バザー
雪が赤い大地を白く化粧し、朝日に輝いている。
彼等の朝は早い。
まだ暗いうちに起きだして父と母はそれぞれの仕事をする。
まだ娘達が眠っているうちに油圧ホースの修理を終えたアルフレッドは、白い息をはずませながら荷台側に周ってきた。
バザーで売る予定の収穫した穀物は、昨年の三分の一程度しかない。
このままでは冬を越す事は出来ないだろう。
冬の間、働ける場所を探さなくてはならない。
などと考えていると、荷台側の扉が開き、アリソンに着膨れさせられた子供達が飛び出してきた。
「おはよう!とぉさん!」二人が口をそろえる様に言った。
「おはよう、おちびちゃん達」と言いながら、荷台から二人を下してやった。
二人は雪に足をとられながらローバーを離れていく。
「あまり遠くへ行くなよ!」「は~い!」
地平線に目をやると、昨日の砂嵐が嘘の様に透き通る大気が痛い程目に焼き付いた。
北に目をやると、遥か彼方に巨大な山が蒼天をついてそそりたっている。
このギリシャ神話を由来とする名を持つ太陽系最大の火山はオリンポスという。
標高2万5000mの楯状火山の裾野は624kmにもおよび、ここはその南限にあたる。
まるで巨大な山脈の様に見えるが、あくまでも一山である。
今日これから目指すバザーの方角に目を移すと、雪原が延々と続いている。
少し離れてローバーを振り返ると、火星の大地にポツンとあまりにも小さく見えた。
この大荒原に我々しかいない様な、大空の下の身の小ささを感じずにはいられない。
子供達が雪に屈み込み、顔を突き合わせて何かしている。
子供特有の甲高い笑い声をあげた。
それだけで十分だった。この幸せを守りたい。
”家族と共にこの火星を生き抜くのだ・・・”アルフレッドは改めて心に誓った。
ローバーの各部を点検し荷台の穀物を確認した後、子供達を呼び戻しローバーに乗せた。
丸一日この場所で足止めをくらったが、ようやく出発できる。
エンジンを始動させ、テーブルのシートに座っている家族に向って、
「さぁ出発だ!」と声をかけた。
アクセルを踏み込むと、ランドローバーの巨体が静かに動き出す。
1m程度の岩はものともせず踏み越えて行く。
六輪がそれぞれバランスをとって、かるく時化た日の船の様な乗り心地だ。
舗装された道路であれば時速100kmはかるく出す事が出来るが、ゴツゴツとしたこの岩場では30km/h程度しか出す事が出来ない。
それ以上スピードを出すと乗り心地が悪くなるし、なにより危険だからである。
雪を踏みしだきながらランドローバーは走り出した。
我慢が出来なくなったベティが立ち上がり、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ベティ、危ないから座っていなさい」とアリソンが窘めた。
「はい、かぁさん」と言ってすぐ座る娘。
嬉しくてたまらないといったベティと、目を輝かせて窓の外を見ているペグ。
そんな子供達を優しく母が見守っていた。
出発して3時間が過ぎ、バザーまであと少しのところまで近づいて来ていた。
太陽は中天近くまで昇り、気温も14度まで上がってきている。
火星の昼夜の寒暖差は大きい。
ここら辺ではそれほど降らなかったのか、雪は殆ど残っていなかった。
「とぅさん、もうそろそろ着く?」と姉のペグ。
「あぁ見えてきたよ」荒涼とした赤い大地にポツポツとランドローバーが見えてきた。
さらに進んで行くと、いくつかのバラックが建ち並び、その前でテンガロンハットを被った男達が十数人、作業しているのが見えてきた。
中の一人はWRでトレーラーから荷卸しをしている。
人型をしたこのマシーンは、穴掘りから農作業・荷の積み下ろしにいたるまでなんでもこなす。
