第39話 古城の戦い
やがて討伐隊は、カルウィン城の城門前にある広場で止まった。
全員が馬車や馬から降り、それぞれに隊列を整える。
「報告します!」
ほどなくして、城の様子を確認しに行っていた二人の物見の兵が戻ってきた。
おそらく、戦闘要員ではなく偵察専門の人員なのだろう。魔道士のローブなどではなく、一般の兵士らしい格好をしていた。
「敵の姿は、中央広場まで一切ありません! 見張りもおりません!」
「罠らしきものも確認できませんでした!」
「分かった」
デュキスがうなずく。
「では、城門を開けさせろ。その後も偵察連絡は密に頼む。王宮との定時連絡も忘れぬようにな」
「かしこまりました!」
二人の物見は踵を返し、城門へ駆け戻っていった。
ほどなくして、待機していた騎士たちが動き出す。
「開門!」
デュキスの号令とともに、巨大な城門が外側へ向かってゆっくりと開いていく。
「全軍、突入せよ!」
「おおっ!」
騎士と魔道士が一斉に城内へなだれ込んだ。
悠真たちも、アイラ王女を取り囲む近衛隊とともにその後へ続く。
巨大な城門を抜けると、左右の門塔に挟まれた石畳の通路に入った。
昨日、遥と二人でこっそり覗き込んだ場所である。
薄暗い通路を抜けると、一気に視界が開けた。
その先には広場があり、数十メートル向こうには見覚えのある石造りの建物がそびえている。
先頭の騎士たちが次々と広場へ出ていき、その後を後続の部隊が続く。
だが、
「……いない」
見える範囲には、ローカスは一体もいなかった。
昨日、二体のローカスが立っていた建物の入り口にもいない。
(どういうことだ……?)
国王の話では、この城には千体近いローカスがいるはずなのだ。
周囲が静かすぎて、討伐隊の足音や声だけがやけに大きく響いていた。
「中央広場まで前進!」
先頭部隊が再び動き出した。
隊列を保ったまま建物の脇を抜け、さらに城郭の奥へ進んでいく。
やがて、城壁や建物、塔に囲まれた広大な中央広場に出た。
千人近い討伐隊が入っても、まだ十分に余裕があるほどの広さだった。
その時だった。
『オオオオオォォォォォ』
「っ!」
突然、無数の思念が濁流のように脳裏へ流れ込んできた。
「敵兵だ!」
「出たぞ!」
城の建物や塔、回廊、そして広場へ続くいくつもの通路から、一斉に黒い影が姿を現した。
「こんなたくさん……」
遥が息を呑む。
何百体いるのか分からない。
黒い影たちは、まるで巣から一斉に這い出してきた蟻の大群のように、前方と左右から広場へ押し寄せてくる。ローカスの姿が見えないのは今悠真たちが入って来た背後だけである。
「全軍、戦闘態勢!」
すぐさまデュキスの号令が飛ぶ。
「魔道士隊、構え!」
数百人の魔道士が一斉に杖を掲げた。
「放て!」
次の瞬間、空気が白く染まった。
猛烈な冷気が、黒い群れへ向かって一斉に押し寄せる。
『グオオオォォォ!』
『ギャアアアァァッ!』
大量の思念が悲鳴となって頭の中に響き渡り、最前列にいたローカスたちが次々と凍りついていく。
「魔道騎士隊、突撃!」
「おおおおっ!」
魔道士たちの横をすり抜け、今度は騎士たちが一斉に駆け出した。
青白い冷気を纏った剣が、凍りついたローカスを次々と打ち砕いていく。
「すごい……」
悠真の隣で遥が呟く。
昨日、自分たちがあれほど苦戦した相手が、今は面白いように倒されている。
(これなら勝てるんじゃ……)
もしかして、このまま帰れるかもしれない。その期待に胸が躍る。
しかし、しばらくして――
「おかしい……」
デュキスが険しい表情を浮かべた。
「敵が減っていない」
「え?」
悠真が改めて広場を見渡した。
すでに数百体は倒したはずだが、影の密度が薄くなっているような箇所はなかった。
それどころか、次から次へと建物や通路の奥から新しい影が現れ続けている。
国王の話では千体しかいなかったのではないのか。
「そんな……」
「堪えろ! 陣形を乱すな!」
戦闘はこちらの優位に進んでいる。
だが、時間が経つにつれて、少しずつ状況が変わり始める。
魔道士たちの魔法が徐々に弱まり、騎士たちにも動きの鈍った者が増えてきた。
「ぐあああっ!」
一人の騎士が黒い剣に斬り倒された。
「治療を!」
近くにいた回復担当の魔道士が駆け寄ろうとする。
だが、その隙を別のローカスが見逃さなかった。
