出会い
待ち合わせの洋品店に向って歩いていたアルフレッドは、確かにベティの叫び声を聞いた。
「なんだ!?」彼の五体に緊張が走る。
声の方に向って一目散に走り出した。
路地裏に駆け入ると、おりしも羽交い絞めにされているアリソンと、小脇に抱えられもがいているベティの姿が目に入った。
アルフレッドの血が逆流する。
「なにをしている!?貴様ら!」3人の男達に向って駆け寄った。
リーダー格の大男がアリソンをもう一人の男にまかせると、アルフレッドの前に立ち塞がった。
「旦那か?俺達にもいい思いをさせ・」
やにわにアルフレッドは大男の顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐぁっ!」大男が吹っ飛び、仔犬を繋いでいた柵をぶち壊す。
農耕で鍛えた彼の膂力は素晴らしい。渾身の一発だ。
アリソンとベティを放り出し、二人の男達がアルフレッドを囲む。
アリソンとベティに目で逃げる様に合図すると、アリソンはそれを察し助けを呼ぶ為にベティを連れ路地裏を駆け出した。
背後に回った男がアルフレッドの背中を蹴りつける。
痛みに背中を折った彼を正面から男が殴りつけた。
アルフレッドの首がはじけ飛ぶ。
大男がむっくりと立ち上がり、
「やってくれるじゃねぇか・・」とにじり寄って来た。
アルフレッドは体勢を立て直し、もう一発大男に拳を叩きつけると大男は同じように後ろに吹っ飛んだ。
その隙に後ろから羽交い絞めにされて、もう一人の男が執拗にアルフレッドの腹や顔を殴った。
路地裏を飛び出したアリソンは、すぐそばにいた先ほどの大男に勝るとも劣らない大男に駆け寄ろうとして、つまづいて倒れた。
「助けて下さい!夫が!夫が!」顔を上げて急いで懇願する。
髭面の強面に優しそうな目が心配そうに見ている。
「どうしたね?奥さん」と急いで屈み込み、人の良さそうな大男はアリソンに手を貸しながら言った。
「路地裏で夫が!私達を助けようとして・・」息が続かないアリソンに
「わかった!まかしとけ!」と言うと、大男は路地裏に飛び込んで行った。
すぐ目に入ったのは3人がかりでアルフレッドを押さえつけて、顔や腹を殴りつけている姿だった。
「おまえら!3対1とは卑怯だぞ!俺が相手してやる!」
やにわにアルフレッドを羽交い絞めしていた男の首根っこを掴むと、彼から引きはがし壁に叩きつけた。
自由になったアルフレッドは大男にすばやく目で感謝すると、かれを殴っていた男に向って体当たりをかます。
男がひっくり返り倒れたところにアルフレッドが馬乗りになって殴りつけた。
呑んだくれの大男は
「なんだてめぇ!ひっこんでやがれ!」と叫ぶ。
「これが引っ込んでられるか。男が廃るってもんだ」強烈な一発をお見舞いしてやった。
たたらを踏んで後ろに後ずさり、踏ん張って助けに入ってきた大男に向っていく。
3対2となった乱闘は、じりじりとアルフレッド達が優勢になり3人の無頼漢は足を引きずりながら
「おぼえてろ!」と月並みなセリフをはいて路地裏深く逃げて行った。
2人とも肩で息をしながらそれを見送ったが、ふとお互いの存在を思いだし目と目があった。
アルフレッドは右手を差出し
「アルフレッド・ビーンだ。助かったよ」と言った。
大男はその右手を掴み握手すると
「オーソン・ハンズだ」と名乗った。
2人とも顔がどんどん赤く腫れあがっていく。
「ひどい顔だアルフレッド、たぶん次会ってもわからんぞ」
「あんたこそひどい顔だ。手当をしないとな。俺のローバーに来てくれ」
「な~に、こんなのかすり傷さ、なんてこたぁない」
「頼む、礼もしたいし是非来てくれ」
「気にしなさんな、こんな時はお互い様さ。それにいい憂さ晴らしができたってもんだ」
表路地で気をやんでいたアリソンと2人の娘達が
「とぉさん!」と言って駆け寄ってきた。
「ここは物騒だ、引き返そう」とアルフレッドは家族とオーソンをいざない、表路地に引き返した。
しきりに遠慮するオーソンをアリソンが手放さなかった。
「命の恩人をこのままなにもしないで別れる事なんかできません」
「なにか急ぎの御用事でもあれば、後日伺いますので御在所を教えて下さい」
「そんな、命の恩人だなんて・・・大袈裟な」しどろもどろになるオーソンに
「いえ、あの後どうなっていたのかと思うと、そら恐ろしくてなりません。本当に助かりました。お願いですから私達のローバーに来て下さい。そして手当とお礼をさせて下さい」
「そ~ですか・・・わかりました。奥さん、お言葉に甘えさせてもらいます」
この少ないやり取りでオーソンの人柄がわかったアルフレッドとアリソンは、いっぺんに彼を気にいってしまったのである。
「シャワーを使ってくれ、その扉だ」
とアルフレッドは戻ったローバーの中で指差した。
