第五十三話 新しい伝説
俺は、アナウスに進路を取った。
後ろから、勇者ルーリが駆けてくる。
隣では、ガースが重い盾を構え、迫る触手を弾きながら並走した。
「策はあるのか?」
盾越しに、ガースが問う。
「あります。──奴の前でコケます!」
「……は?」
「それで、触手を薙ぎ払います。あとは、勇者ルーリに託します!」
振り向きざま、ルーリに叫ぶ。
「コケて、頼むって……なんだそりゃ?」
ガースが呆れた声を上げる。そこへ、軽やかな足音。
「ヤマさんの必殺技、“丸投げ”だよ〜ん!」
ニコニコ顔のシュシュが、チッチッチと指を振りながら割り込んでくる。
「なんだいそりゃ……」
ガースがさらに眉をひそめた。
視界の端では、キリが舞うように触手を斬り払っている。
九頭竜さん、和泉さん、サキコちゃん、そしてソニア──みんなが戦っていた。
ルーリは、“勇者”に憧れた少女だ。
叶わない夢だと笑われても、それでも前を向き続けた。
ソニアは、そんな彼女の背中を、誰よりも近くで支えようとしている。
不器用で、優しくて、痛いほど真っ直ぐに。
九頭竜さんは、傀儡の当主として、感情を殺して生きてきた。
自分の意志なんて、とうに捨てたはずなのに──いま、その手で誰かを守ろうとしている。
和泉さんは、両親を喜ばせるために“大人のルール”に自分を合わせてきた。
でも今は、自分の選んだ仲間のために、初めて本気で怒って、戦っている。
サキコちゃんだって、自分の進む道を探して、何度も迷って、それでも立ち止まらなかった。
みんな、自分の弱さを抱えながら、それでも前へ進もうとしている。
──そして、俺は。
自分のダメさに打ちひしがれ、いい歳して勝手に傷ついて、絶望して、全部を投げ出そうとしていた。
でも、今こうして立っている。
俺も、あの人たちみたいに──誰かを守るために、戦いたい。
気づけば、口元が緩んでいた。
自然と、笑みがこぼれる。
──なんて、らしくない勇者パーティだ。
「お、なんだなんだ。この状況で笑うなんて、さすがだな」
ガースが笑い、すかさずシュシュがツッコむ。
「キモいんですけど〜!」
そんなやり取りに、ほんの一瞬、恐怖が薄れた気がした。
ふと、後ろを振り返る。
リラに支えられ、胸の前で手を祈るように組み、心配そうにこちらを見つめるアンジュの姿。
まるで──幼子を見守る母親のように。
──大丈夫。アンジュの選択は、間違ってない。
俺は想いを込めて、笑顔で頷いた。
「おやおや、今度は特攻作戦に変えたんですか? 感心しませんねぇ」
アナウスが、余裕の笑みを浮かべながらこちらを見下ろす。
「じゃあ、あなたから消えてもらいましょうか──勇者シン」
その瞬間、アナウスの全身から無数の触手が溢れ、黒い槍のように俺へと殺到した。
逃げ場はない。
──だが、逃げるつもりもない。
「……俺は、勇者シンじゃない!」
胸の奥で、恐怖も覚悟も、仲間を守りたい想いも──全部が一気に爆ぜた。
「俺は──山川新次郎! 通称、ヤマさんだッ!!」
両手でマグナフォルテを掲げ、全身の力を振り絞って叫ぶ。
「くらえぇっ! 渾身のこの技を──!!」
そして──盛大に転んだ。
バッタァァンッ!
視界が回り、床の衝撃が全身に響く。
それに合わせ、腕が引かれた。
完全なタイミング。
さすが──伝説の名剣。
俺の転倒に呼応して、マグナフォルテが弧を描く。
刃先から炎が吹き出し、空気を切り裂きながら螺旋を描く。
床を蹴るようにして剣が回転し、衝撃が触手を弾き飛ばす。
幾重にも生まれた剣閃が、まるで竜巻のようにアナウスの触手群を粉々に切り裂いていく。
炎と光が交錯し、剣先の振動が空間を震わせた。
「なにッ!?」
俺の盛大な転倒と、そこから生まれた炎の螺旋に目を奪われたアナウスが、後ずさる。
だが──逃がしはしない。
丸裸になったお前を叩き潰すのは、俺たちの勇者だ。
「ルーリ!!」
俺の背後を走っていたルーリが、呼応するように跳び上がった。
その手には、愛剣ルーガライガ。
紫電を纏い、放たれる閃光が空間全体を覆っていく。
まるで、彼女の想いが形を持って世界を照らしているかのように。
アナウスの背後──崩れたガラスの向こうに、山稜の朝日が差し込む。
その光を浴びながら、ルーリの姿が宙に舞う。
髪が風を裂き、紫電に照らされて輝く。
まるで、この瞬間──世界が、彼女を祝福しているかのように。
瞳は迷いも恐れもなく、まっすぐ前を見据えている。
もはや“憧れの勇者”ではない──
──彼女自身が、勇者そのものだった。
「行けぇぇっ! 勇者ルーリ!!」
空中で身体を反らせ、全身をしならせながら、彼女はその愛剣を高く掲げ、一気に振り下ろす。
ルーガライガはアナウスの胸を貫き、紫電が炸裂する。
「──ブレイブ・インパクト!!!」
彼女の叫びが、世界を震わせた。
瞬間、空間が弾けるように爆音が響き渡り、すべてが紫電の光に包まれていく。
……静寂。
煙が晴れたあと、そこに立っていたのは──勇者ルーリ。
稜線から射す朝日を浴び、その姿は、世界が、彼女に感謝を捧げているように──眩しかった。
新しい朝が、始まっていた。
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ここまでが、第1章となります。
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