乗り移られた少女
我々の旅はさらに進み、いよいよ人間界から魔界へと入っていく。
普通の人間には魔素の濃い魔界の空気は耐えられない。勇者パーティはそれぞれ加護を持つ身であるため進むことが出来る。
だが、なぜミーナが平気なのかはわからない。以前ミーナ本人に聞いたこともあったが、知らないと言われた。おそらく魔王が彼女に何かしら施しているのだろうとは思うのだが。
魔界に入って最初の晩。
ミーナの作った料理を食べ終え、寝る支度に取り掛かろうとしていると、1羽のカラスが飛んできて木の枝にとまる。よく見るとカラスの目が赤く光っている。
『ミーナ』
全員がカラスの方を向く。
「カラスがしゃべった?!」
聖女が驚きの声をあげたその脇でミーナが立ち上がる。
『我がいとし子、ミーナよ』
「魔王様!」
ミーナがカラスがとまる木に駆け寄る。
「私…早くお会いしたいです、魔王様」
『城でそなたの帰りを待っておるぞ』
カラスが飛び立とうとするので、私もあわてて立ち上がる。
「待ってくれ!魔王と話がしたい」
『…また後で来るとしよう』
カラスはそう言い残して飛び去ってしまった。ミーナはしばらく泣いていた。
その日の真夜中、私のテントに侵入者があった。
「ミーナ…ではないな。もしかして魔王か?」
なんの断りもなく突然テントに入ってきたミーナは、本来の紫の瞳ではなく先ほどのカラスと同じ赤く光る眼をしていた。
『人間の賢者とやら。そなたの求めに応じてきてやったぞ』
「本当に魔王なのか?」
『ああ、動物より人の身体を借りる方が話しやすいのでな。ミーナの意識は深く眠っておるので話を聞かれる心配はないが、あまり長い時間はいられないぞ』
「理解はしたが…どうにも違和感があるな」
姿と声は間違いなくミーナなのに、話し方がまったく異なるのである。
『しかたあるまい。ミーナが一番入りやすいのでな』
ミーナの姿をした魔王は胡坐をかいて私の前に座った。
「魔界や魔王に関しては会った時に直接聞こう。だから今はミーナについて聞いてよいだろうか?」
『ああ、出来る限り答えよう』
小さくうなずく。
「まず、ミーナという名は魔王が名づけたのか?」
『いいや、拾った際に名を問うたら自分でミーナと答えた。ただ、幼子ゆえ本当の名なのか愛称なのかはわからぬがな』
「ミーナを保護したという北の辺境の村について知りたい。拾った時の状況も」
『あの地は人間で言うところの邪教の本拠地であったな。ただ、その邪教は魔界とは何ら関係はない。奴らが勝手に魔王の名を使っていただけのことだ。あまりにひどいことばかりしておったので、腹が立ったから村ごとつぶしてやったがの』
赤い眼が不敵に笑う。
「魔王は邪教とは関係がない…?」
『ああ、間違ってもあんなものと一緒にされたくはないぞ』
ミーナの姿をした魔王は怒っていた。
「ミーナはなぜ邪教と関わってしまったのだろうか?」
『生贄、じゃろうな。奴らはあちこちから子供を買ったり攫ったりしては、儀式と称していたぶった末に死に至らしめていたようだ。廃墟となった村の礼拝所の地下を探してみるとよい。いろいろと出てくるであろうよ』
メイド頭が話していたミーナの背中の傷は、おそらくその儀式の時のものなのだろう。
「ミーナは魔王のところに帰りたがっているが、人間界に戻す気はないのか?」
『それは本人次第…と言いたいところなのだが、いずれ人間界へ戻さねばならぬであろうな。魔界で無事なのは保護した際に命をつなぐためにわずかながら私の血を与えたためだが、それも次第に弱まりつつある。そんな時期にそなたらに会ったのもミーナの運命なのかも知れぬな』
その後もしばらくミーナに関する情報交換を行ったが、やがてミーナの姿をした魔王は立ち上がった。
『さて、そろそろ帰らねばならぬ。この身体はここに置いていってやるから、好きに楽しむがよい』
「いや、それはダメだろう!」
ニヤッと笑う赤い眼。
「そなたはミーナを好いておろう?ミーナもそなたのことはそれなりに信頼しておるようであるしな」
「だから、信頼されているのなら余計に手は出せないだろうが」
「まぁ、そなたの好きにするとよい。では魔王城で会おうぞ」
崩れるように倒れるミーナをあわてて支えた。
眠るミーナを抱きかかえて聖女のいるテントへと運ぶ。
「おい、起きているか?」
「ええ」
聖女が顔を出す。
「さっき、いないのに気づいて探しに行こうとしていたところなんだけど、なんでそこにいるのよ?」
「魔王に乗り移られて私のところに来ていた」
「は?」
「ミーナについて少し話した。詳しくは明日にでも話そう。王都にいる王太子殿下にも伝えておかないとだな」




