第6話 ブラックオペレーション
それから約3時間後。
悠真は、家を出るときにはまったく予想もしていなかった場所にいた。
潜水艦の中である。
あれから、小笠原諸島を越えたところまで飛んだ後、最後はロープで吊り下げられ、クジラのように浮上してきたこの艦に乗り込んだのだ。
深海調査のために開発された最新鋭艦で『ゆうなみ』という名前らしい。
すでに乗艦して1時間近くが経過しており、今は、潜水艦の作業服を着た自衛隊員の後について、艦内の狭い通路を歩いているところであった。
電話では、会ってすべてを話すと言っていた薫だったが、オスプレイの中では飛行音が激しく、話もろくにできなかった。
『ゆうなみ』乗艦後も、彼女が艦長のところに行ってしまったため、結局まだ何も聞けていない。
その間、悠真は誰もいない食堂に連れて行かれ、遅い昼食をとったところで、乗組員が呼びに来たのだった。
(オスプレイから潜水艦に乗り移ったなんて、遠山君に話したら死ぬほど羨ましがるだろうな)
お上りさんよろしくチラチラと艦内を見ながら隊員の後を歩いていると、ミリオタの友人の顔が浮かび、思わずニヤけてしまう。
遥も戻ってくるし、友人にも自慢できるし、これほど夏休みが終わるのが待ち遠しく感じたことはない。
妄想で顔が緩むのをこらえながら、船首に向かって艦内をしばらく行くと、通路の突き当りにあるドアの前まで来た。
「こちらでお待ちくださいとのことです」
隊員が分厚い扉を開けて、入るように促す。悠真より一回りほど年上に見えたが、とても丁寧だった。
「うわ、なんだこれ……」
部屋に一歩足を踏み入れ、思わず声を漏らす。
それも無理からぬ事だった。
数メートル四方の、潜水艦内としては相当に大きな部屋は、突き当たりの壁一面と床の一部までが透明な素材でできており、その向こうに青い海が広がっていたのだ。
壁の曲線的な形状から考えると、おそらく船首下部に位置するようだ。
「ここで、しばらくお待ちください。中の機器にはお手を触れないようにお願いします」
「はい……」
背後で、隊員が一礼して扉を閉めるのに気づく余裕もない。
悠真は魅せられたように、前方に広がる光景を見つめていた。
しばらくして、背後から声をかけられた。
「お待たせ」
「……秋月さん」
振り返ると、薫だった。
どうやら、気がつかないうちに入ってきたらしい。
「薫でいいわよ。ここは素晴らしい見晴らしでしょ。私も、この船に乗せてもらうたびにここにくるわ」
「割れたりしませんよね」
「まさか。特殊なアクリル樹脂よ。水圧とスピードに耐えるのに厚さ70~80センチはあるんじゃないかしら」
薫がそばまで寄って、ドームの壁をコツコツと叩く。
やがて、艦が前方に傾くのを感じて、悠真は壁の手すりを掴んだ。
徐々に、差し込む光の量が少なくなり、海中が薄暗くなる。
潜航していくのだ。
二人は無言でその光景を見つめる。
しばらくして再び艦が水平に戻ったのを見計らって、悠真はずっと聞きたかったことを尋ねた。
「……それで、異世界に行くってどういうことですか?」
「そうね。それを説明する前に、言っておくことがあるの。この件で見聞きしたことは他言無用よ。絶対誰にも言わないって約束してくれる? ここまで来て今さらなんだけど」
「……そうですね。普通じゃないってのは、もう身にしみましたし」
たかが高校生一人迎えに来るのに自衛隊を動員しオスプレイや新鋭潜水艦を出動させるなど、尋常ではない。
これが世間に露見すれば、大問題になるのは間違いない。
そんなことに巻き込まれるのは、悠真自身も嫌だった。
ただ、遠山に自慢することができないのが残念ではある。
もしかして、こそっと彼に言うぐらいはいいのではないかと思った時、それを見透かすように、薫が言った。
「念のために言っておくと、このプロジェクトは国家機密扱いで、しかも、ブラック・オペレーションよ。……この意味がわかる?」
「えっ」
悠真は驚いて、薫の顔を見返す。
その言葉なら悠真もゲームや映画で知っている。
何でもアリの相当にやばい極秘作戦だったはずだ。
「……ということは、約束破ってうっかり人に漏らすと、命にかかわるってことですか?」
「ありていにいうとそうなるわね。交通事故とか、不幸な転落死とか」
「に、日本ってそんな国でしたっけ?」
悠真の声がひっくり返った。
「それだけ重大な問題なのよ。この秘密が外に漏れたらどんなことになるか分かったものじゃないもの。大丈夫よ、人に言わなければ何も起こらないし、あなたの命は保証するわ。だから遥を悲しませるようなことはしないで」
薫は冗談めかせて微笑んだが、本気であることは痛いほど伝わってくる。
たとえ妹の友人であっても関係なく始末されることは明白だった。
「……分かりました」
もうこれは友達に自慢するとか、そういったレベルの話ではない。
いつのまにか国家の大事に巻き込まれてしまったのだ。
(こんなの、自分の柄じゃない)
そう思ってももはや手遅れである。
日常が足元から崩れていくような感覚に慄きながら、悠真はただうなずいた。
「それじゃ、最初から順を追って説明するわね」
「は、はい」
悠真がうなずく。とにかく、ここまで来たのだ。全てを聞いておきたい。
「そもそもの始まりは、二年ほど前のことよ。この海域で大きな地震があってね。ゆうなみが海底断層を調べるために派遣されたの。ところが、水深150mの海底を調査中に、遺跡らしい巨大な人工構造物を見つけたのよ」
「こんなところでですか?」
小笠原諸島を過ぎたこの付近には、大きな陸地どころか、小島すらまるっきりない。
「もしかすると、伝説のムー大陸を見つけたのかって、それは大騒ぎだったらしいわ。私も専門外だから詳しくは知らないんだけど、もしムー大陸が実在していたら、その西端がちょうどこの辺りっていう仮説があってね」
「へえ」
「ただ、それだけなら世紀の発見として公表すればいい話だったのよ。ところが、内部に調査隊が入ったとき、それよりはるかにとんでもないものを見つけてしまった。その瞬間から、このプロジェクトは国家機密になったの」
「そのとんでもないものって……?」
薫は、一瞬、ためらうかのような沈黙の後、静かに告げた。
「異世界転送装置よ」
「え」
悠真は思わず聞き返した。単語の意味としては理解できたが、頭に落ちて来ない。
「そ、それって、人を異世界に送り込む装置ってことですか? まさか」
「信じてもらうしかないわね。それに、さすがにこんなところまで来て、嘘ついてもしようがないでしょ?」
薫が肩をすくめた。
「そ、そりゃそうでしょうけど……あっ!」
思わず大きな声を上げる。自分がここに連れてこられた理由が分かったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。も、もしかして、僕をこんなところに連れて来たのは……」
ようやく、自分が何に巻き込まれたのかを悟って、激しく動揺した。
だが、今度は悠真の驚く顔を見ても薫は楽しげな笑顔を見せることはなかった。代わりに、なぜか翳りのある昏い微笑みを見せた。
「……そう。あなたにはその機械を使って向こうの世界に行ってほしいのよ。私たちが、アヴァロンと名づけた異次元の彼方にね」




