第六十八話 ルーリのいつもと違う朝
いつもより少し早起きして自転車にまたがり、私はバイト先の『スーパーはやかわ丸』へ向かっていた。
本当は遅番が多いのだけれど、今日は珍しく早番に替えてもらった。
理由は──今夜、みんなで歓迎パーティをするから。
誰を歓迎するのかは正直よく分かっていない。トラッグリアから来た、シン様の元仲間たちなのか。それとも魔王の配下を倒して、一人前の勇者パーティとして認められた私たちなのか。
……まあ、どっちでもいい。
一週間ぶりにみんなに会える。それだけで、ペダルを漕ぐ足に自然と力が入った。
大通りから脇道に入ると、見慣れた赤い看板が見えてくる。
私のバイト先──『スーパーはやかわ丸』だ。
ただ、今日の店は様子がおかしかった。
店の前には人だかり。さらに、白黒のツートンカラーの車……警察車両が何台も並んでいる。
「えっ……?」
自転車を降り、人ごみをかき分けて前へ進む。
店長が警官と深刻そうに話し込んでいる姿が目に入った。
「店長!」
思わず駆け寄ると、店長はこちらに気づいて話を中断し、慌てて寄ってきた。
「ああ、ルーリちゃん! ごめんごめん。昨夜、店に泥棒が入っちゃってさ。今日は急だけど臨時休業だよ」
「泥棒!? 誰かケガは……」
「それは大丈夫。真夜中だったからね。でも事務所がめちゃくちゃに荒らされて、電気系統まで壊されちゃって……冷凍庫の商品は全滅だよ」
店長は困り果てたように頭をかく。
「そんな……! それなら、なおさら私も手伝います!」
「いいのいいの。復旧したら連絡するから、それまではお休みで。あ、ソニアちゃんにも会ったら伝えておいて!」
そう言い残し、店長は再び警官たちの元へ戻っていった。
私はその場に立ち尽くし、どうしたものかと空ばかり見ていた。
ここにいても邪魔になるだけだ。
自転車を押して帰ろうとした──その時だった。
「君、ここのバイトの子かな?」
低い声に振り向く。
見知らぬ中年の男が立っていた。
一瞬、背筋を冷たいものが走る。
だが男は胸ポケットから警察手帳のようなものを取り出して見せ、私はようやく合点がいく。
刑事さん、か……。
テレビドラマで見たことあるタイプ。……というか、あまりにも“そっくり”で逆に気になる。
「私はこの事件を担当する者だ。少し話を聞かせてもらえるかね?」
どこか、内側を覗き込むような視線で、妙に気味が悪い。
でも、仕事柄こんなものだろうと自分に言い聞かせ、笑顔を作った。
「私、アルバイトなので詳しいことは……」
「話の価値は我々が判断する。君は質問に答えればいい」
……うわ、出た、こういうタイプ。
前の世界で貴族に散々こういう態度を取られた記憶が蘇る。
でも、人目のある場所で揉めるのも面倒だ。
深呼吸して、私は彼を観察する。
シン様と同じくらいの年。
パリッとスーツを着こなしているけれど……なんというか、香水が強すぎる。
──シン様とは、全然違うタイプの男だ。
「……分かりました。では、ご質問は?」
「ここでは目がある。署まで同行してもらおうか」
「いえ、ここでお願いします。お話できることなんて数分で終わりますから」
明確に拒否すると、男の目に苛立ちが走った。
次の瞬間──彼は無言で私の腕をつかもうとしてくる。
……勇者なめるな。
私は半歩引いてその手をかわすと、逆に男の手首を掴み返し、きゅっと絞り上げる。
「……っ、!」
顔をしかめる中年男。
私は低い声で問い返した。
「あなた、本当に刑事さんですか?」
その瞬間。
「動かないほうがいい」
背筋を、冷たい棒状の何かが押し当ててきた。
振り返らなくてもわかる。銃……?。
もう一人の男が、いつの間にか背後に回っていた。
「勇者といえど、至近距離で撃たれれば終わりですよ」
耳元で囁く声は、妙に湿っていて、呼吸がねっとりまとわりつく。
胸がざわついた。怒りとも、嫌悪ともつかない感情。
「大丈夫。傷つけるつもりはない。ただ、少しの間だけ、我々と来てもらう」
背中を押されるまま、黒いセダンへと歩かされる。
周囲の人たちは、異様な空気を察したのか、誰も目を合わせようとしない。
私は、ぐっと歯を食いしばった。
──ここで抵抗すれば、周りの人まで巻き込んでしまう。
でも、ただ従うつもりもない。
「さあ、乗ってください」
「……私の、自転車は?」
「ああ、それ? 忘れなさい」
にやりと笑った男の目は、どこか爬虫類めいて冷たかった。
こいつ!
──私の愛車に何かあったら、絶対に許さない。




