↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/42

第2話 勇者、いじめられる



『お前なら、やっていけるさ』


 教室へ向かう廊下を歩きながら、悠真はヤマさんの言葉を思い返していた。


 まるで悠真が異世界に行くと決まっているかのような言い方だった。


 しかし、今はそれ以上に気になっていることがあった。


 遥のことだ。


 彼女が学校を離れて、もう一ヶ月半になる。


(今頃、どうしてるのかな……?)


 メールアドレスもLINEも知らない。

 彼女と仲のいいクラスメートも、連絡が取れないと話していた。


 二学期に戻ってくるのは、分かっている。

 それでも、夏休みが始まったばかりの今は、遠い未来のように思えた。



 ――遥と出会ったのは、今年の四月だった。


 進級して、初めて同じクラスになった。

 最初は、ただの大人しい女子だと思っていた。


 ところが、ある日の昼休み。


 隣の席に座っていた遥が、一人で小説を読んでいるのに気づいた。

 ブックカバーがかかっていたが、ページの隙間から見えた挿絵に、見覚えがあった。


「ねえ、それって『異世界トラベルエージェント』の最新刊だよね? 秋月さんも読むんだ」


 思わず声をかけてから、女子に話しかけてしまったことに気づく。

 

 しかも、遥と話すのはそれが初めてだった。悠真は急に緊張して体がこわばるのを感じたが、すでに手遅れである。


「えっ? あ、うん。神代くんも好きなの?」


 遥もいきなりで驚いたようだったが、戸惑う様子も見せず、すぐに笑顔になって聞いてきた。

 人懐っこくて無邪気な彼女の笑顔が眩しくて、まっすぐ見られない。


「う、うん。全巻持ってるよ」

「ブックカバーかけてるのに、よく分かったね」

「あ、えーと……」


 悠真にとって、女子と二言以上話すことは極めて稀である。未知の世界に突入した気分で言葉を探す。


「さ、挿絵が目に入ったから。そのイラスト、水瀬真だよね。僕、その人の絵が結構好きなんだ」

「神代くんも? 私もなの! この人、すごくいいわよね!」

「え」


 どうやら、その絵がツボだったらしい。

 

 遥が嬉しそうな笑顔を見せ、好きな作品について熱心に語りだした。

 大人しくて控えめな感じだと思っていたので、意外な姿だった。

 そういえば、最初の自己紹介で、美術が好きだと言っていたのを思い出す。


 遥はしばらく熱く語ったあと、我に返ったのか頬を染め、慌てたように謝った。


「ご、ごめんね。私ばっかり喋っちゃって」

「ううん。僕も楽しかったから」

「……ほんと?」

「うん」


 悠真が答えると、遥はほっとしたように笑った。


「よかった。この人を知ってる友達って全然いなくて、つい嬉しくなっちゃった」


 少し舌先を出して、はにかんだ微笑みを浮かべる。

 その瞬間、悠真は心臓を鷲掴みされたかのような錯覚を感じた。



 これがきっかけで、二人は自然と話すようになった。


 やがて、彼女が絵を描くことも好きだと教えてくれた。


「今度、私の絵を見る?」

「いいの?」

「悠真くんなら見せてもいいかなって。そんなにうまくないけど」

「僕、遥ちゃんの絵なら、絶対見たいよ。楽しみにしてる!」

「ふふ、ありがとう。じゃあ今度持って来るね」


 遥は少し照れながら笑った。


 そういえば、いつの間にか、呼び方も変わっていたのだ。


 そして、遥を好きになってしまったことに気づくまで、それほど時間はかからなかった。


 問題が起こったのは、それから二ヶ月ほど経った6月の最初の月曜日である。


 その日、悠真は、一世一代の決意を胸に登校した。遥にLINEを聞き、あわよくば水瀬真の個展に誘うつもりだったのだ。


 まだ朝早い時間に教室に着き、緊張しながら遥の到着を待つ。

 しかし、いつもは早い彼女が現れる気配はなく、予鈴が鳴っても来なかった。彼女は遅刻するタイプではない。どうやら、欠席らしい。


(せっかく、気合い入れてきたのにな……)

 

 ところが、ホームルームが始まり、拍子抜けした気分でヤマさんの話を聞いていると、突然、衝撃の事実が告げられた。


「……というわけで、急な話だが、秋月は絵の勉強のためイタリアのフィレンツェに行くことになった。また二学期には戻ってくる予定だ」


(は……?)


