旅支度
「ミーナ、授業の再開まで少し日があるから、私の実家に行ってみないか?」
賢者様とそのお母様とサロンでお茶を飲んでいて、不意にそんな話が出てきた。確か賢者様は侯爵家の三男と聞いている。ということは、侯爵家の領地へ行くってこと?
「うちの領地は温暖でいいところなのよ~。ほとんどは平野で農業がさかんだけれど、西側には山が連なっていたり、南側は海にも面しているのよ」
「海ですか?!」
淑女らしくおしとやかにしていようと思ったのに、賢者様のお母様の言葉につい声が大きくなってしまった。
「あら、もしかしてミーナちゃんは海を見たことがないのかしら?」
「はい、そうなんです」
「海だったら領地の屋敷からは馬車で2時間もあれば行けるわよ。港町には外国の珍しいものもいろいろ入ってくるし、郊外に行けば砂浜もあるわ」
以前行った美術館で観た海の絵のことを思い出す。
「行ってみたい?」
「はいっ!」
つい即答してしまって、あわてて口を押さえる。
「ふふふ、ミーナちゃんって本当にかわいいわねぇ。あのね、私は明日領地へ戻るのだけれど、よければ一緒に行かない?」
どう答えていいかわからなくて賢者様の方を見ると、少し考えた末に口を開いた。
「それはいいかもしれないな。私ははずせない仕事があるので数日後の出発を考えていたのだが、早く行けばその分いろいろとまわれるはずだ」
「それじゃ決まりね!明日の朝、迎えに来るから支度しておいてね。ああ、急な話だから必要最低限のものでいいわよ。足りないものは向こうでも揃えられるわ」
賢者様と別々に行くことになるのは不安だけど、賢者様のお母様なら大丈夫だろう…たぶん。
賢者様のお母様が帰られた後、私専属のメイドさんやメイド頭さんに手伝ってもらって旅支度をする。
「あ、あの、旅行ってそんなに荷物が必要なものなんですか?」
どこから出てきたのかわからないけど、大きな旅行鞄がいくつか並んでいる。
「貴族女性の本格的なご旅行でしたら、もっとたくさんの荷物がございますよ」
「そうなんですか?!」
何をそんなに持っていく必要があるのだろうか?
そういえば勇者パーティの旅ではマジックバッグを使っていたのでいつでも身軽だったけど、あれは非常に貴重なもので、そう簡単に使えるものではないらしい。あれが普及したら便利でいいのになぁ。今度どうにかならないか賢者様に聞いてみようかな?
夜、寝る前に魔王様に通信の魔道具でお話しして、明日から旅行に出かけることを伝える。
「おお、そういえば伝え忘れておった。通信の魔道具の箱には細いチェーンも入っておったであろう?魔道具の穴にチェーンを通して首からぶら下げておくとよい」
魔王様からいただいた通信の魔道具は、私の手のひらと同じくらいの大きさで、重さもそれなりにずっしり感じる。確かにチェーンを通す穴はあるけれど、これを首からぶら下げてるのはかなり重そうだなぁ~と思っていたのに、チェーンを通したとたん魔道具が小さくなった。指輪より少し大きいくらいで、重さも一気に軽くなる。
「すごいです!これなら首からぶら下げられます」
「小さくした時には映像は無理だが、音声だけなら問題なく使える。では、気をつけていってくるがよい」
「はい。おやすみなさい、魔王様」
突然決まった旅行にちょっとだけドキドキしつつも、その夜は早めに眠りについた。
次回は1/17(日)に投稿予定です。




