第七十三話 神慮
案の定、入口付近には人形のように固まった人たちが大勢いた。
通路の奥には「インフォメーション・総合案内所」の看板に、楕円形のカウンターが見える。 広い通路ではあるが、そこまで誰とも接触せずに行くのはムリだ。
ちなみに、反対側の正面入り口から外を見る。
そこは、晴れた空の下、ぎっちり車で埋まった駐車場が見える。 見えるが……入り口を出たところに、外と隔てるようにうっすらと油膜のような壁があるのが見えた。
──あれがアンジュが言っていた、結界……か?
外では、中の状況も知らないまま人々が笑って、開店を待っているように見えた。 結界により状況まで書き換わってしまってるのだろう。
こんな状況になった今でも、自分がこちら側にいることに違和感を感じていた。
外を眺め考えを巡らしていると、後ろからアンジュの喝が聞こえてきた。
「あのねーみんな! 勘違いしちゃだめだよ!! 第一目標は私の『芋太郎ハイサワー』をロッカーに入れることだからね! 案内所に行くのはその次! ミッションの重要性を理解してね!」
腕を組み、仁王立ちで俺たちを睨むアンジュ。
──重要性を理解してないのはアンジュ、あなたです。
「ではとりあえず、防御障壁を展開して、通り道を確保しますか?」
諦めたようにため息をついて呟くリラ。そんな彼女にシュシュが提案する。
「それって、相当魔力食う奴じゃん? だったら私がバインドで拘束していこうか?」
「え、お願いできる?」
「まっかせなさい! この高位魔術師のシュシュ様にかかれば、ちょちょいのちょいだよ!」
シュシュが手を前に掲げ小さく呟くと、そこから黒い紐のような魔力が伸びていった。
その紐は、前方にいるお客たちを絡めとって縛り上げていく。
縛られた方はジタバタもがくが、黒い紐はがっちり固定され完全に無力化していた。
「どんなもんだい!」
シュシュが胸を張り、俺たちは「おー」と感嘆の拍手を送った。
その足でロッカースペースに向かい、シュシュが中にいた傀儡たちを拘束。
無事、『芋太郎ハイサワー』を大きめのロッカーに入れることに成功した。
もちろん、施錠の際の百円は、ため息交じりの俺持ちだ。
アンジュにカギを渡すと、彼女は胸をなでおろし「これで一安心ね」とほほ笑んだ。
全く安心できる状況ではないのだが……。
「じゃ、案内所に向かいましょう!」
その後は、地道に前方の傀儡を排除しながらの進行となった。
俺たちの通った道には、黒い紐に縛られジタバタともがく人々が累々と横たわる異様な光景が続いていく。
中には子供もいて心が痛むが、むやみに怪我を負わせるよりずっといい。
憎むべきは、この事態を引き起こした魔王の配下たちだ。
きっとみんな、休日のショッピングを楽しむためやってきた人たち。
そんな想いを踏みにじる奴らに対して、ムクムクと怒りが湧き出るのを感じた。
存外、俺の体は、勇者であった頃の気持ちを覚えているのかもしれない。
案内所には都合よく誰一人いなかった。
前のカウンターの奥、パーテーションで仕切られた場所には、いくつかのアンプとマイクが置かれた机があったが、もちろん椅子に座っている者はいなかった。
「だれもいませんね」
「いないねー」
「さっきの拘束魔法をマイクを通して言うのはどうですか?」
「言ってどーすんの。見えてなきゃ拘束なんて無理だよ」
シュシュが答え、慌てて「いくら高位魔術師でもさ!」と付け足した。
──気にしてる……。
「案内所はほかにも三か所あるからそこに行ってみますか?」
アンジュの提案に、シュシュが揶揄う。
「さすが! マニュアル読み込んでるね! 要石改め、聖女ゲジゲジポポス!」
じゃれあう二人を見つめ、俺は思い出して聞いてみた。
「そのゲジゲジポポスって結局、何なんですか?」
「あーそれね」と、シュシュが説明しようとしたところで、「ちょっと待って!」と説明を止め、あたりを見回す。
今度のアンジュは、カウンター席に座って大人しくパンフレットを見ていたので、俺は安心して話を促した。
「ゲジゲジポポスは虫ぐらいちっさくて、活字が大好きな魔獣なんだ。奴らは活字の書かれた本や書類に紛れ込んで、活字を食べちゃう。その代わり、自分の擬態で活字を埋めるの。そんで、間違ってそれを読んじゃうと『百夜眠症』って呪いにかかって百日間眠り続けんのよ」
「なんだ、魔獣なんですね」
「シン! 気軽に言わないでください! 大量発生すると大変なんですからね!」 リラが怒ったように言う。
「以前なんて、一日に百人以上治療したんですから!」
──百人はきついな。
「でも眠るだけでしょ?」
「まあそう言う意味では、狂って暴れまわるわけじゃないからねー」 シュシュが笑いながら言う。 「リラと同じで、名前のわりに、ふわふわしてて結構かわいいんだけどねー。病は重いってね!」
「病って何ですか!」と怒るリラがシュシュをポカポカ叩く。
美女二人の戯れは見ていて心安らぐのだが、何かが引っかかった。
──眠る……無害……!
「その、『百夜眠症』と同じように人を眠らすことってできませんか?」
俺の突然の言葉にきょとんとする二人。
「そりゃー、睡眠魔法は初歩の初歩ですからできますけど……!?」
俺の意図に気づいたようにパンと手を叩くリラ。
「さすがです! シン! それを館内放送で?」
「できますか?」
「もちろん! シンの神慮を無駄にはしませんよ!」
──神慮って、彼女のシンに対する想い「シンフィルター」が凄い。
リラはマイクの前に座り、朗々と術を唱えだした。
すると、さっきまで立って固まっていた人も、黒い紐に拘束されジタバタもがいていた人も、目を閉じ深い眠りに就いて行った。
「よし! 大成功です! あとはこんなことした奴を探しだしぶんなぐってやるだけだ!」
「はい! シン!」
嬉しそうにほほ笑むリラ。
めっちゃ可愛いんだが……
シンフィルターの影響がすごいぃぃぃぃぃ。