 教室中がざわめく中、悠真は呆然となった。

 その後のヤマさんの言葉はほとんど頭に入って来なかった。あまりに突然すぎて受け入れられない。まるで心の働きが止まってしまったかのようだった。


 それ以来、学校は居心地の悪い場所になった。




(はあ……)


 ため息を付きながら、教室の扉を開けて中に入ると、まだ数人の生徒が残っていた。


 その中に、藤堂武志と取り巻きの田代、山下がいるのを見て、悠真の気分が重くなった。


 居心地を悪くしている張本人たちだ。


 しかも、藤堂は偉そうに悠真の席に股を広げて座り、取り巻きがそのそばに立っている。そして、悠真の姿を見ると、案の定、絡んできた。


「お、勇者様のお帰りだぜ」

「勇者さまあ」

「呪文でも使って見せてくれよ」


 何がそこまで面白いのかわからないが、ゲラゲラと笑う三人。

 周囲の無関係なクラスメート何人かが、何事かと振り返る。


「え、何のこと?」


 悠真は、素知らぬ顔で帰り支度を始めた。嫌な目に遭う前に、できるだけ早くこの場を離脱したい。

 

 椅子に座ったままの藤堂を避けて、引き出しの教科書を取ろうとする。

 

 だが、彼は己がじゃまと知りつつ、元ラグビー部の大きな図体を一ミリたりとも動かすことはしなかった。

 

 やむなく、机を少しずらせて中の物を取り出し、カバンに詰める。

 

「とぼけんなよ。お前、卒業したら異世界で勇者やるんだろ」

「オレ、ちゃんと見たんだぜ」


 取り巻きの一人、田代が得意気に言った。

 

 そこで気がついた。今朝のホームルームで進路希望調査の用紙を提出しようとしたとき、こいつが「俺が出しておいてやるよ」と言って掠め取っていったのだ。その時に盗み見たのだろう。


「進路希望にそんなの書くなんて、終わってんな、おい」

「ほんと、気持ち悪いオタクだよな、お前って」

「だ、だって、ヤマさんが好きなこと書いていいって……」


 思わず言い返して、しまった、と思うが手遅れだ。相手にしないで嵐がすぎるのを待つべきだったのに。


 藤堂が嘲るような笑いを見せた。

 

「あんなの例え話だろうが。マジで空気読めねえな、お前も」


 さらに、とんでもないことを言い出した。


「そうだ。おい、神代。今日から、お前のあだ名は勇者だ。いいな、勇者」

「おお、そりゃあいいや」

「勇者にパシらせるのもおもしれえな。『おい、勇者、ちょっとコーラ買ってこい』とか言ってよ」


 さぞかし面白いネタを見つけたかのように、盛り上がる三人。


「ちょ、ちょっと、それは勘弁してよ……」

 

 もともと目立つのが嫌いで、休み時間も一人でゲームやラノベを楽しめればそれでよかった。


 だが、そんな悠真を藤堂たちは格好の標的にしており、特に遥がいなくなってからは、露骨に絡んでくるようになったのだ。


 彼女が隣にいた頃は、藤堂たちもさすがにまずいと思ったのか、ここまでひどくはなかった。

 しかし、彼女がいなくなった以上、こいつらを止める者はない。


 周りの者たちは、面白い見世物を見るような目で眺めるだけで、誰も助けてくれない。

 そして、小柄で気の弱い悠真は、藤堂たちに逆らうだけの勇気はなかった。

 

「……」


 ちらりと、遥の席に目をやる。

 

 彼女がいてくれればこんな目に遭わなかったのにという思いと、こんな姿を彼女に見られずにすんで良かったとの思いが交錯する。


「いいじゃねえか、なあ。いいだろう、勇者さま?」


 悠真の煮え切らない態度に苛ついたのか、おもむろに藤堂が立ち上がり、大きなガタイを揺らしながら悠真と密着するぐらいの距離で凄んでくる。

 

