第40話 待ち受けるもの
本隊から離れた一行は騎士団副長ダーハンの指揮で城の西側へ回り、地下神殿へ続く裏道に入った。
城壁と建物の隙間のような道を辿り、時には、建物の中を突っ切って進む。
道幅は狭く、二百人近い一行は細長い隊列になっていた。
悠真と遥、アイラ王女は、先鋒と殿に守られ、その中央付近を進んでいる。
ただし、裏道といっても、安全というわけではなかった。
その途中、いたるところでローカスの集団が襲いかかってくるのだ。
しかも、そのたびに敵の数が増えている。
そして一行が、大きな建物の裏手を通り過ぎようとした、その時だった。
『オオオォォォ!』
「また来たぞ!」
すぐそばの裏口から、数体のローカスが飛び出してきた。
一行は側面から突かれた形になる。
「っ!」
悠真はちょうどその前を通りかかっていた。とっさに剣を構えつつ、遥を後ろ手にかばう。
「遥! 僕の後ろにいるんだ!」
「うんっ」
その後ろでは、近衛隊の騎士たちがアイラの周囲を固めていた。
「やらせるか!」
悠真が剣を振ると、白い冷気が先頭の数体を覆った。
その横を近衛隊の騎士が駆け抜け、敵を破壊していく。
だが、その後ろからさらに数体が現れた。
「悠真くん、まだいる!」
「まかせて!」
悠真が踏み込み、ローカスの胸へ剣を突き刺す。
「食らえ!」
一気に冷気を流し込むと、黒い体が内側から凍りついていく。
同時に、横から騎士が残りの影を凍らせ、粉々に砕いた。
だが――
「油断するな! 新手だ!」
「また来たぞ!」
誰かが叫ぶ。
その言葉通り、脇から十数体の黒い影が湧いて出てきた。
すぐに近くにいた騎士たちが前に出て、応戦する。
「後方からも、数十体が来ます!」
振り返ると、すでに殿の騎士たちがローカスと斬り結んでいる。
「またか!」
「これではキリがありませぬ。殿下、第十隊の一部をここに残します。先をお急ぎください!」
「……分かりました」
立ち止まっている暇はない。敵が集まってきている以上、長居すればするほど不利になる。
応戦中の騎士たちを置いて、一行はそのまま走りだした。
だが、少し進むたびにローカスの一団が、前から横から後ろから、あらゆる方向から襲いかかってきた。
そのたびに部隊の一部が足止めや進路の確保のために残っていく。
「ここは我らが!」
「殿下、お先へ!」
「……ご武運を」
アイラ王女が唇を噛み、その場を離れる。
悠真も見殺しにするような罪悪感に苛まれつつも、その後を追った。
しかし――
一隊、また一隊。
先に進むたびに、付き従う騎士と魔道士の人数が少しずつ減っていった。
二百人近くいた一行は、すでに数十人程度しか残っていない。
しかも、誰の顔にも、疲労の色が濃く浮かんでいた。
気がつけば、遠くで響いていた戦いの喧騒も、聞こえなくなっていた。
デュキスたちがどうなったのかは分からない。
だが、もはや後戻りはできなかった。
この国の現有魔道戦力のほぼ全てを注ぎ込んだ作戦である。
戦力を喪い退却しても、この国の未来はない。
また、悠真たちも地球に帰ることはできない。
「この先です!」
建物の角を右に曲がりながら、先頭を走る騎士が叫ぶ。
後に続くと、立派な石造りの構造物が左手に見えた。
何本もの円柱が巨大なドーム型の屋根を支えているが、壁はない。
正面にある、幅10メートル以上の階段を駆け上がり、ドームの下に入ると、その中央の床に、地下へ向かう階段が見えた。
どうやらこれが地下神殿に向かう道らしい。
一行はその階段を一気に駆け下りた。
なぜかほんのりと明るく、通行には支障がなかったが、それを気に留める暇もなかった。
何十段も降りたところで、開けた場所に出た。
「……え?」
悠真は、思わず足を止めそうになった。
淡い光に覆われた空間。
装飾も何もない、白っぽい石造りの壁と床。
(これって……)
見覚えがある光景に心を奪われる。
地球で潜水艦から降りた時に見た、海底神殿の接舷部の広場だ。
ここは何も置かれておらず、誰もいないが、作りは同じだった。
「悠真くん?」
「遥、ここ……地球の神殿の入口とそっくりだ」
「え? あ、そう言われれば……」
遥が驚いた様子で周囲を見回す。
そして、海底神殿と同じように3つの入口が見える。
中央にあるアーチ型の入口が一番大きいのも同じである。
それが、キューブの置かれた漆黒の主神殿につながるはずだ。
(あの向こうにキューブが……)
気がつくと期待と不安で手を握りしめていた。
ようやく、ここまで来た。
ただし、まだ実物を見たわけではない。
