一途な少女
美術館内では観るペースや興味をもつものが異なるので、それぞれ別れて鑑賞した。聖女はさっさと進んでしまったが、私はミーナと一定の距離を保ちつつ移動する。
どうやらミーナは風景画に興味を持ったようだ。そして特に時間をかけて観ていた作品に共通点があることに気づく。
「海の絵が気になるのか?」
そっと近付いて小声でたずねる。
「はい。本物の海を見たことがないので」
魔界には海がないのだろうか?
「そうか…連れて行ってやりたいところが、王都からもかなり距離があるからちょっと難しいな」
「そうなんですか…でも、お気遣いありがとうございます」
ミーナはふんわりと微笑んだ。
「美術館はどうだった?」
馬車の中で聖女がミーナに問いかける。
「魔王様のコレクションもすごいですけど、こちらのも素晴らしかったです」
「あら、魔王は美術好きなの?」
聖女が尋ねる。
「はい。美に関しては強いこだわりがある方なので」
「そういえば魔王城は派手な装飾はなく、調度品もシンプルながら品のいいものが多かったな」
私がそう言うと聖女も続ける。
「あ、それは私も思ったわ。洗練されていて、何ていうのかなぁ…飽きがこない感じだと思ったわ」
ミーナが微笑んでいる。魔王に関わるものを褒められて嬉しいのだろうか?
「でも、そんな魔王城をなんであっさり放棄しちゃったのかしらねぇ?」
聖女の一言でミーナから一瞬にして表情が消えた。
「その件については回答を拒否いたします」
「え…?」
ミーナの態度急変にとまどう聖女。
「私は魔王様が不利になるようなことを話す気はありません」
そうなのだ。
ミーナと我々は魔王城から行動をともにしてそれなりに親しくはなった。だが、ミーナにとっての一番は今でも魔王なのだ。
我々はミーナにとって魔王を超えられる存在にはなっていない。関わる年月が違うからしかたがないとはいえ、ミーナの魔王に対する信頼は揺るがない。
強制的に情報を引き出すための術具もないわけではない。だがそれをミーナに使えば、ここまで積み上げてきたささやかな信用も根底から崩れ去る。
「ごめんなさい。ふと思いついた疑問を口にしただけで、別に貴女から情報を引き出そうとしたわけじゃないの」
聖女がミーナに謝るが答えはない。しばらく続いた沈黙を私が破ることにする。
「ミーナ、私も君から魔王に関する情報を無理に引き出す気はない。ただ、一言だけいいだろうか?」
無言で真っ直ぐにこちらを見据えるミーナ。
「君は自分というものをしっかり持っている聡明な少女だ。そんな風に君を育て上げた魔王はおそらく敬意を表すに値する存在であろうと私は思っている」
ミーナが驚きの目で私を見つめる。
「親になったことがない身で偉そうに言えたものではないが、人間でも子供の教育に失敗している例はいろいろと見てきた。だが実子ではない君を救い出し、ここまで立派に育てたのだからたいしたものだと思う」
聖女も私に続ける。
「そうね。貴女がどこまでも真っ直ぐなのは、きっと魔王のおかげなのでしょうね」
ようやくミーナが少し表情を緩め、小さな声でつぶやいた。
「…ありがとうございます」
ミーナにここまで慕われているまだ見ぬ魔王に対し、私はわずかな嫉妬を抱いていた。




