第七十話 空へ
「戦ってるって……そんなバカな!」
──何がどうなってるの?
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
目の前にいるのは、行方不明だと言われていた『過剰脅威対策室』初代室長、鏡太洋さん。
私とソニアが異世界から来て間もない頃、右も左も分からなかった私たちを最初に助けてくれた恩人。
あの時、鏡さんがいなければ──私たちは、本当にただの浮浪者になっていたかもしれない。
……女神と勇者の浮浪者。
うん、笑えない。
そんな彼が「仲間たちが襲われている」と言う。
「そうなんですね」と納得できるわけがない。
混乱する私を置いて、ソニアが運転しながら陽気に話し出した。
「でも助かったよねー! 鏡さんが『ルーリが拉致される!』って飛び込んできたとき、私マジで寿命縮んだもん。慌てて出てきて大正解! ギリセーフ!」
ね! と鏡さんに言い、二人して「よかった、間に合って」と頷き合う。
「ていうか、急いできた割には、配信ヘルメットかぶってるじゃん」
私が突っ込むと、ソニアは得意げに胸を張る。
「これはさー、最近、なにかと色々あるから、撮り逃さないよう、寝る時も枕元に置いてるの! 今日なんて気づいたらもうかぶってたんだよ。習慣って怖いねー」
「いや……毎日かぶってるの?」
ソニア、静かに固まる。
「え、そうだけど?」
……怖いよ。
話を逸らそうと、私は強引に質問する。
「ところでソニア。『スーパーはやかわ丸』に泥棒が入ったの、いつ知ったの?」
「えっ!? 泥棒入ったの!?」
……もう泣きたい。
「あれは泥棒じゃないよ。君を追い詰めるための罠だ」
鏡さんが淡々と告げる。
「さっきの人たち! あの人たちが何者か知ってるんですか?」
鏡さんは頷き、押し殺した苦渋の声で答えた。
「運転していたのが『求道家連盟』の人間。君の隣にいたのは『神明国教会連盟』の関係者。そして……裏で糸を引いていたのは──私の古巣『過剰脅威対策室』だ」
胸に何か冷たいものが落ちてくる。
──九頭竜さんや和泉さんのところが、私を?
私が守ろうとしていた相手が、理由はどうあれ私を拉致しようとしていた。
「じゃあ……魔王の仕業じゃなかったんだ」
私がこぼすと、鏡さんは悲しげに目を伏せた。
「鏡さんが行方不明になったのも、関係あるんですか?」
聞いていいのか分からなかった。
でも、聞かずにいられなかった。
鏡さんは視線をそらし、小さく呟く。
「それは……
また時間のあるときに話させてほしい」
鏡さんの姉が現・室長。
今回の指示が本当なら──鏡さんのお姉さんが、私の拉致を命じたことになる。
いったい私は、何と戦っていて、何を守ろうとしてるんだろう。
──ホント、頭がぐちゃぐちゃ!
そんな私の混乱なんておかまいなしに、車は進んでいく。
「あ、ソニアさんそこ左。川沿いに行って、潰れたボーリング場の駐車場へ!」
「鏡さん、急に言わないで! 焦るってば!」
「ソニアさん! 曲がるときはウインカー出す!!」
「うるさいなー! 私のリズムで走らせてよ!」
やっぱ、我流だった。
くだらない口喧嘩。
でもそのおかげで、ほんの少しだけ胸が軽くなる。
そうだ。
今は──みんなのところへ行かなきゃ!!
▽▽▽
少し走ると、古びた巨大なボーリングピンが見えてきた。
「そこ斜めに折れて駐車場へ。ウインカーは出さなくていいから」
「そう言われると出したくなるよねー!」
ソニアはわざとらしくウインカーを連打しつつ堤防を降りる。
目の前には、廃墟と化したボーリング場。
その前に広がる雑草だらけの駐車場の中央に、見覚えのある"アレ"がデン! と鎮座していた。
「ヘリコプター!?」
しかも、私たちに銃口を向けてきた、あのヘリだ。
「鏡さん!! あなたまで!!」
ソニアが叫ぶと、鏡さんは「大丈夫」となだめて降車。
私たちも追いかける。
すると、ヘリの影から──後藤が現れた。
「……裏切り確定。ルーリ、車に戻って!」
ソニアが言った瞬間、後藤が慌てて走ってきて、勢いよく頭を下げる。
「この間はすみませんでしたーー!!」
駐車場に響く謝罪。
ソニアはズイッと詰め寄る。
「何が“すいません”なのか言いなさい。謝るだけじゃ先生わかりませんよ!」
……いや、誰キャラ?
「まあまあ、話は聞いたけど。彼を許してやってくれない?」
横から口を挟む鏡さんに、ソニアは噛みつくように言った。
「こいつ、裏切り者ですよ!?」
私も加わる。
「鏡さん。先のことはともかく、今回の黒幕も『過剰脅威対策室』だって言ってましたよね。彼、そこのバリバリ職員ですよ?」
私は後藤のつむじを指さして言う。鏡さんは困ったように、元から老け顔の皺をさらにくしゃっとさせた。
「彼もさ、建前上、大ぴらに君らの味方ができなくてさ……誤解があったみたいだけど、大丈夫。僕が保証するよ」
鏡さんが言う横で、後藤はさらに深く頭を下げた。
「言い訳ですが……あの日はちょっとお話するつもりだったんです。でも、なんですか! あのリラさんとシュシュさん!! いきなり攻撃してくる!? プチ魔王ですか!!」
「あなたが銃向けたからでしょ!」
私はヘリを指さす。後藤は「むにゃむにゃ……」と口ごもる。
やられる前にやる。
売られた喧嘩は買う前に潰す。
──それが伝説の勇者パーティ。
そんな私たちを見て、鏡さんがパンと手を叩いた。
「お互い言いたいことはあるだろうけど、今は急ごう。こいつに乗っていく!」
──え! これで行くの!?
驚く私の横で、ソニアが一言。
「運転、私?」
……我流はダメです。




