第十六話 そして男とはくだらぬ意地を張る生き物なのである
隣街の書店に向かうべく路線バスに乗り、あくびをしたところで。
目に入った。
バスケのユニフォームに身を包んだ、30cmの妖怪が。
前の席に座る親子……男の子の頭上に乗っていた。
「ママ、まだかな?」
「まだよ」
バスの扉が開き、人が乗り降りする。
「まだかな?」
「まだダメよ」
扉が閉まり、バスが走り出し。
そして、アナウンスが流れる。
「次は、○×市役所前、○×市役所前です。地元の皆さまに愛されて25年、8020運動推進中……」
「○×市役所前だって!押していい?」
「ちゃんと待ちなさい」
「○×歯科医院はこちらで……」
鳴り響くブザー音がここまで無情に聞こえたことは、かつて無かった。
さらに3つ前の席に座る小学生であった。
泣きそうになる男の子。
それぞれの頭上に乗っていたバスケ妖怪が、何やら言い合いをしている。
「ちゃんと待たせてよ!」
「何言ってんの!アナウンスが流れ始めた時が、ううん、前の停留所で乗り降りが終わってドアが閉まった時が、スタートの合図じゃない!」
「それはそうだけど……でも、その子アナウンスが流れ始めても押さなかったじゃん!最後まで聞かせなさいよ!」
「この子は歯医者さんに行くから、しっかり確認してたの! きょう初めて、『ママはついて来なくて良い、一人で行くから』って、頑張ってるんだから!」
バスはそのまま、「○×市役所前停留所」に到着し。
ブザーが押せなくて泣きそうな男の子と、歯医者に行くのが嫌で泣きそうな男の子とを扉から降ろし、再び東へと走り出した。
言い合いする妖怪ふたりが、こちらを振り向く。
「どっちの味方をするのか」と言い募りながら。
「男の子なら、気持ち分かるでしょう!?」
「う~ん、でも年齢的には、ウチらの守備範囲から外れてない?」
妖怪ブザービーターは、ショタコンであった。
ふたりの言い分を聞くその間にも、再びアナウンスは流れゆく。
「次は、○×駅前、○×駅前です。 お出かけ前のメークアップで、素敵な一日にしませんか? 美容院○×はこちらでお降りください」
ブザービーターがきょろきょろと左右を見回すも、乗っかれそうな子供の姿は無い。
代わりに見えるのは……赤の革ジャンに紺のジーンズ、上目遣いの妖怪で……無理に男装少女にならなくても良いのよ?
チャルメラや豆腐屋の妖怪は、おじさんだったんだから。
「チキンゲームさ。大人ってヤツは、誰かが動くまで待ち続けるんだ。誰も押さなければ、次の停留所で降りる羽目になる……そう、俺は勝負に賭ける女」
バスがスピードを上げる。
急カーブを曲がる時には、心臓の高鳴りを覚えずにはいられなかった。
このままブレーキを踏まないんじゃ無いかと、妙な不安に襲われて。
「見ろよ、ドライバーの背中を。絶対降りるヤツがいるはずなのに誰も押さないから、イライラそわそわしてやがる」
その指摘に耐え切れなくなり、ブザーを押した。
「この負け犬が」という目を、妖怪から浴びながら。
そして訪れた本屋では。
大学生か、フリーターか。ふたりの男が妙な会話を繰り広げていた。
「サウナでさ、先に出たくないじゃん? そしたら意識が朦朧としてきて。なんか見えた気がしたんだけど……」
俺の目には、再びはっきりと見えていた。
ジェームズ・デ○ーン崩れの妖怪が。
「そう、意地なんてくだらないものさ。理由なんか無い。だけどそこから逃げるヤツのことを、男とは言わないんだ」
もう少し大きな話でお願いしますよ、頼むから。
こればっかりは清水納言が正しいと俺は思うよ?