この時代、世界と言うべきか、シャワーを他人に使わせる風習はまったくない。
それは水が貴重だったからで、よほど親しい友人か親族でなければありえない事だったのである。
オーソンはその好意になんと言っていいか解らず、まるで睨むかの様にアルフレッドを凝視した。
「その~・・いや・・なんと言うか・・なにもそこまで感謝してもらわなくても・・・」
「いや、それで俺の気が収まるんだ、頼む使ってくれ」
「そうか~・・・わかった!ありがたく使わせてもらうよ」
シャワー室は荷台側の扉と部屋の中間にあり、その奥にトイレがある。
いわゆる二重扉になっていて、冷気や砂埃が部屋に入り込まない様になっている。
だから荷台から入ると最初の扉の内側にシャワーがあり、汚れを落とす事が出来る様になっている。
「いや~さっぱりしたよ。前に入った日を思い出せないくらいだからな」
「どうりで臭いと思ったよ。やってくれ」とビールの瓶をオーソンに手渡した。
「いたれりつくせりだな。悪いな、これに目が無いんだ」
瓶の半分ほど一気に飲むと、
「か~うまい!これだからやめられんのだ」
「ははは、違いない」アルフレッドは闊達に笑う。
食糧を調達しに行っていたアリソン達が戻ってきた。
「オーソンさん、今から腕によりをかけて料理しますから待っててくださいね」
「奥さんそんな、おかまいなく」
「そうだ、家族を呼べよ、一緒に食べよう」
「あいにくと一人もんだ」
「いい歳してまだ一人なのか?身をかためろよ」と、すでに気を許している為、気兼ねなく言うアルフレッドに
「アルフレッド」とアリソンがたしなめた。
「俺みたいなのは一人が性に合うのさ」と、オーソンにもまったく屈託がない。
そんな時、ローバーの外からベティが
「とぉさん!かぁさん!」と呼びかけてきた。
オーソンを含めた3人がドアから首を出して見下ろすと、ペグとベティの間を尻尾を振った薄茶色の仔犬が嬉しそうに歩き回っている。
「あっ、さっきの・・・」アリソンは思い出した。あのガリガリの仔犬だ。
「見覚えでもあるのかい?」とアルフレッド。
「えぇ、あの仔犬をベティが見つけて路地に入って行ってしまったんだわ」
「そういう事だったのか、ついて来てしまったのかな?」とアルフレッド。
「しかし、えらいガリガリだな、餌もらってないんじゃないか?」とオーソン
見かねたアリソンがキッチンからパンを持ってきてペグに投げ落とした。
「それをあげなさい」とペグに言う。
ペグからパンをもらった仔犬はガツガツと食べ始める。
「やっぱり腹が減ってたんだな」
「父さん!かわいそうよ!うちで飼ってあげられない?」とベティ。
ローバーから降りてきたアルフレッドがベティの前にしゃがんで優しく言った。
「いいかいベティ、首輪をして繋がれていたのであれば飼い主がいるはずだ。どんな事情であれ飼い主がいるのに返さないのは泥棒と一緒になってしまうんだよ」
「はい・・父さん」と悲しそうにベティが言った。
「さぁローバーに戻りなさい。父さんが返してくるから」
「まだあいつらがいるかもしれん、一緒に行こう」とオーソン
「助かる」アルフレッドとオーソンは仔犬を連れ路地裏に向った。
注意しながら再び路地裏に入って行くと、壊れた柵のそばのテントは取り払われていて、飼い主らしい人の姿はどこにも見つけられなかった。
「まいったな、それらしい人どころか誰もいない・・」とアルフレッド。
「おっ、人が出て来た。聞いてみよう」とオーソン。
バーの経営者だろうか、バラックの中からバケツを持って出て来た男に声をかけた。
「すまない、ちょっと聞きたいんだが」
「なんだね?」
「そこにこの仔犬を飼っていた人がいたと思うんだが、知らないかな」
「あ~」と言って、顔をしかめた。
「3日前に死んだよ、凍死だったのか餓死だったのか解らない状態だったんだ」
「死んだ?」アルフレッドとオーソンは顔を見合わせた。
「あぁ、身寄りも探しようがないし、どうしようかと皆で話し合ってたんだが、犬もいなくなったし殆どガラクタばかりだから、さっき処分したんだ」
犬に目を落とすと
「そいつは飼ってやってくれんかね?困ってたんだよ」
アルフレッドとオーソンが仔犬を見ると、嬉しそうにシッポを振って二人を中心にまわり始めた。
とりあえず仔犬を連れ帰る事にした二人は路地裏を出てローバーに向った。
オニール商会の建屋の隙間から、仔犬を連れた二人を見つけたベティが飛び出してきて、仔犬に抱きつき撫でまわす。
仔犬はベティの顎のあたりをペロペロなめている。
ベティも仔犬も嬉しくってたまらない、といった感じだ。
飛び跳ねる様にはしゃいでいるベティと仔犬の周りには砂埃が舞い、それを夕日が優しく包んでいる。
”しょうがないな・・・”と、アルフレッドは仔犬を飼う事を決めたのだった。




