表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/257

第六十四話 欲しかったのにー


 ブティックの中に逃げ込むと、そこにいた二人の女性店員が、無感情な瞳でじっとこちらを見つめていた。


 次の瞬間──

 一人が近くのマネキンを台座ごと引っこ抜き、入り口へ向かって全力で投げつけてきた。


「危ない!」


 俺はとっさにリラの前へ飛び出し、マネキンを体で受け止める。


 ズンッ!


 想像以上の重さ。腕に鈍い痛みが走り、痺れた。


 その隙に、もう一人の店員がディスプレイ用の鉄パイプを手に、バットのように振りかぶる。

 それがリラへ横薙ぎに迫った──が。


 リラは、ひらりと舞うようにバックステップで回避し、振り抜かれたパイプを軽々と奪い取る。

 続けざまに二人の肩を正確に叩き落とした。


 店員たちは膝から崩れ落ちる。リラは額へそっと触れ、短く呪文を唱えた。


 すると二人は、そのまま糸が切れたように眠り込んだ。


 ──さすが戦い慣れている。

 後方支援専門の聖女だと思っていたが、完全に勘違いだった。

 魔王と戦った勇者パーティのメンバーは伊達じゃない。


「……これは、少々厄介ですね」


 振り返ると、店の入り口にすでに数人の男女がなだれ込み、虚ろな目でこちらへ手を伸ばしている。


 リラは右手を前に突き出し、再び呟いた。


 次の瞬間、手のひらから突風が巻き起こり、迫りくる人々を紙くずのように吹き飛ばした。


「シュシュの見よう見まねですが……うまくいったようです」


 そう言って、彼女は俺に手を差し伸べる。


「さ、今のうちに!」


 風がこじ開けた道へと、俺たちは一気に駆け出した。


 まるでヒーローに手を引かれて逃げるヒロインの構図だが──今のヒロイン役は俺だ。

 中年オヤジのヒロイン……絵面が相当ヤバい。


 ──仕方ないだろ!

 修羅場の経験なんて、忘年会で若い奴らの喧嘩を止めたくらいしかないんだから。


 脳内にふっと妄想が浮かぶ。


「僕が守る!」

 ……いや、守られる側だったわ俺。


 自分で自分に即ツッコミを入れ、ぶんぶんと首を振って追い払う。


 そのまま店内を縦横無尽に逃げ回り、

 “関係者以外立ち入り禁止”の札をくぐってバックヤードへ滑り込み、

 通路の奥の小さな休憩室に身を潜めた。


「これ、どうぞ」


 ドアの脇にあった自販機で、俺は急いでペットボトルを二本買ってきた。

 それは、以前ルーリと飲んだホットのミルクティーとは違う、冷たいアイスバージョンだった。


「ありがとうございます」


 椅子に腰掛けたリラは、ホッとしたようにそれを受け取ると、こくり、と喉を鳴らした。


「……おいしいです」

 そう呟くと、彼女は俺を見てふわりと微笑む。


 その不意打ちの笑顔に、心臓が一拍遅れて跳ねた。

 慌てて向かいの椅子を引き、自分も座る。


 ……落ち着いて、ようやく起きたことを振り返る。


 一体、何が起きているのか。まだ見当もつかない。


 リラの説明によれば──このモール内の人間は、俺たちを除いて全員が『傀儡の術』とやらにかかっているらしい。

 ただ、仕組みの話は難しすぎて半分も理解できなかった。


 それでも、逃げ回る中で俺にも分かったことがある。


 一つ。このモールにいる全員が敵になっている。


 若いカップルも、ベビーカーの母親も、警備員も店員も。

 子供から老人まで例外なく、俺たちを見つけると無言で襲いかかってくる。


 素手で殴りかかってくる者もいれば、食品売り場の菓子パンを全力で投げつけてくる奴までいた。


 中でも一番ヤバかったのは、レストラン街の調理服の集団だ。

 包丁や熱々のフライパンを手に、感情の死んだ目で追ってくる姿は、B級ホラー映画そのもの。


 そしてもう一つ。

 奴らは“距離”に反応して襲いかかってくる。


 その距離は、だいたい半径三メートル。


 逆に言えば、三メートル以上離れていれば安全だが、一度でもその範囲に入ってしまうと、どこまでも執拗に追いかけてくるのだ。


「……まいったな」


俺が呟くと、リラも同じように深く息を吐いた。


「ええ……本当に、まいりました」


 その弱音に、思わず俺は眉を上げた。

 逃げている最中、彼女の動きは一切ブレなかった。

 常に冷静で、判断は正確無比。

 “勇者パーティの要・聖女リラ”という肩書きそのままの頼もしさだったのに。


 なのに、今漏れたのは意外なほど素直な弱音だった。


「……あれ、可愛かったのに」


 ぽつりと落ちた言葉が、脈絡なさすぎて一瞬固まる。


「え? 可愛い? 何のことです?」


「あのマネキンが着ていたワンピースです」


 リラはぎゅっと拳を握りしめ、悔しそうに俺を見る。


「とても素敵な浅葱色で、一目で気に入ったんです。

なのに……あの店員さん、よりによってあのマネキンを投げてくるんですもの。

破れてしまったじゃないですか!」


 ──いや、怒るポイントそこ!?


 常に冷静沈着な聖女様だが、そこまで冷静なのも、逆にどうなんだろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