交差する人生
少女は孤独だった・・・
地球火星間定期連絡船のキャビンで一人本を読んでいる。
ブロンドの髪を無造作に束ね、ジーンズに白いシャツを着ていた。
美しい顔立ちは人目を引いたが、本人はまったく気づいていない。
唯一の肉親であった科学者の祖父は半年前の事故で亡くなってしまったが、事故の前日メールで「TМPへ行け」とただそれだけ送られてきていたのだ。
TМPとは”Terrestrial Magnetism Plant”の頭文字で地磁気発生プラントの略である。
まるで今回の事故が解っていた様な不思議な文面だった。
これは事故なのか?殺害されたのではないか?研究員の学生達が噂していた。
祖父はフォボスにあるニュートリノ圧縮技術研究所で、クレーンの橋脚部分にひかれ圧死した。
その遺骸はあまりにも無残だったという。
彼女の銀行口座には、いつの間にか祖父の名で30万ドル振り込まれていた。
研究一筋だった祖父との思いではほとんどなかったが、唯一の肉親の死に驚きもしたし、天涯孤独の身となった悲しみに打ち震えた。
両親の葬式にも顔を出さず、その時の時差のある会話を数言交わした以来の、何年も音信不通の祖父だったが、やはりどこか心の支えにしてもいたのだろう。
急ぎ荷物をまとめると、少女は大学に休学届けを出し火星に向かった。
宇宙ステーションが火星の静止衛星軌道をまわっている。
ここは様々な宇宙船がドッキングし、人の移動や物資の積み下ろし、更には船のメンテナンスをする宇宙港、宇宙ドッグの意味合いも持つ。
そして宇宙ステーションを通じ、人や物資が火星に降ろされるのである。
いわば火星における”玄関”に相当した。
その宇宙ステーションに、全長300mの地球火星間定期連絡船”フロンティア”が速度を落としながらドッキングしようとしていた。
その船室の一室で少女が荷造りをしている。
長かった5ケ月の航海もようやく終わる。
耐え難い孤独に苛まれながら気丈に立ち振る舞っていた少女も、一人きりになると震えが止まらなかった。
震える手で祖父のメールを確認した。
”TМPへ行け”やはりそれだけしか書いていない。
祖父が亡くなったのはフォボスの研究施設であるにも関わらず、なぜ火星の地表にあるTМPへ行けというのか?解らない事ばかりだった。
少女は下船する為、ドッキングハッチへと向かった。
船を降り、連絡通路をムービングハンドレイル(МH)につかまり移動していると、宇宙ステーションが足元に見えた。
巨大な円盤が3層あり内側にはいるほど速く回転している。
遠心力により重力を再現する為であり、内側に入る程速くする必要があるからだ。
宇宙ステーションの外見は横から見ると、真ん中が膨らんでいる5層のコマの様な形をしている。
一番上と下の層がドッキングベイで、宇宙船やシャトルが係留される。
そのそれぞれの内側の層が居住スペースとなっており、重力を再現する為に回転していた。
一番真ん中の大きな層が太陽光パネルになっていて、土星のリングの様な感じだった。
少女は上も下も解らない無重力の通路をムービングハンドレイル(МH)に掴まりながら移動を続け、上から2番目の層、居住リングに到着した。
大きな吹き抜けのホールに入ると、フワッと重力を感じ静かに床に足が着いた。
0.2G程度であろうか。ホールには多くの人達がいて、火星に到着しそれぞれの夢や希望で目を輝かせている者もいれば、不安そうにあたりを見渡している者もいる。
老人もいれば母に抱かれる子供もいた。
つまずく様な感覚の後、ホール全体が下がってゆくと少しづつ重力がましてゆき、火星に降り立った時の体の重みを感じる様になった。
壁には”A1”と書かれている。
居住リングのもっとも内側にある回転リングだ。
普通に歩いて入国審査の順番待ちをしている列にならんだ。
入国審査はあっけないものだった。
火星で亡くなった祖父の遺品整理の為だと伝えると、簡単な質問を2つ3つされただけで通る事が出来た。
その後、地上のスペースポートへ降りる便に乗り換える為、宇宙ステーションの下から3番目の層の居住リングへと向かう。
先程と同じ様にМHに掴まり無重力の通路を抜けホールに出ると、冷たい鈍色のドッキングベイ越しに、火星を見る事が出来た。
窓の外の赤い惑星は所々雲が浮かび、地球の海とは比べものにならない程の小さな海も見る事が出来た。
少女が火星を訪れるのは10年ぶり2回目である。
当時の記憶は殆どなく、ただ船室で長い時間過した事だけ思い出せた。
当時一緒だった両親は3年前交通事故で亡くなってしまっている。
美しく成長した14歳の彼女は、ブロンドの髪を首の後ろで束ね、あまりファッションなどに興味がない事がうかがえる。
祖父譲りの頭脳はすでに大学まで飛び級し、その大学を一時休学して火星にやってきたのだ。