全長は約3m、コクピットは分厚いパイプで格子にくぎり、強化断熱アクリルガラスが覆っている。
WRにさえ乗っていれば、昨日の様な氷点下の世界でも快適に作業を続ける事が出来る。
火星入植者達には無くてはならない物である。
このバザーは南側が正面にあたるので、北からやってきた彼等は東側をぐるりと回って正面にローバーを着けた。
「あった、あった」と言って、アルフレッドはローバーの巨体を反転させ後ろ向きに、ある建屋の前に停車した。
その建屋には”オニール商会”と大きく書かれた看板が高い位置に設置され、数人の男達が商談している。
ここで収穫した小麦やトウモロコシなどを売ってお金にしているのだ。
ビーン一家も例外ではない。
ローバーを降りて近づいていくと、まさに商談を終えたばかりの男が振り向いて
「やぁアルフレッド、どうだい調子は?」と聞いてきた。
がっちりしたアルフレッドに比べると華奢に感じられるほどだったが、ごくごく普通の中肉中背の体格で、忙しく視線を動かし作業を確認している。
「やぁ商売繁盛だね。スコット」とアルフレッド。
後からローバーを降りてきた娘達に
「元気そうだね、ペグ・ベティ、道中疲れたろう?」とスコット
「うぅん!全然疲れてないわ!平気です」とペグ。
「さぁ、父さんは仕事の話があるから、母さんとバザーに行ってきなさい」
「お久し振りです。スコットさん」とその後ろからアリソンが声をかけた。
「こんにちは奥さん、相変わらずお綺麗ですな」
「どうも」と言って子供達を連れ商店建屋の横を通り抜け、バザー中心部へと歩いて行った。
ビーン家のローバーに向い歩きながらスコットが続ける。
「今年の出来(作物の収穫高)は最悪だよ、どこも悲鳴をあげてる。良い値で引き取らせてもらうよ」
「それは嬉しいが、うちも良くなくてね。過去最低だよ」
「オーウェンのところは全滅らしい、冬を越すためにシリングタウンに行くって言ってたな」
「シリングタウン?」他人事ではないアルフレッドは関心を持って聞いた。
「あぁ、ここから東に3.000kmほど行った所に新しくできた街さ。マリネリス峡谷の中に新しくプラントができたそうで、その関連の街らしい。」
「地磁気を人工的に発生させるプラントだろ?」
「さぁねぇ~詳しくは解らんが、まぁそこで作業者を大勢募集しているらしい。行ってみるかね?」
「どうかな」と言うアルフレッドの様子に、”これは行くな”と感じたスコットは
「また寂しくなるな。知った顔がどんどんいなくなってしまうよ。まぁあんたはもともとここを離れるつもりだったんだよな」
「あぁ世話になったね。もう少し西の方へ行ってみようかと思ってるんだ。最後のやつを降ろさせてもらうよ」
「いつもの場所に頼む」アルフレッドはローバーの荷台に上がった。
荷台の奥に載せてあるWRに乗り込むと、キーを回して起動させる。
WRのいたる所からモーターの駆動音が静かに立ちあがり、空圧、油圧双方のチューブが張られる様にピンと立つ。
多くのWRがそうである様に、このWRも電動式である。
アクセルを軽く踏み込むと立ち上がった。
足の裏にあるゴムベルトで前進する。
人型と言っても左右の足を前後させて歩く訳ではない。
もちろん歩く事も出来るが、極端に乗り心地や作業性が落ちてしまうからである。
荷台からのスロープで大地に足をおろすと、慣れた手つきで収穫した穀物の袋をパレット毎降ろしていく。
全てを下すと今度はオニール商会の倉庫へ運んでいき、20分ほどで作業を終了させた。
今回の取引でアルフレッドが手にした金は1万4千ドルである。
なにもしなければこれで四ヶ月間やりくりしなくてはならない。
ローンの支払いもある。このままでは次の作付けの費用を捻出できない。
