第36話 取引
「そ、それは……」
隣で、遥がビクッと体を震わせた。顔を見ると、表情が強張っている。
あれほど怖い目に遭ったのだ。もう一度戦ってこいと言われても戸惑うのは当然だろう。
「いかがかな」
「で、でも……」
なぜ自分たちが命の危険を冒してまで協力しなければならないのか。
この国の兵士が討伐すればすむのではないか。
もうこれ以上遥を危険な目に遭わせたくない。
言いたいことがぐるぐると頭を駆け巡るが、国王相手に反論する言葉が出なかった。
だが、国王は悠真の気持ちを察したようだった。
「無論、本来ならば我が国の兵だけで対処すべきこと。異世界の勇者の力を借りるのは、自国の兵の不甲斐なさを示すだけだからな。だが正直言って、我らの騎士団は、剣技には誇るべきものがあるとはいえ、そなたたちほど魔道を使いこなせるわけではない。そして、あの影どもには剣は効かぬ」
国王はいったん言葉を切り、ためらうように続けた。
「……これは住民たちに不安を与えぬため、まだ伏せているのだが、実は、すでに数日前に討伐隊を出したのだよ。だが、ほぼ全滅したのだ。300人の騎士がほとんどなす術なく、な」
「……300人が……全滅……!?」
「そうだ」
「……」
そんな多数の人間が、ほんの数日前にあの場所で殺されていた。その衝撃が胸に刺さる。
ふと、遥が体を寄せてきた。見ると青い顔をしている。彼女も同じ気持ちだったのだろう。
「……そこで、明日は総勢1000人、今度は魔道騎士と魔道士たちを出そうと思うておる。これは我が国が保有する魔道戦力のほぼ全てじゃ。魔道を使えるものがそもそも少ないのでな。そして、これだけでは心許ない。影たちを討伐することはできない可能性がある」
「そ、それだけの数でもですか?」
「そうだ。そなたたちは奴らが何体いるか知っておるか? 概算だがおよそ一千。しかもその数は日に日に増えておる」
「そんなに……」
見張りがいたことから、群れで行動しているのは分かっていたが、千体は考えもしなかった。
(よく無事で済んだな、僕たち……)
無理して城内に忍び込んでいたら、とてもではないが生きて帰って来れなかっただろう。なにしろ、そのほんの一部に過ぎない数十体に追いかけられて、死にそうになったのだ。
「ゆえに、我らはそなたたちの助けが必要なのだ」
「そういうことでしたか……」
悠真は俯いた。
そんな危険な場所に遥を連れて行きたくはないし、悠真自身も戻りたくなかった。
戦力として当てにされているならなおさらだ。
確かに、マキシナのメディカルチートでレベルが上がったが、それでも、あの苦戦である。
それに、もし討伐隊が影を退治できれば、その後で戻れば、戦わなくても済むではないか。
そんな逡巡を見抜いたのか、国王が身を乗り出して言葉を続けた。
「ためらうのも理解できるが、ユウマよ。この話はそなたたちにとっても、帰郷する唯一の機会なのではないかな」
「えっ」
「考えてもみろ、仮に、そなたたちが同行せず、討伐隊が全滅した場合、どうするつもりだ? 後日、二人だけで城に戻り、多数の影を相手にするつもりか? いくら勇者の力をもってしても、無謀だろう。だが、我らと同行すれば、遺物に到達できる可能性が上がる」
「……」
悠真は唇を噛んだ。
確かにそれは的を射た意見である。討伐隊が失敗した場合、かなりの数の影が残っていることになるだろう。その残党を二人だけで突破し、首尾よくキューブにたどり着けるとは思えない。
しかし、だからといって、遥を二度もそんな危険な目に遭わせたくなかった。
「……お話は分かりました。それでは、僕一人が同行するのでもいいですか? 遥を危険な目に遭わせたくないのです。カタがついてから、遥を呼び出せればありがたいのですが」
「悠真くん……」
「いいんだ」
遥がギュッと悠真の腕をつかんだ。悠真はその手に自分の手を重ねた。
だが、国王が首を横に振った。
「ふむ、仲間を守ろうとするそなたの心がけは立派ではあるが、残念ながら、そうはいかんのだ」
「え、どうしてですか?」
「実は、今回の戦いは黒い影を殲滅すること以外にもう一つあるのだよ。わしたちが星渡りの聖櫃と呼ぶ遺物、……いや、そなたたちは……何といったかな、そうキューブだ。我らの真の目的は、そなたたちがキューブと呼ぶあの古代遺物を破壊することなのだ」
「キュ、キューブを壊す? な、なんで……そんな……」
「これはあくまで推測なのだが、あの黒い魔物は別の世界からキューブの力で召喚されておるのだよ。おそらく、そなたたちの世界から来た、もう一人の管理者による仕業でな」
「え……」
悠真は言葉を失った。
黒木が、キューブを使ってあの黒い影を召喚していた。
荒唐無稽な話だが、そう考えれば腑に落ちる点がいくつもあった。
悠真自身が黒い影をゲームで見たことがないこと。
遥が言ったように、奴らは魔物というより、宇宙人と表現した方が近いこと。
それに、黒木がウルムのキューブを壊したことも、何か関係があるのかもしれない。
(だけど、何のために……)
