↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/42

第3話 魔道士フェリス



「ただいまっと」


 玄関のドアを開け、靴を脱ぎちらかしたまま、悠真は自室に向かった。


 この一ヶ月ほど、悠真は一人暮らし同然の生活を送っている。


 父は考古学、母は古生物学と、分野は違うが、両親とも世界を飛び回る学者で、ほとんど自宅にいない。今も二人とも調査旅行中なのだ。


 そんな二人の一人息子が家に閉じこもってゲーム三昧というのは皮肉な話だが、それはそれである。


「暑っ」


 窓を閉め切った部屋は、蒸し風呂のようだった。


 悠真はカバンを床に放り出し、エアコンを全開にする。

 そして、すぐさまパソコンの電源を入れた。もちろん「アヴァロン」をプレイするためだ。


 このゲームは、剣と魔法の世界を舞台にした、シングルプレイRPGであり、世界観やシステムそのものに目新しさはない。


 『アヴァロン』の優れたところは、世界のリアリティだった。

 

 現地中継と言われても納得できるレベルの映像だけではない。NPCはその場で自然に会話し、以前話した内容まで覚えている。

 何度も同じことを聞けばウザがられるし、ジョークを言えば笑ったり、「つまんねえ」とさえ返ってくる。


 よほど高度なAIが搭載されているのだろう。

 

 ヤマさんから頼まれて以来、悠真はずっとこのゲームにハマっていた。

 しかも、明日から夏休み。40日間は、毎日、一日中プレイできる。

 この見通しに胸が躍る。


 パソコンが立ち上がったのを見て、悠真はゲームを起動した。

 タイトル画面が表示されローディングが始まる。


(そういえば……)


 ふと昼間のことを思い出して、胸のポケットから名刺を取り出した。

 タイトル画面に表示されているのと同じ社名とロゴマーク。

 そして、『主任研究員 秋月薫』と書かれている。


(遥ちゃんのお姉さんがこのゲームの関係者だなんて不思議な話だ……)


 しかも自分は担任からテストプレイを頼まれている。

 世間は狭いといえばそうなのだろう。

 それでも、どこか心に引っかかるものがあった。


(そういえば、ウルムに行ってみないといけないな……)


 先ほどのヤマさんとの会話も気になる。



『あら、悠真じゃない。おかえりなさい』


 不意に話しかけられて、悠真は目をスクリーンに戻した。

 すでにゲームは起動しており、画面には、相棒のフェリスが映っていた。


 彼女の背後には、前回ログアウトした宿屋の自室が見える。


 悠真は名刺を机に置いて、スクリーンに向き直った。


「ああ、フェリス。今帰ったよ」

『早かったわね。もう学校は終わったの?』

「うん、今日は昼までだったんだ。明日からいよいよ夏休みだよ」

『そう、それはよかったわね』


 彼女は、悠真の二つ年上で、十九歳。


 肩まで届く金色の髪を後ろでまとめ、白を基調としたゆったりとしたローブに身を包んでいる。


 初期街フューコットの近くにある修道院育ちで、修行のために悠真とパーティを組む白魔法の使い手だ。


 ちょっとそそっかしいが、穏やかで面倒見が良い。


 いわば、優しいお姉さんタイプのキャラである。


 そして、毎日、冒険者ギルドや住民からクエストを引き受けて、二人で冒険している。


 もちろん、その合間に、テストプレイヤーとしてバグの発見に努めている。

 とはいえ、このゲームはβ版とは思えないほど完成度が高かった。

 今のところ見つかったのは、おそらく意図的に設けられたと思われるチート機能くらいだ。

 


 ただ最近は、冒険に出かけるよりも、彼女と話している方が楽しくて、それがゲームの目的になっていた。


 NPCキャラとはいえ、遥がいない寂しさを紛らわせてくれる存在でもあったのだ。


『ね、今日は、どうするの?』

「ウルムに行こうと思って」

『えっ、ウルム……?』


 まただ。

 さっきのヤマさんもおかしかったが、フェリスもおかしい。


「あれ、ウルムに行くのが、そんなに変かな」

『う、ううん。なんであんな辺鄙なところに行くのかなって』


 なぜか動揺しているように感じる。

 目も合わさないし。


「まあ、ちょっと久しぶりに行ってみたくなってさ」

『そうなのね……。あ、そ、それより、今日は、学校どうだった?』

「え……」


 話をそらそうとするのが、ますますあやしい。

 だが、ここで問い詰めるよりも、後で一緒にウルムに行ってから聞けばいいかと思い直した。

 

 そして、ヤマさんに呼び出されたことから、藤堂に絡まれたことまで、今日の出来事を話した。

 

 これまでの会話から、彼女もこちらの状況をあらかた理解している。


「……というわけなんだよ」

『へえ、進路希望調査か。そんなのがあるのね。でも、悠真は本当に勇者なんだから、いいじゃない』

「いや、まあ、そうなんだけど……」


 思わず苦笑いする。


 毎日数時間プレイしたおかげでレベルも上がり、これまでの活躍で周りから二人は勇者と聖女と呼ばれるほどになった。

 事実、彼女と組んで倒せない魔物はあまり出てこない。


 フェリスは少し考えるように首を傾げた。


『悠真ったら、そんなにこっちに来たいの?』


 優れたAIがやりすぎたのか、フェリスは、悠真の現身《うつしみ》が彼女の世界に現れて、悠真自身は本当は別の世界にいるという、割とメタな理解をしていた。


「う、うん。まあ、そうかな」


『そう。それはうれしいわね』


 フェリスが微笑む。


『じゃあ、そんな嫌な人もいるんだったら、こっちに来ない? 私も、本当のあなたに会いたいわ』


「そ、そう?」


 画面の中のフェリスを見る。

 彼女がゲームのキャラクターなのは分かっている。

 それでも、長い時間を一緒に過ごし、何度も命懸けの冒険をしてきた。


 もう単なるNPCだとは思えなくなっていた。


(ホントに行けたらいいのに……)


