第六十話 これから
その後、俺たちは後藤たちに背を向けるようにして、そそくさと現場を離れ、駐車場に止めてあったレンタカーまで戻った。
もちろん、リラ、キリ、シュシュ、ガースも一緒だ。
正直、このまま黙って帰っていいものか迷った。
だが、リラたちが日本政府相手に盛大な喧嘩を売ってしまった後では、もう後戻りはできない。
ルーリが半ばヤケクソ気味に「さ、帰りましょう!」と皆を促し、俺たちは来た道を引き返すことになったのだ。
その道すがら、早速アンジュとリラが火花を散らし始めた。
「それにしても、あなたたち、よくこの世界に来られたわね」
アンジュが、感心したような、それでいて探るような目でリラたちを見て言った。
そんなアンジュに、リラは氷のように冷たい声で返す。
「私達こそ驚きました。まさかアンジュ、あなたがこの世界にいるなんて。それに、何です? その珍妙な格好は」
「これ? これは“できる女のキャリアスーツ”よ! かっこいいでしょ?」
ビシッとポーズを決めるアンジュに、リラは深いため息で応じた。
「それより、なぜ何も言ってくださらなかったのですか。シンに会いに来ているのなら、一言くらいあってもよかったでしょう!」
その声には、明らかに怒りの色が滲んでいた。
──リラさん、めっちゃ怒ってる……。
「だから言ったでしょ、私もこんな大ごとになるなんて思ってなかったのよ!
サクッとシンを回収して、パパッとトラッグリアに連れ戻すだけの、簡単な任務のはずだったんだから!」
あーあ、やんなっちゃう、とアンジュは大げさに首を振る。
そんな彼女の言い分に、冷静な声が割って入った。
剣士のキリだ。……て、もう“さん”付けで呼ぶのもおかしいので呼び捨てさせてもらおう。かつての仲間なのだから。
「一つ、聞きたい。なぜアンジュは、五年も経った今になって、シンを連れ戻そうなどと考えたんだ?」
キリの鋭い問いに、一瞬、アンジュが戸惑ったような表情を見せた。
だが、すぐにいつもの調子を取り戻し、大げさに肩をすくめてみせる。
「決まってるじゃない。だって、見てよコレ!」
そう言って、ビシッと俺を指さす。
「あの伝説の勇者シンが、こんな冴えないおっさんになっちゃってるのよ!?
さすがに見過ごせないでしょ!」
──言い方がヒドすぎるだろ! それと『コレ』って指で差すな!
「……まあ、その気持ちは分からなくもないが」
──おいそこ! 納得するな!
「何が変わったというのですか?
少し疲れているようには見えますけれど、私の知っているシンのままではありませんか!」
「「「「「え?」」」」」
一緒に歩いていたキリ、シュシュ、ガース、そしてアンジュとソニアまでもが、ピタリと足を止めて固まった。
「……リラ。それ、本気で言ってる?」
シュシュが、真顔で親友を見つめている。
「本気で言っているに決まっているでしょう? なんですの、その反応は?」
「いやいやいやいや、ないわー! それはない! いくらなんでも、それはないわー!」
シュシュが大げさにぶんぶんと首を横に振る。
キリは額に手を当てて天を仰ぎ、ガースは気まずそうに遠くへ視線を逸らした。
アンジュに至っては、憐れなものを見るような目で俺とリラを交互に見ている。
どうやら、聖女様の瞳には、かなり強力な恋のフィルターがかかっているらしい。
その時、後ろを歩いていたルーリが声を上げる。
「あのー、皆さんはこれからどうするんですか?」
そう! そこ大事!
「そうですね……。アンジュ。私たち皆をトラッグリアに返してください」
リラが何でもないように言い、アンジュは呆れたように返す。
「無理だから。いくら超絶美人の女神、アンジェリーナ様でも、五人も一度に返すなんて無理だからね」
腰に手を当て、「無理だから」と言葉を重ねるアンジュ。
「そもそも、シンだって、魔王を斃して加護力が上がったから地球に戻したんだよ。
いくらできる女神の私でも、そんなことできないからね」
さっきから、やたら自己肯定感の高い言い方してるが、さすがにムリなのだろう。
「困りましたね」
リラが何やら思案する。
沈黙が流れる。誰もが、次の言葉を探しているようだった。
その時、ルーリが明るい声を上げた。
「だったら、一緒に魔王を斃してもらえませんか?」
なぜか、ルーリが元気よく言いだす。
まるで、この流れを読んでいたかのように。
「ね、ソニア! 一緒に戦ってくれれば皆で戻れるよね!」
振られたソニアは困惑気味に目を泳がす。
──あーこれ、無理な奴だ。
「まあ、でも。女神チャンがこの調子で伸びれば……できるかも。ですよね! 先輩」
「それ、気になってたんですが、加護の力ってなんです?」
改めて俺が訊ねると、アンジュが答えた。
「要するに、世界中の人々からの感謝や祈りのエネルギーみたいなものよ。
だから、女神チャンネルを見て、私たちを信じてくれる人が増えれば、加護の力も増えるってわけ」
ソニアが強調するように後を続ける。
「ですです。だから、そのエネルギーがドーンと集まれば、世界征服だってできちゃうんですよー。ね、先輩」
「まあ、そりゃね……」
なんか歯切れがよくない。
しかも、女神が世界征服しちゃだめでしょ。
それ魔王ですから。
そんな話をしていると車に着いた。
「ところで、皆さんをこれからどこに連れて行きましょう?」
俺が訊ねると、間髪入れずにリラが「シンの家でいいですよ」と可愛く微笑む。
「いや、さすがに……私の部屋、1DKですし」
「わんでぃーけー?」
「キッチンとトイレ込みで25平米くらいしかないんですよ」
「にじゅうごへいべい?」
「馬小屋より狭いってこと。11人も入ったら、身動きも取れないわ」
アンジュがなぜかうれしそうだ。
「それは困りましたね。私は良いんですが、キリたちが大変ですし……」
何やら再び思案しだすリラ。
そこに救いの天使、改めサキコちゃんが手を上げる。
「あのー、皆さん良ければうちの別荘に来ませんか?」
──べ、別荘!?




