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火星の雪  作者: 上泉護
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旅立ちの前夜

「夜は冷え込むのに、かわいそう!」という娘達の言葉で、仔犬を(ローバー)に入れるため風呂に入れる事になった。

「俺にまかせとけ、前に飼っていた事があるんだ」と、オーソンが仔犬を風呂に入れた。

オーソンとさっぱりした仔犬がシャワー室から出てくると、ペグとベティがタオルを持って待ち構えていたが、仔犬が体をふって飛沫を撒き散らす。

「やめて!」と娘達が笑い声をあげた。

「この子、女の子だわ!ケイティて名前にしていい?」とベティ。

「なんでケイティなんだい?」とアルフレッド。

「インスピレーションよ」とベティはませた事を言う。

「じゃあ今からこの子はケイティだ、よろしくなケイティ」と仔犬の頭をなでると、鼻の頭を舌でなめながらケイティは嬉しそうにアルフレッドを見上げた。


アリソンがオーソンの為に作った物は、ルーゾルというスープにハンバーグを浸した物と、エーグル・ドゥという甘酸っぱいソースの豚肉、サラダ・プランタニェという大豆とドニービーンズ・白いんげん豆・レンズ豆を加え、塩・胡椒・からしをまぜ、オリーブ油・カッテージチーズ・プチトマトをあしらったサラダなど、テーブルいっぱいの料理だった。

「こりゃすごい、こんな御馳走(ごちそう)はひさしぶりだ!」とオーソン。

神に祈りをすませ、ビーン一家とオーソンは夕食を始めた。

「うまい!こんなうまい料理は本当に久しぶりだ!奥さん!」と大感激のオーソンに、

「お口にあってよかったわ」とアリソン。

「人助けはするもんだな~こんな幸せなめにあえるんなら」

「ははは、ものは言いようだな、それはそうとこのバザーにはいつまでいるんだ?」とアルフレッドがオーソンに聞いた。

「実は仕事を探しに来たんだよ。俺んとこは全滅(作物が)だったんで稼がにゃならん。お前さんとこはどうだった?」とオーソン。

「うちも駄目だ、全滅とまではいかなかったが、昨年の三分の一程度だよ」

「やっぱりか、どこも厳しいな・・・でどうすんだ?」と、これからの事を聞いた。

「シリングタウンに行こうかと悩んでる」とアルフレッド。

「俺も行こうかと思っていたところだ。どうだい?一緒に行かんか?」とオーソン。

アルフレッドは家族を見回し、一呼吸おいて

「よし、行こう!」と言った。

娘達が歓声をあげる。

アリソンは”そうね、そうしましょう”と頷いた。

「おじさんはどこから来たの?」とベティがオーソンに聞いた。

「ミネソタさ、ベティ達はどこから来たんだい?」

「火星で生まれたの!」

「すごいな!正真正銘の火星人だ」と、隣に座っているベティの肩を大きな肩で優しくゆすった。

嬉しそうにベティは笑う。

彼等、火星入植者達の最終的な目的は、”土地を得る”事である。

アルフレッドとアリソンは8年前火星入植を果たし、理想の土地を求めて旅を続けている。

土地を開墾し、5年間居住すると160エーカーの土地がもらえるというホームステッド法が復活した背景には、食物が育成する状態にはない厳しい土地を土壌改良し農耕するには、人手が必要だったからという事がある。

家族は何度か理想と思われる土地を見つけたものの、巨大な(ひょう)の通り道であったり、土がどうしても耕作に向かなかったり、泣く泣くその土地を離れ新天地へと旅立ったものだ。

彼等はその長い旅の途上にある。

料理を取り分ける手を見て、

「あざになってるな、手形がついてるよ」とオーソン。

「これこそなんて事はないわ」とアリソン。

「あんな奴ら火星からいなくなってしまえばいいのよ!」と怒りを込めて言うベティにオーソンが

「なぁベティ、あいつらだって最初からあぁじゃなかった筈だ。夢と希望を持って火星に来て、それが破れちまったんだろうな~拳銃をちらつかせなかっただけでも、あいつらはましな方さ。環境が人を変えさせたのさ、許すって事も時には大事な事だぞ」

