さらわれた少女
王命からしばらく経ち、ようやく準備が整って我々勇者パーティとミーナは王都を出発した。
人間界の旅は天候にも恵まれて順調そのものだった。
その日は地方にしてはそれなりに大きな規模の町で一泊することになり、宿を確保してから買い出しに出かけた。
そして、それはほんの一瞬のことだった。
「ミーナ!!」
聖女の叫び声で振り向くと、商業地域のはずれで2人組の男がミーナを馬車に押し込んでいた。
すぐにその2人組も飛び乗って馬車はあっという間に走り出す。
「ごめんなさいっ!ちょっと目を離した隙に」
「今はいい!私は馬で追う。後から馬車で来い!」
周辺の探索用に街で借りていた馬に飛び乗って追いかける。
すでに視界から馬車は消えているが、ミーナには拘束の術具がついているからなんとか追跡はできる。
だが、この状況はまずい。
私と離れてしまうと拘束の術具が発動してしまう。そもそもあれは罪人を拘束するためのものだ。今は最弱に設定してあるとはいえ、それでも屈強な男ですらのたうちまわって泣き叫ぶものであり、少女の身には酷過ぎる。
今は逃げる様子もないので、はずすことも考えてはいた。だが他に追加してある機能のこともあり、ずっと踏み切れずにいたのだ。
どのくらい馬を走らせただろうか。
夕暮れの郊外の田園風景の中で、ようやく追いかけていた馬車が視界に入る。なぜか馬車は停まっていて、人影が動いているのが見える。
やがてその人影が何かを放り投げて再び走り出す。その場所に近付いてみると馬車が停まっていたのは橋の上だった。そして川面にはもがく人影があった。
「ミーナ!!」
乗ってきた馬に拘束の術具をつけ、すぐに川に飛び込む。
流れる人影に追いついた時、すでに動きがなくなっていてあせる。
なんとか岸辺に引き上げた時、手足を縛られたままのミーナは呼吸をしていなかった。とにかく体内に空気を送り込まねばと、ミーナの口を開かせて私の口を密接させて空気を送り込む。
それをしばらく繰り返しているうちにミーナが激しく咳き込んだことでようやく安堵し、手足の縄をはずしてやった。
「…ごめんなさい」
意識が戻ったミーナの第一声は謝罪だった。
「いや、悪いのは人攫いであってミーナではない。我々も街の中だからと油断していた」
まだ呼吸がうまく整わないミーナ。
「途中で拘束の術具が発動して、私が痛みで暴れだしたので縛られました」
「すまない。痛かっただろう?」
小さくうなずく。
「あんなに痛いものだとは思いませんでした」
「リーダーみたいな人が私の足首にある拘束の術具に気づいて、追跡されるからマズいと言い出して私を捨てていくことにしたんです。でも、まさか川に投げられるとは思いませんでした」
濡れた身体が震えていることに気づき、抱きしめる。
「もうすぐ聖女達がやってくるから、それまで我慢してくれ」
ふいにミーナが聞いてきた。
「拘束の術具をはずさないのは、今も私が逃げると思っているからですか?」
小さく首を振る。
「確かに最初のうちは逃亡防止だった。だが、外さなかった理由は自死を防ぐ機能のためだ。最初に魔王城で会った時、君は本気で死を覚悟した眼だった。私の自己満足でしかないかもしれないが、君を死なせたくなかった」
ミーナが微笑む。
「もう大丈夫です。魔王様のところへ戻れなくても、もう二度と魔王様と会えないとしても、私は死を選んだりしません」
その瞳には強い意志を宿していた。
「君は強いな」
「そんなことはないです。支えてくれる人がいるからこそ私は立っていられるってわかったんです。魔王様や勇者パーティの皆さんがいてくれたから」
「魔王城に着いたら拘束の術具をはずす。その後は君自身が決めるといい」
やがて聖女と勇者が馬車で到着し、聖女が泣きながらミーナを強く抱きしめた。
勇者は私が乗ってきた馬を駆ってそのまま人攫いを追跡しに行き、我々は馬車で町へ戻った。
その後、ミーナが風邪をひいて寝込んてしまったのと、勇者が人攫いの一味を捕らえたことによる後処理で、この町での滞在は1週間近くになってしまった。




