第五十九話 宣戦布告!?
ソニアの興奮冷めやらぬ配信が一段落したところで、その男は現れた。
過剰脅威対策室の後藤だ。
後藤は広間の惨状をぐるりと見渡し、「あーあ、すごいことになっちゃいましたねえ」と他人事のように呟きながら、俺たちに近づいてくる。
その後ろには、以前も見た黒スーツの男女。だが今回は、そこにアーミーグリーンの戦闘服をまとった兵士たちの集団も混じっていた。
「いやホント、ハラハラドキドキしちゃいましたよ。皆さん、負けちゃうんじゃないかって」
まるでコンビニで知り合いに会ったかのような軽い調子で後藤は話しかけてくる。
「後藤さん。見ていたのですか?」
ソニアが何か叫びそうになるのを手で制し、ルーリが一歩前に出た。
「なんとか、制圧は完了しました。後のことは、お任せしてもよろしいでしょうか?」
その言葉に、後藤は一瞬黙り込み、俺の方へ──いや、俺の後ろにいるリラたちの方へ視線を向ける。
「ええ、もちろんです。それでですね、こちらにいらっしゃる方々について、少々お話を伺いたいのですが……山川さん?」
俺が口を開こうとすると、またしてもルーリが前に出た。
ちなみに、俺はいまだにリラの膝枕から解放されていない。
「こちらの皆さんは、私たちの命の恩人です。以降の対応は、私が責任をもって行いますので、ご心配には及びません」
いつになく強硬なルーリの態度に、少し驚く。
すると今度は、アンジュが腕を組んで前に出た。
「どうせ、体よく連れ出して『国家の協力者』という名のヒモにして監禁でもするつもりでしょ!
『国家にとっての脅威』としてね! でも、そうは問屋がおろし餃子よ!」
……相変わらずアンジュの言葉が所々おかしいが、言いたいことはよく分かる。
あの食えない室長なら、平気でやりそうなことだ。
「ど、どういうこと?」
和泉さんやサキコちゃんがオロオロしている。
九頭竜さんに至っては、目を細め、なぜか後藤を睨んでいる。
一方、当事者であるリラ、シュシュ、キリ、ガースは、特に気にする様子もなく堂々としたものだ。
「あなたは、この国の代表の方ですか?」
リラが、俺を膝枕したまま後藤に尋ねた。
後藤はそんな彼女と、その膝の上の俺を一瞥し、ごほん、とわざとらしく咳払いをする。
「代表というわけではありませんが、まあ、この件における全権代理人とでもお考えください」
「そうですか」
リラはにっこり微笑むと、「では、お構いなく」と続けた。
「あなたの仰る『この件』と、私たちは関係ありませんので」
一瞬固まる後藤。
そして、大げさに手を振って見せる。
「いやいやいや! ここにいて無関係とはいきませんよ! 思いっきり当事者じゃないですか!」
「どの件と、でしょうか?」
「え?」
「え?」
なんだか、すごーく嫌な空気になってきた……。
膝枕をされながら、俺は猛烈に気まずさを感じていた。
俺をチラチラ見ながら、後藤は話を続ける。
「やだなあ、どの件って、魔王討伐の件に決まってるじゃないですか」
「魔王を討伐するのに、たったこれだけの人数で子供たちを向かわせたのですか? あなたの国は」
「い、いや、それは勇者さんご本人が『自分たちでやる』と仰いましたので……」
「勇者がいいと言ったから、子供たちだけを死地に向かわせ、全てが終わった今頃になってノコノコと出てきた、と?」
コテン、と聖女様は無垢に首を傾げる。
その顔を見つめ、後藤は「うーん」と本気で困ったように唸った。
その二人のやり取りを、ルーリとソニアは興味深げに見守っている。
アンジュに至っては、完全に面白い見世物として楽しんでいた。
後藤は一つため息をつくと、急に真顔になり、苛立たしげに髪をかき上げた。
「困りましたね。我々としましては、魔王の存在も、勇者の存在も、公式には認めておりません。
ただ、状況的に看過できない事象があり、ルーリさんがそれを解決なさるという段において、限定的に協力させていただいている、という立場です」
「なるほど」
にっこり笑うリラ。だが、次の瞬間、その笑顔はすっと消えた。
「ならば、たかが協力者が、私たちに干渉なさらないように。
もしこれ以上干渉するというのであれば、こちらはこちらの流儀で、あなた方に『干渉』したくなりますので」
清楚な聖女と胡散臭い役人の間で、バチバチと見えない火花が散っている。
俺は膝枕をされたまま、目だけで二人の様子をうかがっていた。
「……そう来ますか」
諦めたように呟くと、後藤はスマホを取り出し、画面を数度タップした。
その顔からは笑顔が消え、ひどく冷たい目をしていた。
すると、どこからかプロペラが空気を叩きつけるような爆音が聞こえてくる。
──ヘリか?
