第38話 星渡りの伝承
翌朝。
王宮前の広大な広場には、大勢の騎士たちが集結していた。
悠真と遥は、王女アイラや侍女、その他の王宮の者たちとともに、騎士たちの前に設えられた壇上にいる。
「すごいたくさんの人ね……」
「うん……」
悠真もその迫力に圧倒されていた。
総勢千人。
人数だけなら高校の全校集会でも似たような数になる。しかし、ここに集まっているのはただの学生ではない。敵を倒すための兵士である。
しかも普通の騎士は一人もおらず、討伐隊は全て魔道剣士や魔道士で構成されている。
昨日、国王が言っていた、この国が保有するほぼ全ての魔道戦力なのだろう。
さらに部隊は、ローカスを殲滅する主力部隊と、アイラ王女を守りながら地下神殿を目指す親衛隊に分けられているらしい。
悠真と遥は、アイラを守りつつ地下神殿に向かうことになっている。
(本当に戦争だな……)
ゲームなら、大規模戦闘イベントといったところだろう。
だが、これはゲームではないのだ。
(人が死ぬんだ……)
地球ではもちろん、物騒なこの世界でも、人の命が奪われるところに居合わせたことはない
だが、昨日聞いた話では、すでに三百人もの騎士が命を落としている。
おそらく、今ここにいる全員が無事に戻って来れるわけではないだろう。
そして、もちろん自分と遥にもその危険がある。
それを意識すると、急に体が重く感じられた。
隣を見ると遥と目が合ったが、彼女も緊張しているらしく、どことなく表情が硬い。
「大丈夫?」
「うん」
そう答えたものの、その声も少し硬かった。
「僕の腕、掴んでていいよ」
悠真は彼女の手を取り、自分の腕を掴ませた。
「ありがとう」
彼女は腕に手を添え、寄り添ってきた。
「遥、無理しちゃだめだよ」
「そんなの、悠真くんもだよ」
「二人で、地球に帰ろう」
「……うん」
そんな二人の隣には、アイラ王女が立派な椅子に座っていた。
昨日の謁見では豪華なドレス姿だったが、今日は全く違い、動きやすそうな白い服の上から銀色の軽鎧を身につけ、腰には細身の剣まで差している。
もっとも、前線で戦うためというより、護身のための装備と思われる。
彼女の役目は敵と戦うことではなく、キューブまでたどり着き、それを破壊することなのだから。
「全軍、傾注!」
騎士団長デュキスが壇上の中央に立ち、腹の底まで響くような声を張り上げる。
それまでざわついていた騎士たちが一斉に静まり返った。
「これより我らはカルウィン城へ向かう! 敵はすでに多くの民を殺し、我らの仲間も葬った。このまま捨て置けば、やがて王都へ、そして我が国全土へ災厄が広がることとなろう!」
デュキスの声が広場いっぱいに響き渡る。
「だが恐れるな! 我らには奴らに抗う術がある! すでに通達した通り、敵は氷系の魔法に殊のほか弱い。先日の戦いにおいて、異世界より来訪された勇者ユウマ殿とハルカ殿が、大きな戦果を上げられたのだ!」
一斉に騎士たちの視線が二人に集まった。
「うわ……」
「ちょっと恥ずかしいね……」
二人して思わず身を縮め、ボソボソと呟く。
だが、そんな悠真たちをよそに、騎士たちから一斉に歓声が上がった。
「勇者殿に続け!」
「必ずや魔物どもを討ち滅ぼすぞ!」
「おおおおっ!」
地面まで震えるような声だった。
(本当に勇者って呼ばれてるよ……)
進路希望調査にやけくそ気味で書いた言葉が、今や本当になってしまった。
ゲームの中でも勇者と呼ばれていたが、やはり重みが違う。
今、目の前にいる人たちは、本気で悠真たちをこの国を救う勇者だと思っているのだ。
「しかし、諸君!」
再びデュキスの声が朗々と響き、騎士たちが静まる。
「このような年端もいかぬ異界の客人に、この国の未来を背負わせるわけにはいかぬ。我々の国と民は我々が守るのだ。勇者お二人には、アイラ王女殿下をお守りいただき、露払いと敵の殲滅は我々魔道騎士団が行う!」
「おおおおっ!」
今度は、先ほどよりもさらに大きな歓声が沸き上がった。
「では、出発する!」
やがて出発の号令がかかり、騎士団が動き始めた。
◇ ◇ ◇
カルウィン城までは、数時間ほどかかる。
途中で小休止になったところで、もろもろの報告をするためにデュキスが王女の馬車に乗り込んできた。
「昨日、ユウマ殿がお話しくださった内容は、すでに全部隊へ通達しております。炎の術は使わず、凍結系の魔道を中心に戦います」
王女への報告が済んだ後、デュキスが悠真に言った。
「はい。その方がいいと思います」
悠真が答えると、デュキスは深くうなずいた。
さすが騎士団長というべきなのか、今日はいつにも増して表情に隙がなく、すでに戦いへ意識を切り替えているように見える。
だが――。
「デュキス」
「は」
「くれぐれも無茶をしないでくださいね」
「殿下こそ。御身を第一にお考えください。前線などに出られては困りますぞ」
「それは分かっていますけれど……」
アイラ王女が少し困ったように眉を下げると、それを見たデュキスも一瞬だけ厳しい表情を崩した。
(あれ?)
