第七十四話 反撃するよ!!
リラの睡眠魔法により、館内の人々はすべて眠りについた。
これで動き回れるのは俺たちだけ──のはずだった。
──その認識が甘かった。
広大なモール内を探索しつつ、仲間を探すことにした。
一階を見回り終え、次は二階へ向かう。
フロアのあちこちには、眠りに落ちた人々が倒れている。
中には倒れた拍子に頭を打ったのか、怪我をしている人もいた。
リラはすぐに駆け寄り、回復魔法で一人ひとり丁寧に治していく。
シュシュとアンジュは、手をぶらぶらさせながら歩いていた。
「なーんかさー、なんも起きないよねー。これホントに魔王の攻撃かなー?」
「ホントホント。私の女神キックと女神パンチに恐れをなしたって感じ?」
「それはない」
俺も二人と会話をしつつ、念入りに周囲を調べていく。
けが人がいればリラかアンジュを呼び、手分けして治療した。
スポーツ用品店を見つけたので、念のため金属バットを一本拝借することにした。
とはいえ、どうせ壊す未来しか見えないので、レジにはなけなしの万札と商品番号、それに事情を書いた紙を置いておいた。
本当はゴルフクラブの方がしっくりきそうな気もしたが、手ごろな値段の物がなく、結果、安価な金属バットに落ち着いた形だ。
ちなみにインドア派の俺は、野球もゴルフも全然やったことがない。
二階を一周し終え、残るは三階だけ……と思ったところで、止まったエスカレーターをゆっくり降りてくる影があった。
普通の買い物客じゃない。
男。
全身黒ずくめの装束に、不気味な仮面。
手には、鋭く光る太刀。
──魔王の配下!
「来たわね!」
アンジュが前に出て、不敵に笑う。
「ようやく本物が出てきたってわけ? 待ってたのよ、こっちは!」
黒装束の男は無言で刃を構える。
その瞬間、俺の背筋にゾワッと悪寒が走った。
見覚えのある構えと太刀の角度。
そして、あの背丈、立ち姿。
「アンジュ待って! それ九頭竜さんかも!」
叫んだ瞬間、男が地を蹴った。
間合いを信じられない速度で詰めてくる。
咄嗟に「芋太郎ハイサワー」の箱を──いや、ロッカーに入れたままだった!
今の俺が持っているのは金属バット一本だけ!
刃が迫る。
だが、その直前、シュシュの黒い紐のような魔力が男の足に絡みつく。
「させるかー!」
男の動きが一瞬止まった。
その隙に、リラが防御結界を展開。
俺たちを守るように、光の壁が立ち上がる。
「ありがとう!」
俺は金属バットで太刀を払う。
だが、男の握力は異常で、太刀はビクともしない。
逆に俺のバットが手からすっぽ抜け、派手に飛んでいった。
そして、よろめいた男の仮面が外れ──
九頭竜さん!
目だけは爛々としているが、口元はだらしなく下がり、呼吸は機械のように均一だ。
──だけど。
ほんの一瞬だけ、指先がかすかに震えた。
心の奥底で、意識が抵抗しているのがわかる──かすかな“残り香”のように。
「九頭竜さん! 俺です、山川です!」
叫んでも、それ以上の反応はない。
──完全に操られてる……。
「シュシュ! 解呪はできませんか?」
「無理! そんなの時間かかるし、今は拘束した方が早い!」
──なるほど。
俺は周囲を見回し、すぐそばにあった消火器を掴んだ。
これで何とか……いや、やるしかない。
「シン、無理しないで!」
リラが心配そうに叫ぶ。
だが、ここで退くわけにはいかない。
俺は消火器を構え、九頭竜さんに向き直る。
彼はシュシュの拘束を力ずくで引きちぎり、再び動き出した。
その姿は、アナウスと戦ったときの構えそのもの。
──記憶がなくても、体が覚えている……か。
九頭竜さんがそうなら、俺だって──。
俺は一度息を深く吸い込み、意識を研ぎ澄ませる。
視界がざわつき、感覚が少しずつ冴えていくのがわかる。
──そうか。覚醒してるんだ、俺も。
「シンの戦い方を、見せてやる!」
俺の言葉に応じるように、九頭竜さんが再び突進してくる。
さっきより速い。
だが──見える。
軌道が、読める。
迫る刃を、俺は消火器で受け止め、そのまま全力で押し返した。
ガキィンッ!
金属の衝突音と共に、九頭竜さんの体が後ろへよろめく。
「今だ、シュシュ!」
「まっかせなさい!」
シュシュの黒い紐のような魔力が、今度は九頭竜さんの全身を包み込むように絡みついた。
完全にがんじがらめになり、九頭竜さんはもがくこともできず、その場に倒れ込んだ。
「やった!」
リラがぱっと顔を明るくし、歓声を上げた。
俺は安堵の息を吐き、消火器を下ろす。
「……まだよ」
アンジュの低い声。
その声に、緊張が走る。
「え?」
振り返った俺の目に飛び込んできたのは──階段の上から現れる、二つの黒い影。
──マジかよ……。
見た瞬間わかった。
どう見てもキリとガースだ。
「大丈夫! 私たちがフォローする! あのバカ、目が覚めたら百回ケツキック確定だからね!」
シュシュが強気に吠える。
「シン、守ります!」
リラも覚悟を固めた目をしていた。
そして──アンジュが前に出る。
「さて、こいつらの不始末は、私たちがつけなきゃね」
その瞬間、アンジュの体から淡い光が溢れ出す。
空気の色までが少し変わったように感じる。
圧倒的な神聖力の発露。
肌でわかるほどの“格”の違い。
──そうだった。こいつは女神なんだ。
しかも、よりにもよって俺たち勇者パーティの女神だったんだよな……残念だけど。
「さあ! みんな、反撃するわよ!!」
アンジュの号令とともに、俺たちは二人の刺客──いや、操られた仲間たちへと立ち向かった。




