第4話 アンインストール
『異世界に行って、勇者をやってみるつもりはない?』
悠真は、薫のこの言葉を笑い飛ばすことはできなかった。
彼女の声に、からかうような響きは感じられない。むしろ、話し方や声に切迫した感じを受けた。
だが、同時にこの妙な成り行きに戸惑ってもいた。
「……どういうことですか?」
『ごめんなさい。説明する時間があまりないの。それに、本当に行けるかどうかは分からないし……。それならこうしましょう。今からそちらに迎えに行くから、その時に説明させて。それなら構わないかしら?』
「い、今からですか?」
『あなたの自宅から数分のところに川があるわね。……小和川っていうのかしら。その橋の近くにいてちょうだい。30分後にそこで会いましょう』
「え、でも……」
あまりの展開の早さに、めまいがしてくる。
わざわざ説明しに来るのだ。相手にとって重要な話なのだろう。
だが、自分はいたって普通の高校生である。
悠真は「なぜ自分なのか」が分からず躊躇した。
『お願い。私たちも急いでるの。会ってから全てを説明するわ』
「で、でも……」
『フェリスに会いたくないの?』
彼女が実在の人物であるような言い方だったが、そんな荒唐無稽な話を信じるほど世間知らずではない。なにより、すべてが怪しすぎた。
いくら好きな子のお姉さんが持ってきた話でも、だ。
「べつに、今でも会えてますから……」
『そう……』
電話の向こうで、しばし思案するような間が流れた。
彼女の背後で、なにやらキーボードを叩く音と短い電子音が聞こえた。
『……わかったわ、無理強いはできないわね。じゃあ、もし気が変わったら連絡くれる? 私の名刺は持ってるわね?』
「は、はい」
『じゃ、電話待ってるわ』
「あ、あのっ」
切られる寸前で、思わず引き止めた。
『何?』
「あ、あの、は、遥さんは元気でやってるんですか?」
『……』
一瞬戸惑うような沈黙が流れた後、薫が答えた。
『……妹を気にかけてくれてありがとう』
「い、いえ……」
『そうね。……遥のことも含めて、会った時に話すわ。じゃあ、連絡待ってるわよ』
電話が切れた。
(なんだ、これ……?)
思わずスマホを見つめる。
『異世界で勇者』も変だが、妹の状況をネタに話を進めるというのも不可解だ。
もちろん、遥の様子は知りたい。
しかし、二学期になればまた会えるし、教えてもらったところで彼女は海の向こうにいるのだ。どうせ連絡は取れない。
(そうだ、フェリスに聞いてみよう……)
さっきの様子では、彼女もこの件に関わっているのは間違いない。
いくらAIでも何らかの反応は得られるだろう。
だが、スクリーン上ではおかしなことが起こっていた。
「あれ?」
いつのまにかゲーム画面が真っ暗になり、『終了します』のメッセージが現れていたのだ。
キャンセルボタンはなく、OKしかない。
強制終了だと察して、OKをクリックする。
無論、再起動させるつもりである。
すると、『ご協力ありがとうございました』の文字が表示された。
同時に、パソコンのファンが激しく唸りだし、さらには、ストレージへのアクセスを示すランプがせわしなく点滅し始めた。
背中に冷たいものが走った。
(アンインストールされてる!)
すぐさま、プロセスを止めようとしたが、間に合わなかった。
『削除終了』の文字がスクリーンに現れる。
「ま、まさか……」
焦ってSSDの中を片っ端から探すが、ゲームに関わるファイルは何一つ見つからなかった。インストールログすら残っていない。
「なんなんだよ……」
思わず独り言を呟きながら、それならばと、挿しっぱなしにしてあるUSBメモリにアクセスする。ヤマさんから渡されたものだ。
ゲームは削除されたが別に慌てることではない。インストールし直せば済むのだ。
だが、インストーラを立ち上げるべくUSBメモリ内にアクセスして、頭を殴られたような衝撃が走った。
「そ、そんな……」
全てのファイルが、きれいさっぱり消えていた。
「くそっ……」
しばらくの間、消されたファイルを復元しようと手を尽くしたが、無理だった。痕跡すら残っていない。
(ダメだ……完全に消されてる……)
もうこれで、『アヴァロン』をプレイすることができなくなったのだ。
当然、フェリスにも会えない。
悠真は、呆然としてスクリーンを見つめた。
「ここまでやるのかよ……」
さっき断ったせいだというのは子供でも分かる。
(けど、なんでだ?)
薫の話を聞くことがそれほど重要だったのだろうか。
そして、断ったぐらいでなぜここまで極端な反応を示したのだろうか。
その理由が悠真には全く分からなかった。
ただ一つ、腑に落ちたことがある。
なぜインストールディスクがDVDではなくUSBメモリだったのか。
そして、なぜゲーム中ずっと挿しっぱなしにしておかなければならなかったのか。
向こうの望むタイミングで、プログラムを削除したかったのだ。
(それにしたって、いきなり削除なんてあんまりじゃないか……)
ショックに慣れてくると、今度は腹が立ってきた。
なんで自分がこんな目に遭わないといけないのか。
ただ、それでも、なんとかもう一度ゲームをインストールし直して、フェリスに会いたい。
お別れも言えずに会えなくなるのは悲しすぎる。
「ああ、もうっ!」
思わず声が出た。
自分が一体何に巻き込まれたのかは分からない。
でも、話を聞いたくらいでフェリスに会えるなら、文句はあるが、それでいい。
遥の近況も教えてもらえるならなおさらだ。
悠真は再びスマホを手に取り、名刺に書いてある電話番号にかけた。
1コール目で薫が出た。
『気が変わった?』
さっきの電話とは打って変わって、なぜか背後で風を切るような激しい音が聞こえてくる。
それに負けないように、薫も声を張り上げているが、それに構う余裕はなかった。
「話だけは聞きます」
『それでいいわ。もうそちらに向かっているところよ。じゃあ、10分後に』
電話は切れた。
愉快でも何でもなかったが、フッと笑いがこみ上げてきた。
もう薫は悠真がOKする前提で、こちらに向かって出発していたのだ。
あの轟音からすると、よっぽどすっ飛ばして来るらしい。
なんとなく、真っ赤なオープンカーでさっそうと乗り付けてくる長い髪の美女を思い浮かべてしまった。
映画のワンシーンのようだ。
――もっとも、相手役が自分みたいなちんちくりんでは、ギャグ映画にしかならないが。
だが、そこで一つの疑問が浮かぶ。
(どうして僕なんだ?)
薫の話し方からすると、どうやら誰でもいいというわけではないらしい。だが、自分でなければならない理由が思い当たらないのだ。
(まあ、向こうに聞けばいいか)
悠真はパソコンを消して身繕いを整えると、急いで部屋を出た。




