もう時間がない
「梨奈ねーちゃん、大変、もう時間がないの」
あかねの『時間がない』発言は今後定番になっていくのだが、この時の友梨奈にはまだ
知る由はなかった。
友達になってからはほぼ一緒に帰っていたが、不幸なことに今日は麻由に用事があって
一緒ではない。
麻由がいたら、あかねの出方も変わっていたかもしれない。
「子どもとお母さんが川で流されちゃってるの!」
細かく足踏みして心の焦りを表現しているあかね。
「……どうしよ、先に流された子供はもう声が聞こえないし、姿も見えないんだよ」
「だから! 時間ない系は警察とか救急車とか呼びなさい、って前から言ってるじゃん」
「わたしだって、イメージがバラバラに視えたり、声が聞こえたりするだけで、いつも
はっきり場所とか状況が分かるわけじゃないもん!」
「このままだと親子とも流されて死んじゃうよ!」
「もう!!」
あかねに連れて来られたのは学校から歩いて10分ぐらいの大きな川の河川敷。
二人とも走って来たので、五分とかかっていない。
土手の上で呼吸を整えている二人。
下には、その川にかかる橋のコンクリートの大きな橋脚が見える。
この肌がピリピリする嫌な感じ。
事故現場はここではない。
橋脚のそばにある空間の割れ目、その先だ。
そういえばりこは昔、こういう場所を〝エンカウントポイント〟と呼んでいた。
今回あかねは迷わずここに友梨奈を連れて来た。
市内の位置をある程度把握しているのかもしれない。
まずは、とにかくそこまで行って腕のビジョンを見つけなければ。
助けを求める腕が出現するのはその空間だけだ。
土手を駆け下りて橋脚のほうに向かって走る、あかねと友梨奈。
青白い女性の腕らしきイメージが空間に出現しているのが視界に入って来た。
「あぁ、やっぱりお母さんの手しか見えない……」
あかねがそのビジョンを視て暗い声で呟いた。
コンクリート製の橋脚の周りは砂利が敷き詰められた広い空き地になっている。
その橋脚のそばの歪んだ空間から突き出た腕のイメージに、引き寄せられるように
歩を進めていく友梨奈。
「お主もそのあたりに何か感じるのか?」
突然橋脚の陰から年配の男の声。
腕のイメージに精神を集中していた友梨奈は、聞き慣れない声でいきなり現実に
引き戻されて、しばらく何が起きたか把握できなかった。
恐る恐る声の方に視線を送ると、袈裟装束で笠をかぶった僧侶のような年配の男が
橋脚の脇に立っていた。
そのそばには野犬が一匹、慣れた感じでちょこんと座っている。
野犬と表現したのは毛が汚れていて、首輪もしてなかったからだ。
「おい、娘!」
「興味本位でそれ以上近づくなよ。この世に未練を残した悪霊に呪われるぞ」
(……つーか、あなたが人を呪いそうな感じなんだけど。時代劇でも無いのにこんな格好
してる人が現実にいるのね)
「悪霊? そりゃ空間から青白い腕がニョッキリ突き出てるから、犬神家の腕版みたいで、見た目はちょっと気持ち悪いけど、そんな悪い感じは全然……」
「腕、だと?」
友梨奈の発言にちょっと食い気味に反応する僧侶風の男。
怪訝な表情で友梨奈が見ている方向を凝視している。
(こんなの相手にしてたら間に合わなくなっちゃう。あかねはますます焦って、なんか
わちゃわちゃと変な動きしてるし)
普段のあかねなら、もっと早くこの男の存在に気づいていたはずだ。
時間がない系でテンパっていたせいだろう。
見ず知らずの、しかもかなり変な人の前で能力は使いたくないが、腕の様子からはもう
タイムリミットで選択肢はなかった。
「おい、娘、聞こえないのか? 視えるだけの中途半端な霊力で悪霊に近づくな!」
「おじいちゃん、あれ悪霊なんかじゃないよ。川で流されたお母さんが助けを求めてる
手なの」
あかねが真面目に説明しているが、この人にそんな話が理解できるとは思えない。
さっきの反応から見ると、そもそも腕のビジョンが視えていないからだ。
霊感はあるようなので、恐らく空間の歪みをなんとなく感じていて、この辺りに何か
悪い霊的な現象がある、とでもざっくり判断しているのだろう。
この世に未練を残した悪霊、とは、流されて助けを求めている女性が可哀想だ。
でも、もしこのままその親子が死んじゃったら、死んだことを認められずに悪霊って
いうか地縛霊みたいのになってしまうかもしれない。
絶対そうならないようにしないと。
無意識に友梨奈の右手が小刻みに震えている。
能力を使う前はいつもこうだ。
その手を取ったら、その人の命を託されるようで、気が重いから、かもしれない。
『普通』のJCなら、日常でそんな責任を託されることなんてない。
まだなんか老人が騒いでるのが聞こえるが、友梨奈は無視して自分の手を空間から
突き出た腕に向かって伸ばす。
「あかね、後は任せたわよ」
その手の指先に友梨奈の右手の指が触れ、一瞬の躊躇の後、覚悟を決めてその手を
思い切りぎゅっと握った。
次の瞬間、友梨奈の身体がガクガクと震えて目の焦点が合わなくなる。
「愚かな。素人が無茶なことを。魂を持って行かれたな」