「でも、行きたいのは山々だけど、無理だよ」


『どうして?』


 彼女の問いかけに少し寂しくなる。人工知能の限界を見た気がしたからだ。


「どうしてって、ほら、僕たち住む世界が違うから」


『……そう、あなたはそんなふうに思っていたのね』


 フェリスが悲しげに目を伏せた。


「え、いや、ちょっと待った。ち、違うよ、そういう意味じゃなくて!」


 慌てて言い直す。


「ただ、そちらに行く方法がないから行けないだけなんだよ」


 はたから見ると、単なるゲームキャラに必死になって言い訳する自分が奇妙に見えるかもしれない。

 しかし、たとえ、NPCだろうと、悠真にとってみれば、彼女は生きてそこに存在しているのだ。


『本当に?』

「うん」


『それなら――』


 フェリスが顔を上げた。


『こちらに来る方法があれば、来てくれる?』


 どこか甘えるような、それでいて真剣さが伝わる言い方だった。


「う、うん。もちろんじゃないか」


 悠真は即答した。


「行けるんだったら今すぐにでも行きたいぐらいだし」


『そう思ってくれるのね』


 フェリスが嬉しそうに笑う。


『ふふ、うれしい』

「ぼ、僕も会えたら、うれしいよ……」

『えへへ、そっか……』


 フェリスが照れた顔で微笑んだ。

 悠真も、それを見て顔が火照ったのを感じる。


 いや、キモくてもいいのだ。

 ゲームやアニメのキャラに入れ込むのは、オタクの嗜みである。


(フェリスと二人っきりで、勇者の冒険か……)


 フェリスと二人で、冒険したり、一緒にご飯を食べたり、色んなところを旅したり。

 ゲームの中でも時間を忘れるほどのめり込んだのだ。

 これが現実になったら、どれほど楽しいだろう。


(会いたいな……)


 気持ちが募っていくのを感じた。


『……分かったわ。あなたならきっと大丈夫』


「へっ?」


 突然の言葉に、悠真は妄想から引き戻される。

 だが、言われたことが頭に落ちてこなかった。


『ちょっと待ってて』

「えっ? どういう意味――」


 悠真が真意を確かめる前に、彼女はこちらに背を向けて、そのまま画面の外へ消えてしまった。


「……どういうこと?」


 スクリーンにはもう宿屋の部屋しか映っていない。

 まさか、本当にゲームの世界へ行く方法があるとでもいうのだろうか。


 もしかして、ここで画面が光り出して、自分を誘《いざな》ってくれるのかと、わけもなく緊張してモニターを見つめるが、やっぱり何も起こらない。


 じゃあ何のことだ?


 エアコンの音だけが静かに流れる。


 その時、けたたましい音量でスマホの着信音が鳴った。


「うわぁっ」


 悠真は椅子の上で飛び上がった。

 慌てて、スマホをひっ掴む。


 表示された文字を見て、眉をひそめた。


 「表示不可」


「な、なんなんだよ……」


 一体どこから掛けたらこうなるのか、不審に思いつつも電話に出た。


「も、もしもし?」


『神代悠真君ね』


 落ち着いた女性の声だった。相当に知的な感じがする。


 その声にはどこか深刻な響きがあり、何かの勧誘かという疑念は即座に消えた。


「は、はい、そうですけど……」

『異世界に行きたいって本当?』

「は?」


 心臓が、一つ大きく跳ねた。


 本来なら、無言で通話終了ボタンを押すべきなのだろう。しかし、悠真はヤマさんとの面談を思い出した。


『勇者になりたいんじゃないの?』

「なんで、そんなこと……、っていうかどちら様ですか?」


 机の上に無造作に置いた名刺が、目の端に入る。

 すでに、相手が誰か分かった気がした。


『私の名前は秋月薫。ロストサイエンス社の主任研究員よ。アヴァロンのテストプレイ、ありがとう』

「あ、はい……」

『それに、妹と仲良くしてくれてるみたいね。遥から聞いてるわ』

「あ、い、いえ、そんな……僕も……その……お、お世話に……」


 いきなり遥の姉と話すことになり、悠真は身を固くした。

 何か気の利いたことを言おうと思うのに、頭が真っ白になって何も出てこなかった。


『――で、異世界に行きたいって話だけど』

「ヤ、ヤマさんに聞いたんですか?」


 今日の面談の後にこれだ。偶然であるはずがない。だが、彼女の答えは違った。


『ヤマさん? ああ、あなたの担任の山科桂吾ね。それだけじゃないわ』


 彼女が遥の姉とはいえ、ヤマさんのフルネームを呼び捨てにしたのは意外だった。

 だが、自分がヤマさん経由でアヴァロンを入手したことを思い出す。

 二人は知り合いなのだろう。


 先ほど感じた違和感がまた湧き上がった。


「じゃあ、フェリスにでも聞いたんですか?」

『そうよ』

「……」


 単なるゲームのキャラから知らせを受けたというのは、奇妙な話ではある。だが、何らかの形でこちらの情報や、ゲーム上の行動が送られていたのかもしれない。

 シングルRPGなのに常時ネット接続が必要な理由はこれなのだと気がついた。

 

「……それで、僕に何の御用ですか? ゲームはまだ途中ですけど……」

『いいのよ。そんなことより、もっと重要な話があるの』


 そこで、薫は一旦言葉を切った。


 そして――。


『……ね、あなた、異世界に行って勇者をやってみるつもりはない?』



明日も複数話の更新を目指します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。