『シネ』
「ぎゃああ!」
黒い剣が魔道士に振り下ろされる。
すぐそばにいた騎士が割って入り、なんとか受け止めた。
しかし、そこへさらに二体のローカスが襲いかかってくる。
「くそっ、多すぎる!」
次第に、あちこちで陣形が崩れ始めた。
「団長!」
その時、前線から一人の騎士が駆けてきた。
「右翼が持ちません!」
「第4隊を回せ!」
「すでに投入しております!」
「……っ」
デュキスが歯を食いしばり、広場を見渡す。
黒い影は、まだ大量に残っている。
千体とまではいかなくても、少なくともそれに近い数は倒したはずだ。
「というよりも、増えてないですか?」
悠真の言葉に、デュキスが振り返った。
「殿下」
彼の瞳には悲壮な決意が浮かんでいた。
「ここは我らが食い止めます。先へお進みください」
「デュキス……」
「城の西側に、地下へ通じる裏道があります。副長のダーハンに第十隊をつけます。近衛隊とともにお連れください」
「でも、それではあなたたちは……」
「我らの役目は、殿下を神殿までお送りすることです」
デュキスは迷いのない声で答え、そのままアイラ王女を見つめた。
「このままでは、動くことも先に進むこともできませぬ。必ず追いつきます。どうか……」
アイラ王女は、しばらく何も言わずにデュキスを見つめていた。
何か言いたげに唇を開きかけたが、やがて小さくうなずく。
「……分かりました」
それを聞くと、デュキスはすぐに表情を引き締めた。
「ダーハン!」
「はっ!」
一人の騎士がやってきて、直立不動になった。
デュキスよりも若いが、修羅場をくぐってきたような、精悍な顔つきをしていた。
「お前は、第十隊を率い、近衛隊とともに地下神殿まで殿下をお送りするのだ!」
「承りました。我が命に代えましても!」
力強くうなずくと、隊列に戻り「第十隊は私について来い!」と声をかけた。
デュキスは、悠真と遥に向き直った。
「ユウマ殿、ハルカ殿。殿下を頼みます」
「は、はい!」
悠真はデュキスの決意に呑まれたように返事をした。
自らの命と引き換えにしてでも、ここで敵を食い止める覚悟なのは明らかだった。
「殿下、参りましょう!」
近衛隊の隊長に声をかけられて、王女がデュキスに顔を向けた。
二人の視線が重なる。
これが今生の別れになるかもしれない。
アイラの表情には、不安と愛しさが入り混じっていた。
デュキスもまた、そんな彼女をじっと見つめている。
それは、悠真がこれまで見たことのない、優しく穏やかな眼差しだった。
「アイラ……殿下、お気をつけて」
「もう……デュキスったら……」
こんなときにも敬称をつけるデュキスにむくれるふりをした後、アイラは静かに彼を見つめた。
「……あなたと、皆の武運を神に祈っています」
「必ずや敵を蹴散らし、追いつきますゆえ」
「ええ、待っているわ」
彼女は、最後に微笑みを投げかけて背を向ける。
その時、一瞬だけ横顔が見えた。
泣きそうな顔だった。
(いいんですか?)
そう聞こうとして、悠真はやめた。
いいわけがない。
デュキスは、来年結婚する相手なのだ。
それでも、アイラはここを離れなければならない。
彼女に万が一のことがあれば、この国が滅びるかもしれないからだ。
(これが王女としての覚悟なのか……)
悠真には、とても真似できそうになかった。
「参りましょう!」
アイラ王女が前を向く。
近衛隊百名と第十隊百名に囲まれ、アイラ王女と悠真たち一行は広場を離れて、来た道を戻る。
その背後では、激しい戦闘音がいつまでも鳴り響いていた。
アイラは、一度も振り返らなかった。
(つらいな……)
隣を見ると、遥が涙ぐんでいるのが分かった。
ついさっきまで、馬車の中で、あれほど二人を祝福していたのだ。
急いで移動しているため、彼女を抱きしめることはできない。悠真は、代わりに手を差し出した。
「遥」
「悠真くん……」
遥はすぐに、その手を握ってきた。
悠真も、少し強めに握り返す。
(何で、こんなことに……)
無言で先を急ぐアイラの背中を見ながら、悠真は何も声をかけられず、ただついていくことしかできなかった。
すみません。ちょっとリアルが忙しくなりまして、更新が遅れ気味ですが、ちびちび続けていくつもりです。次話はちょっと早めに更新できそうです。
どうぞ最後までお付き合いください!




