第六十九話 我流
押し込められた車の内装は、私が知っている刑事さんのイメージとはかけ離れたものだった。
実用性重視の無骨な車ではなく、いかにも成金趣味な革張りのシートに、窓の縁には不釣り合いなレースのカーテン。
──絶対、この人たちは刑事さんじゃない!
そう思うと、無性に腹が立ってきた。
以前見たテレビドラマのせいで、私は「刑事」という職業に、密かな憧れを抱いていたのだ。
まさか、その憧れの職業が、こんな下品で胡散臭い奴らのはずがない。
私が憧れた刑事さんというのは、もっとこう、無骨で、誠実で、正義のために戦う人のはずだ。
時には社会の闇に苦悩しながらも、決して魂は売らない……そんな渋い人なのだ!
「どうやら君は、『刑事』という職業を、少し勘違いされているようだね」
爬虫類のような顔の男が、私の心を見透かしたように言った。
「し、思考を読んだんですか!?」
「いや、今、全部ブツブツと声に出ていたよ」
──やっちゃった!
ソニアにも、時々注意されるんだよね……。思っていることを、すぐ声に出しちゃうこの癖。
「フフ……刑事なんてのはね、お嬢さん。社会の汚い部分を覗き込んで、自分も汚れていくのが仕事なのですよ。正義なんてのは、建前でしかない」
ヒ、ヒ、と男は喉を引きつらせるように笑う。
私は苛立ちを隠しもせず、言い放った。
「で、質問とやらは何ですか? こちらは急いでいるので、手短にお願いします」
ほう、と爬虫類顔の男は面白そうに目を見開いた。
「本当に、日本語がお上手だ」
心底、感心しているようだ。
「二度、同じことを言わせないでください。早く、要件を話しなさい」
男は再び「ヒ、ヒ、ヒ」と気味悪く笑い、こちらを探るように見ている。
その間に、最初に声をかけてきた男が運転席に座り、車はゆっくりと走り始めた。
やがて、爬虫類顔の男が口を開いた。
「なーに、そう急かさないでください。あなたに伺いたいことは山ほどありますので、少々お時間が必要です。その間は、我々の施設で暮らしていただきます」
「……牢屋にでも入れるつもりですか」
「牢屋だなんて、とんでもない。もっと快適な場所ですよ。とはいえ、少々、行動は拘束させていただきますがね。何しろ相手は『勇者』様ですから、いつ逃げられてしまうか分かりませんし」
──『勇者』!? 今、こいつは、私のことを『勇者』と呼んだ。
『勇者』という呼称を知っている奴らといえば……!
私がそう考えた、まさにその瞬間だった。
ドンッ!!
車体が大きく揺れ、急ブレーキがかかる。
窓の外に目をやると、巨大な黒い4WDが、行く手を塞ぐようにして停車していた。
「何事です!?」
爬虫類顔の男が、運転席の仲間に声をかけようと腰を浮かせた。
その隙を私は見逃さなかった。
全速力で、男の脇腹にショルダータックルを叩き込む!
「ぐへぇっ!」
奇妙な悲鳴を上げた男もろとも、私は勢いのままに車のドアを突き破り、アスファルトの上へと転がり落ちた。
間髪入れず立ち上がり、駆け出そうとしたところで、鋭い声が掛かった。
「ルーリさん!」
振り返ると、あの黒い4WDから飛び出してきた男性が、私をまっすぐに見つめている。
その顔には見覚えがあった。
「……鏡さん?」
そうだ。
その男性は、私とソニアがこの世界に来て、初めて出会った仲間と呼べる人。
『過剰脅威対策室』の初代室長、鏡太洋さんだ。
「さあ、早くこちらへ!」
彼が後部座席のドアを開けて手を差し出す。
私は転がるようにその車に乗り込んだ。
運転席には、なぜか配信用のカメラ付きのヘルメットを被ったソニアが座っている。
その時、私と一緒に車から転がり落ちた爬虫類顔の男が、体勢を立て直してこちらのドアノブに手をかけようとした。
すかさず、鏡さんが男に拳銃を向け、発砲する!
乾いた銃声が響き、男は腕を押さえて後ろへよろめいた。
「今のうちに!」
鏡さんが叫ぶと、ソニアが「了解です!」と威勢よく答え、アクセルに足をかける。
そして、こちらを振り向き、ぺこりと頭を下げた。
「あの、我流なんで、うまく運転できなかったらゴメンなさい!」
──車の運転で我流ってなんだ?
「じゃあ、行きまーす!」
歓声を上げ、彼女はアクセルを思いっきり踏み込んだ。
途端に、車が急発進し──盛大にバックし始めた。
「ちょっ! ソニアさん! 前! 前に進んで!」
「わ、分かってますよー!」
彼女は頬をぷっくりと膨らませる。
ようやく前進を始めた車の中で、私は鏡さんに向き直り、口を開こうとした。
だが、それより先に彼が話し始めた。
「……とにかく、間に合ってよかった」
「間に合ってって……一体、どういうことですか?」
「詳しい話は、後でゆっくり。今は急いで『ノア・クロモール』へ向かいましょう」
「『ノア・クロモール』!? それって、シン様たちが買い物に行っている……」
「はい。たった今、そこで魔王軍の配下との戦闘が始まった、との連絡が入りました」
彼の言葉に、私は息を呑んだ。
──みんなが、戦ってる?




