初めてのつながり
右手を前に出した状態で動かなくなった友梨奈。
その手はまるで見えない誰かの手を握っているかのようだ。
多分これがエアー握手してるって噂されてたやつなのだろう。
あの日麻由の隣に突然あの紅い瞳の少女が現れた時も手を繋いだ状態だった。
この友梨奈の動きに何か関係あるのかもしれない。
紅い瞳になっているか、とか、薄暗くてよく見えないので、そばまで行って
もっとよく観察したいが、ここで下手に見つかるのは気まずすぎる。
友梨奈とはせっかく友達の距離から関係を始められたのだから、まずは信頼を
築いていかないと。
小さなため息を静かに吐いて、公園を後にする麻由。
暗黒の闇から意識が急速に戻って、視界に公園のベンチとその背後の樹木が入って来た。
友梨奈は、腕を前に出して握手しているような状態で立っている自分の体を認識する。
目を二度、三度まばたきして、ぼやけた目の焦点を取り戻した。
反射的に頬を手の甲で何度か拭ったが涙は出ていなかった。
碧に中瀬麻由を送るように言われた時から嫌な予感はしていた。
小学生の頃からお使いや用事を頼まれる時は、大抵その行きか帰りで空間の割れ目
のようなものに遭遇し、人の手がそこから出現していた。
昔はただただ怖くて、手が視えても逃げ帰っていた。
小四で地縛霊が視えると口走ってクラスから浮いて以来、変なものなんて視えない
自分になりたかったからだ。
それが小六の時、あかねの姉・りこにこの力の意味を教えられ、嫌々ながら人を助ける
ことも出てきた。
それでも人目があったり、嫌な感じが強かった時は今でも逃げている。
昔から碧は何も説明しないので、今回麻由を送る時に手が出現したのは、あえて
そうなるように誘導したのか、ただの偶然なのかよくわからなかった。
ただ何となく今回は使うことが正解のような気がしたし、実際、使ってよかったと
思える事故ではあった。
能力を使うと後で体に出る疲労感は大きいが、そんな時は少し心が軽いせいか、
疲れも心地良かったりする。
その日の夜。
麻由は久しぶりに6歳の時のあの日の夢を見た。
「ごめんなさい……」
耳元で聞こえた涙声。
今まで見た時と違って、麻由の右手を握った状態で隣に出現した紅い瞳の少女は、
現在の友梨奈の姿だった。
友梨奈の紅い瞳は涙で溢れている。
「わたし、みんなは助けられない。ごめんなさい……」
握ってくれている友梨奈の右手の上に自分の左手を重ねる麻由。
「謝らないで。あなたはたくさんの人を助けてくれたし、わたしもあなたのおかげで
今ここにいられるんだから。ありがとう」
眠っている麻由の口元には笑みが浮かび、閉じた眼からは涙が一筋つつーっと流れた。
次の日の朝
「おはよ、梨奈」
友梨奈以外誰もいない静かな教室で、いつもの晴れやかな笑顔を向けて隣の席に
座る麻由。
梨奈と呼ばれるのは家では慣れているはずだが、学校でそれに返事するのが
これだけ緊張するとは思わなかった。
「お、おはよ、麻由」
麻由とは違い無表情かつ引き攣った顔での挨拶。
それでも麻由は本当に嬉しそうに頷いている。
何とか最初の友達イベントはクリアできたみたいだ。
「本当は梨奈と一緒にお昼食べたいんだけどな……」
ぼそっと呟く麻由。
はっきり言わないのはそれが実現不可能だと本人も理解しているからだろう。
昼休み麻由の席の周りには何人も人が集まって来ているので、その中に友梨奈が
混ざるのは相当難易度が高いからだ。
「そうだ! まずはメッセージアプリで繋がんなきゃ。梨奈スマホ持ってるよね?」
「うん……。でもそれって使ってないから良くわからない」
友梨奈は、スマホを持てるようになった時、友達がいなかったからメッセージアプリ
も使うことがなかった。
碧とはそういうものを使わなくても何となく遠隔交流できていたし。
そんなことを言うとまた『普通』から遠ざかってしまうので、この場では黙っておく。
「本当は教室で使っちゃダメだけど、まだ始業前で誰もいないからいっか」
麻由はカバンからスマホを取り出し、友梨奈の方に右手を差し出す。
「梨奈の貸して」
慌てて友梨奈もスマホをカバンから出して、それを麻由の右手の上に置いた。
「梨奈、アプリ入ってないじゃん。ダウンロードするけど通信量は大丈夫?」
小さく頷く友梨奈。普段外ではほとんど使っていないため、今月分はまだたっぷり
容量が残ってたはずだ。
「じゃあ、アカウント名は一旦『梨奈』にしとくね。わたしは『麻由』でそのまま
だから」
友梨奈のスマホを操作しながら、メッセージアプリの使い方を教える麻由。
「ここにテキスト入れて送信ボタン押せばわたしに届くから。一回やってみて」
麻由から自分のスマホを受け取り、テキストを打とうとする友梨奈。
しかし普段人とやり取りをしたことがないため、文面が出て来ずフリーズしている。
見かねて麻由が手を動かす。
ブブッと友梨奈のスマホが震えて文字が表示される。
『おはよ 梨奈』
たどたどしく文字を打つ友梨奈。
『おはよ 麻由』
『そうそう』
『そんな考えこまずに普通に話すみたいにすればいいから』
「ね?」
声に出して友梨奈に笑顔を向ける麻由。
『うん、そうしてみる』
メッセージで答えた友梨奈は『普通』に向けて大きな一歩を踏み出せた気がした。
単にメッセージアプリで簡単なやり取りをしただけなのだけれども。
一日を終えて自宅に戻った友梨奈。
ダイニングキッチンに入り、料理中の碧の背中に話しかける。
「ねぇ、碧さん。スマホ使ってたよね?」
無反応な碧。
一瞬怪訝な表情を浮かべた後ハッとする友梨奈。
「ただいま」
「おかえりなさい。あと手洗いとうがいもね」
口を尖らせながら、ダイニングキッチンを出て洗面所に向かう友梨奈。
戻って来た友梨奈に背中を向けながら答える碧。
「メッセンジアプリなら使ってるわよ。そこに置いといたから梨奈のにID登録
しておいて」
そんな説明は全くしてないと思うが、碧にいちいち突っ込んでもまともな説明は
してくれないのでスルーする。
テーブルの上のスマホの画面を見ると、メッセージアプリには沢山のアカウントが
登録されていた。
「なんか、たくさん……」
思わず声が出る友梨奈。
「それぐらい普通でしょ。梨奈もこれからすぐにいっぱいになるわよ」
新しいコミュニケーション手段に浮かれていた気持ちが少し盛り下がってしまった。
年配者の碧でもこれだけ多くの人と繋がってるのか……。
碧のIDを登録した後、無言で自分の部屋に行く友梨奈。
ベッドの上に横たわってスマホの画面を眺めている。
あかねのアカウントを追加しようかと思ったが、今以上に能力系の案件を
持ち込まれると困るのでやめておこう。
何よりあの小学生はたくさん繋がっていそうで、その画面は見たくない。
そうやって友梨奈が避けていても、あの疫病神は天災のように前触れなくやってくる。
「梨奈ねーちゃん、大変、もう時間がないの!!」