悠真は、何となく二人の間に、ただの王女と騎士団長とは違う距離の近さを感じた。
(幼馴染とかかな……)
そう思って隣を見ると、遥も同じことに気がついたらしく、目が合うと少し口元を緩めた。
やがて小休止が終わり、デュキスが再び馬に戻ったところで、遥がおずおずと口を開いた。
「あの、アイラさん」
アイラには先ほど、「様は不要」と言われていたので、今は「さん」付けで呼んでいる。
「何でしょう?」
「もしかして、デュキスさんと……」
「あら」
遥が最後まで言う前に、アイラ王女が口元に手を当てて微笑んだ。
「分かってしまいました?」
「やっぱり」
「え? 何のこと?」
悠真が間の抜けた声を上げると、アイラが嬉しそうに微笑んだ。
「来年、私たちは結婚する予定なのです」
「え、そうなんですか! それはおめでとうございます」
「素敵です。おめでとうございます!」
「ふふ。ありがとうございます」
先ほどまで王女らしい凛とした表情をしていたのに、今は普通の女の子のように頬を染めている。
考えてみれば、年齢も自分たちとそう変わらないのだ。
(王女様も、こういう顔するんだな)
悠真は、なんとなく親近感を覚えた。
「デュキスは子供の頃から私の護衛を務めてくれていました。ずっと一緒だったのです」
「何だか、おとぎ話みたい」
遥の目が輝いている。
恋バナが好きなのかもしれない。
しかも、王女と騎士団長なんて、今の日本ではありえない組み合わせだ。
そういえば、薫が『遥は夢見がちな子でね』と言っていたのを思い出した。
「もっとも、騎士団長になってからは、ますます堅物になってしまって。人前では殿下、殿下と、そればかり……」
アイラはポツリと呟いた。
「アイラさんはデュキスさんのこと、大好きなんですね」
「えっ」
遥の直球に、今度はアイラが目を丸くした。
「そ、それは……その……そうなのですけれど……」
今度は耳まで赤くなる。
(遥って、こういう話になると強いよな……)
つい昨日まで、自分とのことで真っ赤になっていた人とは思えない。
そんなことを考えていると、今度はアイラが二人の顔を交互に見た。
「そういうお二人も、恋人同士なのでしょう?」
「え、あの」
「な、なんで……」
二人揃って固まる。
「あら、違いました?」
「ち、違わないですけど……」
遥が照れながら答えると、アイラが楽しそうに笑った。
「やっぱり。見ていれば分かりますよ」
「うう……」
今度は遥の方が真っ赤になり、その様子を見ていた悠真まで何となく恥ずかしくなってくる。
それでも、そのやり取りのおかげで少しだけ遥の肩から力が抜けたようだ。
これから命懸けの戦いに向かうところなのだ。こういう時間も悪くない。
(恥ずかしかったけど……)
やがて話は、カルウィン城のことに移った。
「キューブは、城のどこにあるんですか?」
悠真が尋ねる。
「地下です。城の最深部に古い神殿がありまして、その本殿に、我が国で『星渡りの聖櫃』と呼ばれている遺物が安置されています」
「地下神殿……」
悠真は地球側にあった海底神殿を思い出した。
「カルウィン城は、もともと聖櫃とその神殿を守るために築かれたとも言われています。そして、最初は王宮としても使用されていました」
「かなり古いですよね」
「そうですね。最初に建造されたのは、聖櫃がこの地にもたらされた時ですから」
いつの間にか、外は山間の風景に変わっていた。
「そういえば、我が国の長い歴史の中で、途中、一度だけ別の国に侵略された時期があるのです。言い伝えでは、侵略者たちは星渡りの聖櫃を破壊しようとしたそうです」
「キューブを壊すって、なんでまた……」
黒木といい、なぜそんなにキューブを壊したくなるのだろうかと、悠真は訝った。
「おそらく、聖櫃を恐れたのでしょうね。自分たちに使えない力ですから。それに、前王朝の象徴でもありましたし。ただ、どんな方法を使っても傷一つ付けることができなかったそうです」
「それは、そうでしょうね」
プーカなら「後進文明に壊せるわけないでしょ」ぐらいはいいそうである。
「そこで彼らは存在そのものをなかったことにして、カルウィン城を放棄し、新しい王宮を別の場所に築きました。それが現在の王宮です」
「へえ、そうだったんですね」
「それから長い年月が流れ、かつての王家の血を引く私たちの先祖が、再び王位を取り戻しました。ただ、その頃にはもう、星渡りの聖櫃について分からないことも多くなっていたそうです」