「あんなひどい事をされたのに?」とベティ。

「あいつらにはあいつらなりの訳ってもんがあるんだろう・・ベティも大人になったら解ると思うが、人間って生き物は自分自身が一番解らなかったりするもんさ」

「わからないわ」とベティ。

「だろうな~ここは一つ俺の顔に免じて許してやってもらえんか?」

「オーソンさんが言うなら許すわ」とベティ。

「そうか、解ってくれたか?」

「わからないわ」とベティが繰り返すと、オーソンはガクッと膝の上で肘がすべった。

そんなオーソンにアルフレッドが聞いた。

「火星へはいつ来たんだ?」

「6年前だ、火星に関しちゃ後輩だ。いろいろ教えてくれ」

「俺にわかる事なら」アルフレッドはサラダをつまんだ。

「じゃあさっそくだが、シリングタウンに出来た新しいプラントってぇのはなんの為の物なんだい?」

「人工的に地球と同程度の地磁気を発生させるものさ」

「なんで大金をかけてまで、そんな事をする必要があるんだ?」

「太陽風に関しては、どこまで知ってる?」

「あ~さっぱりだ、一から頼む」

「電荷を帯びた素粒子さ、太陽の活動によって強くなったり弱くなったりしながら、まるで風の様に吹き付けてくるのさ」

「なるほど」

「この太陽風ってのが強烈な時があって、火星の大気をはぎとってしまうんだよ。今すぐって訳じゃないが」

「なんだって!えらい事じゃないか、じゃあどうして地球は大丈夫なんだ?」

「だからさ、地球には地磁気があるだろう。その磁気が地球を守ってるんだよ、オーロラあるだろ、あれはそのせめぎ合いをしている証拠さ」

子供達も真剣に話を聞いている。

「それだけじゃないぞ、その他にもこの地表には人体に有害な宇宙放射線が降り注いでるんだ今でも、それらを防ぐ為の地磁気さ」

「だから、薬を飲む必要があるのか・・・」

「でもどうやって地磁気を再現するの?」とペグ。

「それは俺でも解るぞ、自転車のダイナモ知ってるかい?」とオーソン。

「えぇ、回転させて電気を発生する」

「あぁそうだ、その逆をしてやるのさ。フレミングの右だったか左手だったのかの法則さ」

「いいかげんだな」と言って、後をアルフレッドが引き継いだ。

「本来惑星が自転すると地軸を中心にマントルの対流がおきるんだ。そうすると極冠部に磁気が発生するんだよ、しかし火星にはなぜか地磁気が存在しないから人工的に再現してやらなくちゃならないんだ」

「人間って惑星規模の現象を再現できるなんてすごいわ」とペグ。ベティはなんの事やらさっぱりだった。

「で、そこで俺達は何すりゃいいんだい?」と既に仕事に就いたつもりでいるオーソンが聞いた。

「俺が思うに、おそらく対流しているマントルにマイスナー効果で磁気を大きくさせる為、赤道に並行する様に超伝導コイルパイプを設営する工事だろう」

「だめだ、もう解らん。解らんが建設作業員って事か」とオーソン

「そうだな、重機やWRワークローバーが使えれば重宝されるだろう」

「さぁ料理が冷めてしまうわ、どんどん食べてくださいな」とアリソン。

食事の後半は酒を呑みながらの宴会の様なものになった。

アルフレッドは火星で初めて得た友が頼もしくもあり嬉しくもあり、オーソンもまた同じ気持ちであったのだろう。

楽しい夕餉はあっという間に過ぎ、明日の待ち合わせを決めてオーソンは自分のローバーに肩をすぼめながらフラフラと帰って行った。

アルフレッドもオーソンを見送るとベッドに倒れ込んで寝入ってしまった。

「こんな父さん初めて見るわ」とペグ

「よっぽど嬉しかったのね」とアリソン。

「なにが嬉しかったの?」とベティが聞いた。

「頼りになる”友”が出来たって事よ」

「わたしもオーソンさん好きよ」とベティ。

「そうね、母さんも同じよ、本当に今日はいい日ね」

テーブルの下でうずくまって寝ているケイティを見て、

「今日は本当に大切な出会いがあった1日だわ、忘れないでおきましょう」

「さぁ、もう寝る時間よ、歯を磨いてベッドに入りなさい」


夜のしじまにローバーの影が浮かんでいた。


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