 また、あの目だ。絶対に逆らえないと知って獲物を嬲るような目つき。

 

 相手に呑まれ、悠真は言い返すことが出来ない。

 

「い、いや、あの……」

「はっきりしろよ、オラァ」

「わっ」


 肩を突き飛ばされて、床に倒れ込んだ。


「な、何するんだよ……」


「けっ、ちょっと手が触ったぐらいで倒れてんじゃねえよ。いじめてるみたいじゃねえか。そんなんじゃ立派な勇者になれねえぞ」


「ハハッ、ちげえねえ」

「ちゃんと修行しろよ」


 取り巻きが同調する中、藤堂が下衆な笑いを浮かべて見下ろす。

 

 悠真は唇を噛んで、うつむいた。

 

 情けない気持ちでいっぱいだった。とにかく、一秒でも早くこの場から逃げたい。

 そして、ヤマさんから借りたゲームの続きがしたい。


 ――そんなことを考えている自分が、余計に情けなく思えた。


 その時だった。


「おい、お前たち。何をしているんだ?」


 教室に問い詰めるような厳しい声が響いた。


 顔を上げると、教室の入り口にヤマさんが立っていた。

 そのままこちらへ歩いてくる。


「藤堂。これはどういうことだ? 喧嘩か?」

「ちょっとぶつかっただけっすよ。コイツ、弱っちいんで、勝手に転んだんです」


 藤堂は悪びれもせず答えた。

 田代と山下も、ヘラヘラしながらうなずく。


 ヤマさんが悠真を見た。

 何か言え、と目で問いかけているようだった。


 だが、悠真は何も言えず、目をそらした。


「……」


 ヤマさんは小さく息を吐いた。


「……まあいい。お前たち、もう放課後だ。用がないなら下校しろ」


「分かりましたよ。別に俺たちだって、こんなやつに構いたいわけじゃねえし」


 藤堂は肩をすくめた。


「おい、行くぞ。気分直しに飯でも食いに行こうぜ」

「おお」

「あいよ」


 三人は悠真を見下ろしてゲスい笑いを投げかけ、そのまま教室を出ていった。


 静かになった教室に、悠真だけが残された。


「……まったく」


 ヤマさんがため息をつく。


「大丈夫か? ほら」


 ヤマさんが悠真に手を差し出し、引っ張り起こした。


「あ、ありがとうございます……」


 悠真は、尊敬しているヤマさんに情けない姿を見られ、惨めな気持ちで目をそらした。

 

 気がつくと、すでに他のクラスメートも帰ったようだ。


「一人で無理することはない。何かあったらいつでも先生のところに言いに来い」


「……ありがとうございます」

「じゃあ、お前も帰れよ」

「はい……」


 言いおいてヤマさんが教室を出ようと歩き出したが、途中で何かを思い出したかのように振り返った。


「そうだ、神代」

「はい?」

「その……ウルムにはもう行ったか?」

「え、ウルム……? あ、ああ、はい……」


 一瞬、何の話か掴みかねたが、『アヴァロン』に出てくる村の名前だと気がついた。


(ヤマさんも、プレイしてたのかな)


 あまりゲームをするタイプには見えなかったので、意外である。


「それが何か……?」


 ただ、ヤマさんの様子からすると、隠しクエストがあるとか、何かゲームの話をしたい感じではない。

 むしろ、何か心配事があるような雰囲気である。


「あ、いや、いいんだ。じゃあな」


 だが、ヤマさんは悠真の疑問には答えず、背中越しに軽く手を上げてそのまま出ていった。


(あの村に何かあったっけ……?)


 たしか、何の変哲もない小さな村だったはずだ。

 いや、さっきのはそもそもゲームの話ではない気がする。


 じゃあ、ヤマさんは何を気にしていたんだ?


(うーん、わからないな……。今日は、久しぶりにウルムに行ってみるか……)


 脳内のマップでウルム村の場所を確認する。


 そして、どこか腑に落ちない気持ちのまま、悠真はカバンを拾って教室を出たのだった。





しばらくはこまめに更新していくつもりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。