”シリングタウンに行ってみるか・・・”アルフレッドの気持ちは傾きつつあった。
アリソン達はバザーの中心部に来ていた。
空高く輝く太陽から降り注ぐ紫外線は強さをましたものの、気温は過ごし易く砂埃が少々舞っていたが快適な日だった。
このバザーは当初、100m程の円周上に店舗を並べ、中心に立つと全店舗見渡せる事が出来る様になっていたが、出店舗数が増え、中心から脇道に入り路地裏的な物まで派生していた。
路地裏にはアリソンが子供達には見せたくない風俗店やバーなどが数店並び、真昼間だというのに虚ろな顔の男達が何人かいた。
しかしバザーの中心部は多くの人達が行き交い活気に満ちている。
雑踏の臭いとも言うべき人々の生活臭がここにはあった。
子供達は目を輝かせて、きょろきょろと見渡している。
この雑踏の中、以前来た事のある洋品店を探すと、同じ場所にあった。
建屋と言っても限りなくコンテナに近い洋品店に入ると、姉妹は仲良く服を物色し始めた。
「これなんかどう?」と水色のパーカーをアリソンはペグに見せた。中に厚手のボアが保温性を高め、外側のパーカーは耐水性のある素材を使用している。
パーカーは3重になっていて取り外しが可能で、その時々にあわせて3通りの着かたが出来る物だ。
「わたしこっちの方がいい」とペグが取り上げた物は、あまり防寒・耐水性の高くなさそうな、ブライトピンクのフード付きのお洒落なトレーナーだ。
爪先立ちをしてワゴンの中を覗き見ていたベティは
「わたしこれ欲しい!」と目を輝かせて持ち上げた物は、雪の結晶をあしらったアウターウェアだった。
「これはベティにはちょっと大きいわ、これに似たかわいい服が家にあるわ」
「あれは姉さんのお古よ!わたしも新しい服が欲しい!」
「ごめんね、ベティ。秋の収穫が悪かったの、生活を切り詰めてかないと冬を越せそうにもないのよ」
「でも姉さんの服は買うんでしょぉ!ずるいわ!」
ベティはいつも姉の御下がりで文句を言うが、買ってあげたいと思うものの生活を切り詰めていかなければならない。
「体が大きくなったペグの着る服がないのよ、わかって頂戴」
ベティは気の強そうな目を母に向けて、
「ひどいわ!」と言って店を出て行ってしまった。
「待ちなさい!ベティ!」アリソンは持っていた服を急いで元の場所に戻すとベティを追いかけた。
店から出たアリソンはすぐに娘を見つけた。
ベティは路地裏に入って行ってしまっている。
アリソンは急いで路地裏へ駆け入り、ベティに追いついた母は彼女の視線を追った。
そこには肋骨が浮いたガリガリの、薄茶色の仔犬が鎖に繋がれている。
どこかフラフラしていた。
「かわいそう・・・」ベティは呟くと、仔犬の方に向って手を差し出した。
彼女が近づくと、フラフラしているものの嬉しそうにシッポを振って伸びをする。
差し出した彼女の手をペロペロと舐めた。
ベティも嬉しそうに頭をなでてやった。
アリソンがベティの後ろに来て
「ゴールデンレトリバーかしら?」と言ったその時。
酒臭い男の手がアリソンの手を掴んだ。
びっくりして振り返ると、濁った眼の大男がいやらしくなめまわす様にアリソンを見ている。
毛が逆立つ様な嫌悪感に手を振りほどこうとするがびくともしない。
「上玉じゃねぇか?なぁ?」と後ろにいたもう2人の酔っ払いに話しかけた。
「あぁ、いいねぇ、たまんねぇぜ・・・」男達がこたえる。
「放して下さい!人を呼びま・・」毛むくじゃらの手がアリソンの口を封じた。
「呼んでみろよ。へへへ」
「母さん!」叫ぶベティを見て、
「あんた子供がいるのか?そうは見えねぇなぁ。お前ら!連れてくぞ!」
男の一人がベティに走り寄る!
「いやぁ!」ベティは叫んだ。