そう気づいた瞬間、工場の北側のガラス張りの壁の向こうに、戦闘ヘリ──いわゆるガンシップが爆音を上げてホバリングしていた。
その無骨な機体に備え付けられた複数の銃口が、明確な殺意をもってこちらに向けられている。
「あまり我々を困らせないでいただきたい。
我々も、それなりの手段を取らざるを得なくなります。
どうか、穏便にお話を進めませんか?」
爆音の中、後藤が腰をかがめ、大声で言った。
その顔には、今まで見たこともないほど獰猛な笑みが浮かんでいる。
この急展開に、俺が「待ってくれ」と言いかけたところで、リラは表情一つ変えず、「あれは何ですか?」と尋ねてきた。
「攻撃用のヘリだ。あの尖った先から弾丸を撃ち出して、俺たちを蜂の巣にするつもりなんだ」
「あら、意外ですわ」
リラは少しだけ驚いた顔をする。
「魔王相手には手をこまねいていた方々が、私たちを? なぜ、そんな命知らずな真似を?」
──たぶん、あなたが真正面から喧嘩を売っているからだと思いますが……。
聖女様は憂鬱そうに頬に手を当て、「仕方ありませんね」と呟いた。
「では、この方々も魔王に与する者として、排除してしまいましょうか」
「「え?」」
俺と後藤の声が、綺麗にシンクロした。
「シュシュ、できますか?」
リラが隣に立つ親友に声をかける。
「やっちゃう?」
シュシュは、心底楽しそうな笑顔で答えた。
「じゃあ、どれほど強いか分かんないから、まずは全力で小手調べ、っと!」
シュシュが指先で印を結ぶと、彼女の周囲に十二個の灼熱の火球が出現し、不気味な軌道で公転し始めた。
「まずい!」
俺が叫んだ瞬間、そのうちの一つがヘリ目掛けて放たれた!
シュシュが「どっかーん!」とおちゃらけた声を上げると同時に、火球が炸裂する。
やばい、これじゃ完全に宣戦布告──と思ったが、爆炎の向こうから、黒煙を吹きながらも大きく体勢を崩したヘリの姿が見えた。
墜ちてはいない。
「今のは、ただの威嚇だよーん。次、本番だけど……どうする?」
そう無邪気に尋ねるシュシュの前には、残りの十一個の火球が浮かんでいる。
「わ、分かりました! 結構です! もう干渉しませんから!」
後藤が、喉がひっくり返るんじゃないかという勢いで叫んだ。
なぜか俺まで必死に「わかった! やめてくれ!」と叫んでいた。
後藤の降伏宣言に、リラは「あら、それでよろしかったのですか?」と、きょとんと可愛らしく首を傾げる。
その横でアンジュは腹を抱えて笑い転げ、ルーリは「さすがです! 聖女様と大魔法士様!」と目をキラキラさせていた。
アンジュがキレた時も思ったけど──。
異世界の住人って、なんで話し合いの後すぐ爆発させるの!?