この世界を征服でもしたいのだろうか。
そして、それが事実だとするともう一つ困ったことがある。
プーカがキューブから追い出された以上、二人が地球に帰るためには、黒木の許可が必要だ。
しかし、黒木がその有様で、大人しく返してくれるとは思えない。
「ユウマよ、これで分かってもらえたかな」
「……」
自分の思いから引き戻され、悠真は顔を上げる。
「あの黒い影どもはこの世界に属する生物ではない。そして、この地の多くの人間が犠牲になっている。太古の昔、あの遺物は我らの先祖を滅亡の淵から救ってくれた。だが、こうなった以上災いを呼ぶ代物となってしまったのだ。このままでは、この国は、いや、この世界全てが奴らに滅ぼされてしまう。それに、たとえ今回、奴らを殲滅できたとしても、遺物がある限りまたいつやって来るか分からぬ。ゆえに、破壊するしかないのだ。そもそもあれは我らには身に余る代物。この世界と人民の命を天秤にかけてまで保存する理由もない」
「それは……そうかもしれませんが……」
「だが、もし一緒に戦ってくれれば、敵を殲滅してキューブを破壊する前に、そなたたちを元の世界に戻してやれる。我らにはあの遺物を使う力が与えられているからな」
「え」
さきほどプーカに聞いた話を思い出す。
「この国の王は代々、あの遺物の管理者でもあるのだよ。というより、管理者だったから王になったと言われている。ウルムにあったもう一つの遺物が破壊されたのは知っているな?」
「は、はい」
「あれは、そなたたちの世界の遺物管理者による所業だが、ワシも管理者の末裔なのだよ。詳しいことは失伝したが、禍いが起こった場合に備えて、遺物を滅ぼす聖なる言の葉は伝授されておるのだ。とはいえ、わしはもう老いぼれだ。出張ったところで討伐隊の邪魔になる。そこで、明日は次代の管理者、つまり王女が同道する」
「おふたりとも、どうぞよろしくお願いいたしますね」
王女が二人に微笑みかけた。
「は、はあ。どうも……」
二人が曖昧に頭を下げる。
「王女の言葉も、当代管理者のワシと同じように効果を持つ。そしてまた、管理者である以上、あの遺物を動かしてそなたたちを転送してやることもできる」
「おお」
国王と王女が管理者であれば、キューブ自爆の方法を知っているのは間違いない。
同時に、管理者としてキューブを作動させることができるなら、黒木がどういう状態だろうと、関係なくなる。
たどり着くことさえできれば、帰れるのだ。
「分かるか、そなたたちが同行しようとするまいと、我らは明日討伐隊を出し、うまく奴らを殲滅できれば、その場で遺物を破壊する。逆に、もし討伐隊が全滅するようなことになれば、我らも困ったことになるし、そなたたちも二人でそこまで到達するのも難儀だろう。それならば、我らと手を結び共に戦った方が得策ではないかな。それに、同道しろと言ったが、最前線で戦う必要はない。影どもを打ち倒すのは魔道騎士団がやる。そなたたちは、王女を護衛することに専心し、騎士たちが危機に陥った時にだけ戦ってくれれば良い。そうすれば、遺物を破壊する前に、王女がそなたたちを元の世界に返してやる」
これが決め手だった。遥が最前線に立たずに済むなら、むしろ王の言う通り、二人にとっても渡りに船である。
悠真は遥の顔を見た。
彼女は決意を込めてうなずいた。もう、地球に帰るにはこれしかないのだ。
「……分かりました。僕たちも一緒に行きます」
「おお、そうか。そなたたちがきてくれればありがたい」
国王が安堵したように、顔を綻ばせた。
「よろしい、それではそなたたちには部屋を用意させるゆえ、明日に備えて英気を養ってくれ」
◇ ◇ ◇
「やはり異世界からの訪問者だったな」
悠真と遥が下がった後、国王は執務室に宰相ランドウを呼び寄せた。
「御意。彼らの言葉では『地球』と呼ぶ世界だそうで。……元の世界に帰りたがっているようでしたな」
「ああ。だが、帰してやりたいとは思うが、あの遺物を捨て置くわけにはいかぬからな。首尾よくやつらを殲滅できればよし、さもなくば、彼らの帰還より破壊を優先しろと討伐隊に伝えよ」
「かしこまりました。その際は、あの若者たちはどうなさいます?」
「勇者として迎え入れ、この地にとどまってくれれば問題ない。が、それをよしとせぬ場合は、やむを得ぬ……」
国王はその先を続けるのを躊躇するように言葉を切った。
宰相が顔色を変えた。
「も、もしや、陛下……」
「致し方あるまい。下手に放浪などされて、他国に利用されることになれば、それこそ一大事だからな」
「されど……それは、あまりにも……」
「分かっておる。ワシとて、できることならそのような決断はしたくない。なぜワシが、という気持ちもないではないしな」
それがつまらない冗談かのように、国王は苦い顔のまま、口角を上げた。
「だが他に方法はないだろう」
「は。それは、確かに……」
「まあよい。言うても詮無きことだ。それがあれの管理者であり国王たるワシの務めじゃ。そなたもそのつもりでおれ」
「ははっ。御意のままに」




