第十五話 男とは挑戦する生き物である
脇を抉られ、しばししゃがみこんだ俺。
改めて所期の目標に挑むべく立ち上がった。
そう、洗面所には歯を磨き、顔を洗いに来たのだ。
大げさだって?
さてはあなた、女性ですね?
お出かけ前にメイクをする方ですね?
「出掛けに、仕上げに、もういっちょ顔を洗う」ことはありませんよねえ!?
そんなあなた達には分からぬ戦いが、ここにはある!
ワイシャツを身につけ、袖のボタンを留めた後に顔を洗うとどうなるか!
「いるんだろう妖怪! 隠れてないで出て来いよ!」
30cmの雛人形があらわれた。
十二単に身を包み、扇に顔を隠している。
ただひと言、消え入りそうな声で。
「清水納言……」とぞのみ、申しける。
「おうとも清水納言!見てろよ!」
蛇口から水を出す!
両手に受ける!
こぼさぬように、傾けぬように、顔に持って行く!
すかさず顔を洗う!
伸びやかな声が、耳をくすぐった。
「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは」
――約束したじゃないですか。ふたり互いに袖をしぼりながら。「『末の松山』を浪が乗り越えることなど、絶対にありえない」のと同じように(絶対に裏切らない)って――
「……なのにまた失敗したんですね、ユウタ」
掌からこぼれ落ちた水が、袖を濡らしていた。
今度こそ、今度こそ濡らすまいと、毎日工夫しているのに。
角度を変え水量を変え、顔を洗う速さを変え、勢いを変え。
香炉峰の雪を看るがごとく、水を撥ね上げてみたりもした。
それでも袖が濡れぬ日とて無い。
雨の日も、晴れの日も欠かすことなく。
俺の袖口は濡れていた。
夏場はまだ良い。熱中症対策だと自分に強弁できる。
問題は真冬だ。濡れた袖に凍み徹る風は肌を突き刺し、時に風邪の原因となる。
「いいや!まだだ!俺は君を絶対に裏切らない!……いつか、いつの日か!袖を濡らすことなく顔を洗って見せる!」
どこから取り出したものか。
妖怪・清水納言は簾のうしろへと姿を隠していた。
「おひさきなくまめやかにえせざいはひなど見てゐたらむ人は、いぶせくあなづらはしく思ひやられて」
……日本語でお願いします。
「将来性もなく、大まじめに偽物の幸せを追いかけている人なんて、うっとうしくて軽蔑の対象です」
男とは挑戦する生き物である。
しかして男のロマンは、女性には絶対に受け入れてもらえないのである。
原文は、(たぶん)女性に対する皮肉ですけれども。転用してしまいました。