それに、キューブがどんな状態かも分からないのだ。
そして悠真の不安を煽るかのように、黒い影が中央の入口から湧き出てきた。
「敵兵出現!」
先頭の騎士が叫ぶ。
ローカスは次々と姿を現し、あっという間に数十体にもなった。
そして、横に広がっていく。
「散開せよ!」
ダーハンの命令に、騎士たちが左右へ広がり、魔道士たちが杖を構える。
消耗の激しい彼らを見て、悠真はダーハンに呼びかけた。
「まず僕に撃たせてください!」
「む……しかし、ユウマ殿……」
ダーハンはすぐには答えず、わずかに眉を寄せた。
おそらくこの後の事を考えているのだろう。
「一発だけ、大きいのを撃ったら引っ込みますから、あとはお願いします」
「分かりました……それでは、お願いいたします」
「はい」
「悠真くん……」
心配そうな遥を安心させるようにうなずきかけ、前に出た。
これまでは、王女を保護するために大技を控えて魔力を温存するよう言われていたが、もう目的地は目の前である。
悠真は、剣を構えた。
ローカスたちは、入り口を守るのが使命なのか、動こうともしない。
強くイメージを込め、剣に冷気を纏わせる。
「行くぞ! 氷獄の息吹!」
魔法の名称を唱え、剣を横薙ぎに振るった。
剣から放たれた冷気の塊が扇状に広がり、黒い影たちに直撃した。その瞬間、半数以上が凍りついた。
「おおっ」
背後から称賛のどよめきが上がる。
同時に、ダーハンの指示が飛ぶ。
「今だ、騎士団突撃! 魔道士はこれを援護せよ!」
「おおっ!」
騎士たちが剣を振りかざしながら、影たちに突っ込んでいく。
凍りついた影を難なく粉々にし、後ろから湧き出てくる影たちも、冷気を纏った剣で切り裂いていく。
その合間を縫って、後方の魔道士たちが氷の呪文を撃つ。
全滅させるのに、大した時間を要しなかった。
最後の一体が砕け散ると、ダーハンはすぐに物見の兵を中央の入口へ送り込み、報告を受ける。
「報告します! 本殿には、影の姿はありません。一般人らしき者が一人いるのみであります!」
「よかろう。総員、本殿に突入せよ!」
先頭の騎士たちから順に本殿へ踏み込む。
(一般人が一人って……)
その正体を予想しつつ、悠真たちも後に続いた。
そして、
「おお……」
「悠真くん……」
二人が息を呑む。周りの騎士や魔道士たちも、魅入られたように、漆黒の大空間を見つめていた。
そこは広大な主神殿だった。壁と床が黒曜石か何かの黒い石材で覆われている。
地球で見たものと同じ作りである。
その奥には、高さ30センチほどのステージがあり、その上に見覚えのある立方体が置かれていた。
アヴァロン・キューブ。
青白い光を淡く放ちながら、低く唸るような音を響かせていた。
その光のおかげで、薄暗い周辺部も十分に見渡すことができる。
(よかった、動いてる……)
少なくとも、ウルムのキューブのように破壊されてはいないようだ。
だが、悠真の目はすぐに別のものに釘付けになった。
キューブのすぐ横に、一人の黒髪の男が立っている。
こちらに半身を向け、キューブに両手をかざしていた。
その横顔には見覚えがあった。
「あの人、黒木さんよね……」
遥も気がついたらしい。悠真に小声で囁いた。
「うん、たぶん……」
黒木修一。
悠真たちより先に、この世界へやって来た自衛官であり、ウルムのキューブを破壊し、プーカを追い出した人物である。
「悠真くん、あの人、目が……」
不安げに遥が声を上げる。
彼の目は、不気味なほど赤く光っていた。
それだけではない。薫から見せてもらった写真とは、あまりにも雰囲気が違う。
口元には無機質な笑みが浮かび、人間らしい感情がまるで感じられなかった。
黒木が、油の切れた機械仕掛けの人形のように、ぎこちなくこちらを向く。
そして、赤い瞳が悠真を捉えた。
遥が悠真の腕にしがみついてきた。
「よくゾここまで来タ」
「……っ」
声は確かに人間のものだった。だが、人工的な響きが強く、極めて不自然な口調だ。
まるで、人間の言葉を覚えた何かが、黒木の発声器官を操って喋っているようだった。
悠真の全身に寒気が走った。
黒木が、さらに口元を歪める。
「ちょうドいいとコろに来たな」
(もしかして、これって……)
プーカの言葉が悠真の脳裏に蘇った。
『生命エネルギーを吸い取って肉体を乗っ取り知識を吸収するの』
(そうか……)
この姿を目の当たりにして、ようやく彼女の言葉の意味が腑に落ちた。
(もう、この人は黒木さんじゃない……)
目の前にいるのは、人間の皮を被ったローカスなのだ。




