第37話 決戦前夜
一方、悠真と遥は、ベッドルームが二つ備わっているスイートルームを当てがわれた後、そのリビングルームで一息ついていた。
部屋は相当に豪華であり、超高級ホテルのようであった。
しかも次の間には侍女も控えており、テーブルにある呼び鈴を鳴らせば呼び出せる。
今も、一通り部屋を探索して回った後、飲み物を出してもらったところだ。
「なんだか、とんでもないことになっちゃったね」
「うん……」
豪華なソファーに二人並んで、所在なく座りながら、今の一幕を振り返る。
遥はやや憔然としていた。
やはり、あの城に戻って、影と戦わなければならないということが辛いのだろう。
気丈に振る舞ってはいたが、元気がない。
「ごめんね、本当は僕一人で行って、安全になってから遥を呼べばいいと思ったんだけど」
「そんなこと」
悠真の言葉に、遥は首を横に振った。
「その場でキューブを壊すって言うし、しょうがないよ。それに、私だって、悠真くんのケガは治せるから」
「そうだね。でも無理しないで。遥のことは僕が守るから」
「ありがとう」
少し元気が出たのか、遥が微笑みを見せた。
「明日は大変だけど、何とかキューブにたどり着いて、お姉さんのところに一緒に帰ろう」
「うん」
「それにしても……」
悠真は、ソファーにもたれかかる。
「黒木さんがそんなことしてるなんて、変だよね」
「何か理由があるのかしら」
その時、前触れもなくプーカが現れた。
「はいはい、来てあげたわよ」
「プーカ!」
「良かった。待ってたのよ」
「全く、こんなところにいたのね。探したんだから」
やれやれと言いながら、二人の横のソファーに勢いよく腰を下ろした。
「エネルギーは大丈夫なの?」
「ここはメディカルユニットから近いし、ちょっとぐらいなら問題ないわ。それより、昼間はアンタたちも災難だったわね。とりあえず無事で何よりだわよ」
「悠真くんのおかげよ。すっごく強くてカッコよかったんだから」
「遥だって、魔法で助けてくれたじゃないか。おかげで死なずにすんだし」
そのセリフに、プーカの目が光った。
「あれ、『遥』? ふうん……」
「何だよ?」
「今日の昼まで『ちゃん』づけだったのにね」
「う、い、いいだろ」
「うん、そういうことになったのよ」
少し頬を染めながら、遥が満面の笑みで報告した。
「あら、そうなの。それはおめでとうって言っていいのかしら。悠真、あんたもやるときはやるのね。ちょっと見直したわ。ていうか、ねえ、ハルカ、本当にこんなんでいいの?」
プーカが悠真を指で指し示しながら、遥に問うた。
「もちろんじゃない。悠真くんはとっても優しいし、一緒にいて楽しいし、強くて頼りになるんだから。私は悠真くんでいいんじゃなくて悠真くんがいいの」
「こんなちんちくりんでも?」
「悠真くんは、ちんちくりんなんかじゃありません! もう!」
不満げに頬を膨らます遥。
「へえ。ベタ惚れじゃない」
「ちょ、ちょっと、プーカ」
悠真はプーカの直截な物言いに、焦って止めようとする。
「そうじゃない。ベタ惚れよベタ惚れ」
「……だって、好きなんだもん」
「は、遥……」
遥が頬を染めてうなずくのを、悠真は感動して見つめた。
まさか自分にベタ惚れだと遥が認めるとは。
「うはあ。恋は盲目、蓼食う虫も何とやらね」
プーカが呆れた声を上げる。
「『蓼』で悪かったな、ほっといてよ。てか、なんでそんな諺知ってんだよ」
「当たり前じゃない。まあ、遥がいいならそれでいいわ。アンタが人畜無害なのは事実だし」
プーカは肩をすくめた。
「ま、今はそんな笑い話よりも大切な話があるの」
「ちょっと! 今のどこに笑いの要素があるんだよ」
「まずは、昼間見た奴らの説明をしておくわ」
悠真の抗議をスルーして、急に、プーカが真顔になる。
これまで見たことのない真剣さに、悠真も顔を改めた。
「昼間の黒い奴らは、ローカスと呼ばれる生命体よ。半精神生命体の次元侵略者。生命エネルギーを吸い取って肉体を乗っ取り知識を吸収するの。しかも大量にやってきて、生命を喰らい尽くすから始末に負えないのよ。アンタたちの世界で言えば、吸血鬼とイナゴの大群を足したようなものね」
