打ち際で遊んでいたが、そろそろ昼食の時間ということで馬車に戻ることになった。
脱いでいたサンダルを履こうと手に取ったら、ふいに賢者様に抱きかかえられた。
「えっ?!」
「足が濡れているだろう?このまま馬車まで行こう。私でもこのくらいの距離なら君1人くらい抱えていける」
そう言って賢者様は歩きだす。いつもより賢者様の顔が近い位置にある。
「あ、あの」
「なんだ?」
「海に連れてきてくださって、ありがとうございます。とっても楽しかったです」
「喜んでもらえて何よりだ」
そう答える賢者様は柔らかな微笑を浮かべていた。
次回は1/29(金)に投稿予定です。




