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第六十三話 予感めいたもの


  案の定、開店直後の喧騒に満ちた店内に足を踏み入れても、アンジュたちの姿はどこにも見当たらなかった。


 今日のアンジュはジーンズに薄手の大きめセーターというカジュアルな装い。

 シュシュもチェック柄のパンツにアイボリーのカーディガンを羽織り、今どきの女性らしい雰囲気だ。


 とはいえ、元々のルックスが規格外に派手な二人だ。

 何を着ていようと人混みの中ですぐに見つかる……はずなのに、影も形もない。


 一方、俺の後ろでは、九頭竜さんを先頭に、巨漢のガースと細身のキリが並んで歩いている。

 彼らは店内の商品を手に取っては、


「なんだこれは!? こんなものは見たことがないぞ!」


 と同じセリフを繰り返す、ほぼオウムと化していた。


 その異世界組に、和泉さんとサキコちゃんが「それはですね……」と微笑ましげに解説して回っている。

 この五人組も周囲から浮きまくっており、見失う心配はなさそうだ。


 俺はキョロキョロとあたりを見回しながら、完全に“おのぼりさんの団体旅行を引率する添乗員”の気分だった。


 ちなみに、俺の袖をちょこんとつまみ、半歩後ろにぴったりついてくるお姉様風コーデのリラも、確実に視線を集めている。

 構図はまるで良家の子女が連れる雑種犬。もちろん雑種犬は俺だ。


「リラさん……」


 そこまで言いかけた瞬間、リラがすっと目を細め、呪文の詠唱を始めそうな気配を見せたので、俺は慌てて呼び直した。


「──リラ!」


「はい、シン」


 にっこりと満足げに微笑む。


「あのさ、シュシュから何か連絡は来てない?」


「いいえ、特に何も」


「悪いけど、今どこにいるか聞いてもらえる?」


「えー、いいじゃないですか。自由行動で。アンジュもたまには羽を伸ばしたいでしょうし」


 あのダメ女神を野放しにするのを“羽を伸ばす”とか言わないでくれ!

 それにアンジュは常に自由行動だ!


 もちろん、心の叫びは届かない。


「あっ! あそこのお店、素敵なものが並んでいますよ! シン、行ってみましょう!」


 すっかりウィンドウショッピングを満喫する気満々のリラに袖を引かれ、俺はよろよろと引きずられていく。


 この『ノア・クロモール』には三百以上のテナントがある。一度はぐれれば再会は至難の業だ。


 ふと気になって後ろを振り返ると、さっきまでいたはずの愉快な五人組の姿が、きれいさっぱり消えていた。


「ちょっと! ガースたちまで、どこかへ行っちゃいましたよ!」


「大丈夫ですよ。みんな子供ではありません。さ、シン、早くあの店へ行きましょう!」


 リラは本当に楽しそうで、今にもスキップしそうな勢いだ。


 こんな絶世の美人と二人で歩くことなんて……いや、見栄を張った。

 そもそも女性と二人きりで歩くこと自体が、俺の人生にはなかったのだ。


 そんな俺は、まるで操り人形。されるがままに彼女の後をついて行く。


 そんな俺たちに周囲の視線が、針のように突き刺さってくるのは言うまでもない。


「……ねえ、あのカップル。なんか、ちぐはぐじゃない?」

「えー、まさかカップルじゃないでしょ。あの綺麗な人、何か弱みでも握られてるんじゃない?」

「ありえない組み合わせ……まるで美女と……虫?」


 ──おい、そこの女子高生!

 せめて“野獣”で手を打ってくれ!!



 と、ふいに俺の袖を引いていたリラが、ぴたりと歩みを止めた。

 まるで遠くの声に耳を澄ませるかのように、虚空の一点を見つめている。


 ──シュシュからの念話か!


「……ええ。……なに? 今どこにいるですって? ……ふん、そちらには合流しないよう気をつけますから、ご心配なく」


「いやいや、『すぐ行くから待ってて』でしょ!」


 ツッコむと、リラは「ちっ」と小さく舌打ちした。


 ──舌打ちやめて! 聖女様!!


「……うん。……うん? ……えっ、なんですって?」


 急に声のトーンが変わった。どうやらただ事ではない。


「少し待ってくださいね」


 こちらを振り返ったリラの顔から、先ほどのはしゃぎっぷりは完全に消えていた。


「シン。周りの人たち、何かおかしくありませんか?」


 ──おかしいと言えば、俺たちが一番おかしいけど。


「いや、特に気にはならないけど……」


 そう言いながら周囲を振り返り──絶句した。


 さっきまで思い思いに歩き、談笑していたはずの買い物客たちが、全員ぴたりと動きを止め、マネキンのように直立不動でこちらを見ている。


 さっき悪口を言っていた女子高生たちも、スマホをいじるのをやめ、無表情で俺たちを凝視していた。


「これは……『傀儡の術』の類ですね。この場の全ての人間が精神を乗っ取られた……そんな感じです」


 リラが冷静に分析するが、意味は半分も分からない。


「つまり私たちは今、何者かに操られた人々の群れの、ど真ん中にいるということです」


 ──なるほど。分からんけど、めちゃくちゃヤバいのだけは理解した。


 まさにその瞬間、正面に立っていた女子高生が、持っていたブランドバッグを鈍い動きで頭上に掲げ、そのまま俺へ振り下ろしてきた。


 俺は間一髪で身をかがめて避ける。


「な、何するんですか!」


 だが彼女は感情のない瞳で、二撃目のためにバッグを振り上げた。


「無駄です! 彼らに自我はありません!」


 リラが素早く懐に入り、首筋に手刀を当てると、女子高生は糸が切れたように崩れ落ちた。


「自我がないって、どういう……!」


「説明はあとです! 逃げますよ!」


 リラは俺の手をつかみ、近くのブティックへ駆け込む。

すると──


 同時に、静止していた人々がギギギとぎこちない動作でこちらを向き直り、全員の視線が俺たちへ集中した。


 その瞳は、間違いなく俺たちだけを標的として捉えていた。


 ──一体、何がどうなってるんだ!!



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