「うわあ……」
悠真がげんなりした声を上げる隣で、遥が尋ねた。
「生命エネルギーを吸い取られたら、どうなるの?」
「そりゃ、あんた、死ぬわよ。ただ、いきなり吸い取ることはできないわ。ケガとかで体が弱って、生命の鎖が緩んだところを狙うのよ」
「なるほど」
「昔からあたしたちの種族とも何度も戦ってるわ。そのたびに撃退してるけど、しつこいのよ。それに、1体見かけたら10体はいると思えっていうことわざもあるくらいだし」
「それって……」
悠真と遥は顔を見合わせる。
「そ。あんたたちで言えば、GよG。あいつらってまさに宇宙のG的存在なのよ」
「吸血鬼と、イナゴと、Gを足したものか……」
「それは嫌ね……」
たしかに、真っ黒でやや昆虫を思わせる風体も、それらしい。
むろん、地球のGと比べると、ローカスは害虫どころではないのだが。
「それで、あいつらがキューブで召喚されてるって本当なの? 黒木さんがやってるって聞いたけど」
「そうね。本来ならローカス生命体はこの世界には存在せず、ここにくる手段も持たなかったのよ。ただ、黒木自身がやってるってわけじゃないわ。詳しいことはキューブに接続しないと分からないけど、たぶん、黒木が間違えて、あいつらが支配する世界のどこかに飛んだんじゃないかしら。その時に、体を乗っ取られたままこっちに帰ってきたのね」
「帰ってくるって、向こうからこっちに転送させることもできるの? というか、遺伝子は?」
「キューブのある世界に行ったのよ。でないと戻って来れないでしょ。それと、遺伝子の選別は、ただの設定項目だし、管理者権限で何とでもなるのよ」
「へえ」
「多分、黒木は奴らに会った時に取り込まれて、操られてるんだと思う。ローカスたちにキューブは使えないからね。奴らは、黒木を操ってこの世界に来ようとしてるのよ。もうこの際だから言うけど、転送するのに、到着地にキューブは必要ないけど、到着地側のキューブは転送を拒否する権限があるの。だから、ナビゲーターのあたしが邪魔で追い出した。そして、もう一台のキューブを壊したのは、たぶんあたしをエネルギー切れで消滅させるためよ。ま、メディカルユニットを見落とすところが、後進文明の限界なんでしょうけど」
悠真は眉をひそめた。
そこまでして、この世界に来ようとする理由が分からない。
「何のために? アヴァロンを征服するため?」
「違うわよ。この世界の生命エネルギーを喰らい尽くすためよ」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
本当にこの世界が滅びるのだ。
「こうなった以上、何としてもあたしはキューブを取り返さなくちゃいけない。とにかく、大侵攻が始まる前に追い返さないと。今は、黒木の限られた知識を使って、稼働期間中に少人数ずつ転送してるんだろうけど、そのうち大規模転送のやり方とか、恒久回廊の作り方にも気付くかもしれない。そうなったら、この世界も終わりね。そう考えるとあんたたちを最適化させて正解だったわ」
「そういえば、王女様がキューブを壊せるとか、キューブを使って僕たちを送り返すことができるって聞いたけど、本当なの?」
悠真は先程の謁見で聞いた話や、明日戦いに行く話などをプーカに伝えた。
「……ああ、そういうこと」
プーカがうなずいた。
「それなら分かるわ。……現地管理者の血統がちゃんと残ってたのね」
「じゃあ、本当にできるの?」
「ええ、もちろん。こっち側の管理者権限が継承されてるなら、黒木の権限より優先されるもの」
「そっか、じゃあ、本当に僕たちも同行しないといけないんだね」
「ええ。国王がそう決めたなら、討伐が成功したその場でキューブは破壊されるだろうし。それはあたしでは止められないわ」
その言葉を聞いて、遥の表情が曇った。
「……ねえ、もしそうなったら、私たちが無事に地球に帰れても、もうこの世界には来れないのよね」
「地球のキューブを使って、来ることはできるわよ。ただ今度こそ帰れなくなるけどね」