少女の名はマリア・ウィンフィールドといった。
マリアの横に親子連れが来て、火星を眺めながら楽しそうにこれからの生活について話している。
夢と希望に満ちているといった感じだ。
タイミングよく火星に降下するシャトル便の出る時間が来たようだ、アナウンスされた。
再び無重力通路を進んで、ドッキングベイに入りМHに導かれるままシャトルの乗降口に着いた。
窓越しに全長200m、流線形の船体が船尾にいくほど広がっていく様な形の船が係留されていた。
このシャトル、通称マスバレットシャトルという。
火星に向かう際は重力に引っ張られるまま降下をし、スペースポートまで滑空するのは珍しくない事だが、火星からこの宇宙ステーションに来る方法が少々変わっている。
火星には太陽系で一番高い火山が存在する。
標高2万5千メートル、名をオリンポス火山という。
もう何万年もその活動が確認されていない休火山である。
この標高2万5千メートルの楯状火山の緩やかな斜面を利用し造られた発射台、リニアマスドライバーと呼ばれる長大なレールで宇宙ステーションに打ち出されるのである。
レール上の磁力の力で加速され、射出時には時速1700kmにも達する。
音速を遥かに超えるのだ。
その為、弾丸シャトルの異名を持つのである。
マリアは席に着くと、フワフワと浮いてしまう体をシートベルトで固定する。
降下船には300人程度の人々が乗り込んだ。
火星へ移住を果たす家族、仕事で訪れた者、観光で訪れた者、様々である。
中にはガラの悪い連中もいたが、今はおとなしくしている。
発進と大気圏突入のアナウンスがあり、船窓が赤くなる断熱膨張が始まる。
少し揺れたがそれほどでもなかった。
赤い大地がどんどん迫ってくる。
彼女はなぜか迫りくる大地に運命を感じた。
マリアは火星に到着したのだ。
腹の中に燻っているドス黒い何かが俺を突き動かす・・・・
凶暴なその何かは、怒りなのか、哀しみなのか・・・
不安なのか、欲望なのか・・自分自身ですらわからない・・
しかし、なにかしらの暴力に接した時、喜びに変わるのは解る・・・
意識もしないまま口の端が吊り上るのだ。
それは反抗なのか、拒絶なのか・・自分自身への怒りなのかすらわからない。
ただ・・凶暴ななにかが腹の中で渦巻いている。
やはり”怒り”なのだろう・・・
目の前にいる5人の男達は、ニヤニヤしながら有り金全部よこせと言っている。
手にはナイフや鉄パイプを持っていた。このゴミ溜めの様な街に、どこにでもうろついていそうな奴らだ。
自然と口の端が吊り上った俺を見て、先頭の奴がキレた。
「てめぇ!なめてんのか!?」
恐怖など微塵も感じない。
むしろここで死んでしまって、この意味のない人生を終わらせて楽になりたかった。
ナイフを持っていようが、銃を持っていようが、何人いようが関係ない。
腹の底のドス黒い何かがうめくのだ。
ぶちのめす・・
極めてシンプルな思考しか湧いてこない。
獰猛な獣が俺の中で目覚める。
後ろの奴がパイプで殴りかかってきた。
遅すぎる。物足りないくらいだ。
半身を向け、かるくジャブの要領で顎を叩く。
男が糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
横の2人がナイフを俺の腹目がけて突き込んでくる。
左の男の手を払い、右の男の顔面に蹴りをぶち込むと男は吹っ飛んだ。
その回転の勢いのまま、左ひじを男の頬に叩き込むと、そいつも崩れ落ちた。
正面の男はタイミングを失ったらしく、立ち尽くしている。
そいつは手に持ったサバイバルナイフをやみくもに振り回してきた。
そいつの腹を軽く蹴り上げる。
そいつは胃の中の物を残らず吐き出した。
もう一発、横っ面を殴り飛ばした。
男は吹っ飛び動かなくなった。
男・・・と言ってもまだ幼さを残す青年はフラフラと歩き出していた。
むなしさが心を満たしていた。
仲間もなく家族すらいない・・・
8歳の時にむりやり火星に移住させられ、酒浸りな父に暴力を振るわれながら生きてきたこの青年は、名をブロディ・ベイルと言った。
いつの頃からか心を閉ざし、周囲の人間に噛みつく様になっていた。
昔は母親にも敵意をむき出しにしていたが、母の優しさと子を思う親の心を知り、母と妹に対してだけは心を開く事が出来た。
母と妹だけは、彼の心の拠り所であったのだ。
だが2年前に母は死に、妹も数時間前に死んでしまっていた。
過酷な火星の環境が2人の命を奪ったのだ。
もう自分を思ってくれる人はいない。
こんなつらいばかりの人生なら、いっそ死んでしまって楽になりたい・・・
彼の心は無残にも壊れかけていた。
無力だった自分自身、利己主義に奔り他者をおもんばからない社会。
ただ生きているのが辛かった・・・