「なるほど」
「そういえば、アイラさんは、どうして先祖の人たちがこの世界に来たのか、ご存知ですか?」
遥の問いにアイラがうなずいた。
「はい。我が国で最も古い物語として伝えられていますわ」
アイラは少し記憶をたどるように目を伏せてから、静かに語り始めた。
「太古の昔、私たちの祖先がまだ別の世界――きっと、お二人の世界で暮らしていた頃のことです」
悠真と遥は、興味を惹かれて耳を傾ける。
「ある日、天空より神の使いが現れました。そして、人々にこう告げたそうです。『まもなく、この国は海の底へ沈む』と」
「おお……」
「そして、神の使いは天の扉を開き、この世界へ避難させました。人々は、移住が完了するまでは、扉を使って行き来することが許されていたそうです。ただ、最後の一人が到着した後、神の使いは、世界が滅ぶような天変地異の場合を除き、扉の使用を固く禁じ、自らも天に戻りました。その時、管理者の役割を授かったのが、現王家の創設者なのです」
「そういうことだったのか……」
悠真は、薫の言葉を思い出していた。
『どうしてかこの地が沈むのを悟った彼らは、神殿を建て、この異世界転送装置で脱出することを考えたのね』
その推測は、少し外れていた。
自ら危機を察して脱出したのではなく、神の使いによって助けられたのだ。
その神の使いが、プーカを作った種族だと考えれば、話は繋がる。
「悠真くん?」
「あ、いや……薫さんの言ってたことを思い出してたんだ」
「そっか」
アイラが二人に問いかけた。
「それで、お二人は、その後その国がどうなったかご存知ですか? 本当に海の底に沈んだのでしょうか」
悠真と遥が顔を見合わせた。
「はい。というより、今ではその存在すら単なる伝説で、本当にあるとは思われてなかったです」
「でも、私たちが使ったキューブは、海の底で見つかったんです。私たちはそこからこの世界に来ました」
遥が補足すると、アイラは驚いた顔を見せた。
「まあ……ということは、この言い伝えは、本当に起こったことだったのですね。本当に……」
アイラは、しばらく黙り込み、考え込むように目を伏せた。
「……あの、その出来事の後、キューブは使われなかったんですか?」
「はい。少なくとも、王家の記録では一度もありません」
アイラは、我に返りうなずいた。
「祖先たちは神の言葉を守ったのでしょう。ただ、そのために星渡りの聖櫃は、何のために存在するのかさえ、単なる言い伝えとなり、ただの遺物として扱われるようになりました。もちろん、王家に連なる者は管理者としての役割を受け継いできましたが、それもいつしか名のみの慣習となったのです」
(それで、ウルムのキューブも野ざらしだったんだな……)
地球側の海底神殿に比べて扱いが雑だと思っていたが、一万年以上も使わずに置かれているだけなら、そのうち本来の用途まで忘れ去られてしまうのも無理はない。
数千年前のピラミッドやストーンヘンジでさえ、分からないことがたくさんあるのだ。
それに、よく考えれば地球側の海底神殿は、単に風化する前に海に沈んだだけだとも言える。
「でも、それが今になって、再び動き始めたのです。そして、こんなことになってしまって……まさか私が、という思いもあります」
アイラの表情が曇る。
(複雑なんだろうな……)
祖先を救った神の遺物が、一万年以上経って再び動いたと思ったら、今度はこの世界を滅ぼしかねない魔物を呼び寄せている。
しかも、それを自分が破壊しなければならないのだ。
「見えました!」
その時、馬車の外から声が響いた。
「あれ、もう着いたんだ」
悠真は窓の外へ顔を向ける。
話に夢中になっている間に、いつのまにか一行は山道へ入っていたらしく、木々の向こう、遠く山の上に見覚えのある灰色の城壁と尖塔が見えていた。
「……また来ちゃったね」
「うん……」
遥が小さく呟いた。
昨日、死にかけたばかりである。
正直なところ、悠真も二度と来たいとは思わなかったし、何より遥を連れてきたくなかった。今もあの周辺ではローカスたちが増え続けているのだ。
だが、あそこには地球へ帰るためのキューブがある。
悠真は無意識に腰の剣へ手を添えながら、少しずつ近づいてくる古城をじっと見つめた。
(必ず、遥を連れて帰るんだ)