プーカが肩をすくめた。
「……」
遥が俯く。
おそらく、シャーラや他の仲間に二度と会えなくなることが辛いのだろうと察せられた。
「えっと、プーカはどうするの? 一緒に地球に帰るんだよね」
「ええ。アンタたちが転送される時に一緒に帰るわ。こっちの状況を向こうのキューブに伝えなきゃいけないし。それまでは、神殿のメディカルユニットから色々やってるわ」
「そう」
「ま、今日の戦いでも分かったと思うけど、今のあんたたちは無双は無理でも、ローカスよりも強いんだから、無理しなきゃ大丈夫よ」
◇ ◇ ◇
プーカが消えて、豪勢な食事を済ませた後くつろいでいると、ノックの音がして扉が開いた。
入ってきたのはシャーラだった。
遥が侍女に頼んで連れてきてもらったのだ。
「遥! いきなり王宮に呼び出されて何事かと思ったよ。一体どうなってるんだい」
「突然、ごめんね。もしかして、今日でお別れになるかもしれないから」
「お別れ?」
そして、遥が説明する。
明日、国王の軍隊とともにキューブを奪還し、その足で帰らなければならないことである。
「そうか……、それは突然だね。てか、そんな危険な魔物と戦わなきゃなんないなんて」
「大丈夫よ。悠真くんが一緒だから」
「そうか。ユウマ、ハルカのこと、よろしく頼む」
「はい、命に代えても遥は僕が守ります」
悠真は胸を張って答えたが、シャーラが首を振った。
「それはダメだ」
「え」
「アンタが死んだらハルカが悲しむだろう。二人して生き延びるんだ」
真剣なシャーラの眼差しに、悠真は深くうなずいた。
「……そうですね。分かりました」
「あんたたちが勇者なんて知らなかったよ。ハルカ、宿の始末は任しときな。辛いけど、成功を祈ってるよ。どうか無事で」
「シャーラさん、今までありがとう」
「ああ。いいってことさ……もし、また戻ってこれたら、会いに来いよ」
「うん……絶対……」
遥が涙ぐみながら、シャーラの胸に飛び込んだ。
シャーラは、遥を抱きしめる。
「元気でな……」
「うん……シャーラさんも……」
◇ ◇ ◇
そして、月が天頂から少し沈んだ頃、悠真は自室のベッドに入り、物思いにふけっていた。
いよいよ明日は地球に帰れる。
だが、その前に千体の「黒い影」と戦わなくてはならない。
コンコン
寝室のドアがノックされた。
「はい」
遠慮がちにドアが開いて入ってきたのは遥だった。両手に枕を抱えている。
「遥、どうしたの?」
「あ、あのね。今日も一緒に寝ていい? 一人だと寂しくて」
「いいよ。僕も、目を離すのが不安だったから」
「あ、ありがと」
恥ずかしげに、しかし嬉しそうに悠真のベッドに潜り込んでくる。
「……」
何か言いたげにもじもじする彼女を見て気がついた。
「えっと、手をつなぐ?」
「うん」
悠真が手を握ると、遥が握り返してきた。
「ふふ」
安心したように、遥が笑みを零す。
「今日、悠真くん、かっこよかったよ」
「え」
「一人であんなにたくさんの魔物と戦って勝つんだもん。それに私を守ってくれてありがとう」
「遥だけは守ろうって必死だったから」
「うん、うれしかったよ。ありがとね」
一緒に寝ることに少し慣れたのか、今日の戦いで疲れたのか、目が冴えることなく、悠真もだんだんと体が温かくなっていく。
もし全てがうまくいけば、明日帰ることになるかもしれない。
帰った後のことを考えると、前の生活に戻るのがつまらなく感じた。
それにこんなふうに遥と一緒のベッドに寝ることもない。
それどころか、あまり一緒にいることもできないだろう。
もし、普通の高校生なら、付き合っているだけで幸せだったかもしれない。
だが、この生活を知ってしまった以上、地球での生活を堅苦しく思うだろう。
(ずっとここにいられたら良かったのに)
キューブが破壊される以上、いったん帰ったら二度とは戻れない。
それでも、遥を連れて戻らないといけない。
それに、自分も、両親に会えなくなったり、心配をかけることは不本意だ。
(自由に行き来できるといいのにな……)
そんな都合の良いことを考えながら、悠真は眠りに落ちた。




