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第5話 日常の終わり




 10分後。


 悠真は自転車を飛ばして、待ち合わせ場所である小和川の橋まで来ていた。

 ほぼ約束の時間通りだ。


 橋と言っても住民の生活道路の一部で、車がギリギリすれ違えるぐらいの小さなものである。


 悠真の住むマンションは住宅街の端っこ、山に沿ったところにある。

 その山林を突っ切ると、この場所に出るのだ。

 周囲には川と山、そして細い県道しかない。


 河原まで降り、橋桁のそばに自転車を立てる。そして、息を整えながら周りを見渡した。


 人影はない。


 空には雲ひとつなく、太陽が照りつける。


 ちょうどこの辺は、浅瀬で川べりが広く、かなり大きな広場になっている。


 夏はバーベキューをする人で賑わうのだが、平日昼間とあって静かなものだ。

 聞こえてくるのは、はるか遠くの空から響いてくるヘリコプターの飛行音と、川のせせらぎだけだ。


(おかしいな……)


 思わず頭をひねる。


 駅からも遠く、バスも通っていない場所である。車で来るはずだ。

 しかし、土手を見上げても、赤いスポーツカーどころか、バイク一台通らない。


(もしかして、壮大な勘違いだったとか……)


 急にそんな疑念が湧き上がる。


 異世界に行って勇者にならないかなんて誘いを真に受けた自分が、間抜けに見えてきた。


(いや、別に信じたわけじゃないんだけど……)


 単に、ゲームを取り返したくて、あと、遥の話が聞きたくてチャリを飛ばして来ただけだ。

 と自分に言い訳しても、後の祭りである。


 我に返ったせいか、腹が大きく鳴った。そういえば昼飯もまだだったと思い出す。

 

「ん?」


 ふと、先ほどから聞こえていたヘリコプターの音が徐々に大きくなってきたのに気がついた。


 見上げると、いつの間にかほぼ頭上を飛んでいた。

 ここからでは豆粒大にしか見えないが、見慣れない形をしているのが分かる。


 なんとはなしに行き過ぎるのを目で追う。

 ところが、いつまでたっても自分の真上から動こうとしない。


「あれ?」


 しかも、轟音を響かせながら自分めがけて降下してくるではないか。

 みるみるうちに機影が大きくなる。


「な、なんだ?」


 その迫力に思わず後ずさりする。


 すでに、機体は着陸態勢に入っていた。それはテレビの取材などでよく見かけるヘリコプターではなかった。

 いや、もはやただのヘリですらない。


「これって、まさか……」

 

 ミリタリー系は嗜み程度の知識しかなかったが、すぐに分かった。


 おそらく日本で最も有名な機体といってもいいだろう。


 軍用輸送機MV-22、通称オスプレイである。


 機体の両翼につけられたローターが猛烈な風を巻き起こし、地面の石を吹き飛ばし、下生えを激しく揺さぶる。

 その中を、機体がゆっくりと降下して、とうとう河原に着陸してしまった。

 自分から20~30メートルは離れているが、それでも風圧が伝わってくる。


「おお……すごい……」


 こんな長閑な河原に、しかも眼前でオスプレイが着陸する。


 圧倒的な非日常感と迫力に飲み込まれ、悠真はただ立ち尽くしていた。


 やがて後部ハッチが開き、中から、一人の女性が優雅に降りてきた。

 濃い色のスーツに身を包み、腰まで届くような黒髪を風になびかせている。


 この距離からでもモデル並みの美人だと分かる。


 彼女は、悠真のそばまで来て微笑んだ。


 おそらく二十代半ばと思われるその女性は、切れ長の大きな目に、ルージュを引いた唇が艶めかしい。クールな顔つきと相まって、大人の色香と知性に溢れていた。


 甘い香りが、鼻腔をくすぐる。


 思わず悠真の息が止まった。


「初めまして、悠真くん。私が秋月薫よ」


 髪を片手で抑えながら、薫がさりげなく手を差し出した。


 これこそ映画のワンシーンである。


「え、あ、ど、どうも」


 動揺して口がうまく回らない。


 握手して挨拶などしたこともない。しかも、容姿端麗な女性が相手である。

 悠真はドギマギしながら、ぎこちなくその手を握り返す。 


 長い髪の美女が颯爽とやってくるまでは的中したが、まさか、オスプレイで飛んでくるとは夢にも思っていなかった。


 彼女は上品なしぐさでちらりと腕時計を見た。


「遅れてごめんなさいね。さあ、行きましょう。もう時間がないの」


「い、行くってどこに……ですか?」


「海の底よ」


「へっ?」


 もう頭は全くついていけていない。


 話を聞くとは言ったが、その辺のファミレスとか、せいぜい会社に連れて行かれるつもりだったのだ。


 たかが高校生一人をオスプレイで迎えに来て、挙げ句の果てに海の底など、もはや何をどう突っ込んでいいかすら分からなかった。


 自分に断りもなくゲームを消したことに一言物申すつもりだったが、そんな気持ちは消し飛んでいた。


 もう、事はそんなちっぽけなレベルではないのだ。

 目の前の軍用機が痛いほどそれを突きつけてくる。


「う、海の底? な、なんで、また……そんなところに……?」


 動揺だけが先に立つ中、ようやくこれだけを口に出す。


「それはもちろん……」


 悠真の反応が面白かったのか、薫は楽しそうに笑った。


「異世界への入り口がそこにあるからよ」




明日も複数話を目指します。

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