第四十六話 新旧勇者、再び集う
「ルーリ!」
思わず叫んだ俺の声に、紫電を纏った少女が振り返る。
剣を下ろし、こちらへ駆けてくる。
その瞳には、ほんのり涙が浮かんでいるように見えた。
「シン様! 帰ったんじゃなかったんですか!?」
「いや、その……帰りそびれた」
なんだか無性に気恥ずかしくて、俺は皆の視線から逃げるように俯いた。
「ヤマさん!」
九頭竜さんが大股でやってきた。
一瞬、「殴られるか?」と身構えたが、彼はその大きな手を差し出してきた。
俺が握ると、ぐっと力を込め、にっかりと笑う。
「……来てくれると、信じていた」
その手の温かさが、胸に染みた。
「ヤマさーん!」
サキコちゃんが満面の笑みで手を振る。
和泉さんは、少し呆れたように、でもどこか嬉しそうに目を細めていた。
一方その横では、アンジュの肩にソニアが半泣きでしがみついている。
「せんぱぁい! もう死んじゃうかと思いましたぁ!」
「はいはい、よしよし」
——この緊迫感のなさ、逆に癒やされる。
だが、そんな空気を凍らせるように、背後から冷たい声が響いた。
「……これで、ようやくお揃いですか?」
穴臼がにっこりと笑っていた。
その余裕の笑みに、俺は嫌な汗をかく。
彼の背後には——さっき吹き飛ばされたはずの重役グールたちが、再び立ち上がっていた。
「あの目つきの悪いのが、魔王の手下ですか?」
ルーリが剣を構え直しながら言う。
俺は頷き、「あいつがこの会社の社長、穴臼だ。間違いなく、敵だ」と答えた。
「スーツの連中は?」
九頭竜さんが刀の柄を握り直す。
「グール化されてる。噛まれると、腐るらしい」
「……ならば、斬っても問題ないな」
低く響くその声に、ルーリも小さく頷く。
「……仕方ありません」
その横では、アンジュとソニアがなにやらこそこそやっていた。
耳を澄ますと、アンジュの感情ゼロの声が聞こえる。
「やあ、こまったぞ。てきに、かこまれてしまった」
——すごい棒読みだな……。
「オッケーです! 今の、いただきました! これでまた加護が強くなります!」
「……何やってるんですか」
思わず突っ込むと、ソニアがヘルメットカメラを指さしてきた。
「これ、今めっちゃ伸びてるんです! 視聴者数うなぎ登り! 加護の力もぐいぐい上がってます!」
右手をぐいーっと斜め上に上げて、手グラフで表現するソニア。
嬉しい気持ちはわかる。が、敵の前ですることではない。
しかし、彼女の興奮は止まらない。
「そしてここで! 新旧勇者の夢の共演! この瞬間、視聴率が上がらない理由がありません! はい、お二人、がっつり握手お願いします!」
……あまりの不遇時代の長さが、彼女をこんな残念な女神にしてしまったのだろうか。
——ああ、もうダメだ。この女神、完全にはっちゃけてる。
「やあやあ、そちらにいるのは女神ソニア。初めまして、ではありませんか?」
高みの見物をしていた穴臼が、くつくつと笑いながら口を挟む。
その声に、ソニアがハッと我に返る。
そして「あれが、魔王の……」と呟き、両手の指で四角いフレームを作って穴臼を覗き込んだ。
「うーん……アングルはこっち……よし!」
なにが“よし”なのか分からないが、彼女は一人で満足そうに頷くと、叫んだ。
「あの敵を背景に、両雄の握手カット! これで決まりです! はい、どうぞーっ!」
俺とルーリは顔を見合わせ、観念したように握手した。
その瞬間、ソニアが叫ぶ。
「キャー! いただきましたー! 脳内編集、急がなきゃ!」
敵目前でテンションMAXの女神を前に、俺たちは同時にため息をついた。
「……女神、ソニア!」
ついに穴臼の、我慢の限界といった声が響いた。
「ちょっと待っててください! 今、すごく忙しいので!」
「女神よ! いい加減、状況を認識したまえ!」
穴臼の周りには、いつの間にかグールと化した重役たちの他にも、目を血走らせた職員とおぼしき人間がさらに数を増やしていた。
そして、先ほどルーリが破壊した扉の向こうからは、白い防塵服の職員たちが雪崩のように押し寄せてくる。
「……あなた方、ご自身がどのような状況に置かれているか、ご理解できていますか?」
穴臼が苛立たしげに足を踏み鳴らした。
「分かっていますよ」
ルーリが鋭い目で、ゆっくりと周囲を見回す。
いつの間にか、俺たちの周りは完全にグールと化した職員たちに取り囲まれていた。
サキコちゃんがルーリの耳元で囁く。
「……奴ら、一斉に飛びかかってきます。さっきの衝撃波の……」
その言葉を最後まで聞くことなく、彼女は頷き、手に持った剣を、足元の絨毯に深く突き立てた。
そして、一言。
「——ブレーブ・インパクト」
瞬間、彼女の髪が重力に逆らうようにふわりと逆立ち、その全身から紫電が津波のように迸った。
雷に打たれたかのように、周囲のグールたちが次々とその場に膝から崩れ落ちていく。
——すごい……! 完璧な範囲制圧攻撃……!
そして、紫電が収まるよりも早く、彼女は穴臼へと肉薄していた。
その目にも止まらぬ速さ。今度は剣を真横に薙ぐ。
「——ブレーブ・スラッシュ!」
青い斬撃が空間を切り裂き、飛ぶ。
しかし、それを穴臼は紙一重でひらりとかわした。
だが——その回避した先には、緑の障壁。
「逃がしません!」
サキコちゃんのビジョンをもとに、和泉さんが手をかざし作り出した障壁が、奴の退路を塞いだ。
そして、そこにもう一人。
『九頭竜血』を上段に構えた彼がいた。
九頭竜さんはその刀をただ、振り下ろす。
同時に、荒れ狂う風の渦が巻き起こり、穴臼の体をがんじがらめに絡め取った。
「——お終いです」
ルーリは全てを読んでいたかのように、その瞬間、奴の頭上高く跳躍していた。
その時、穴臼の顔に初めて焦りの色が浮かんだ。
「待て——」
しかし、遅い。
今なお紫電を纏うその刃を、身動きの取れない穴臼の脳天へと振り下ろした。
刃は何の抵抗もなく、穴臼の体に吸い込まれ、その半身を肩口から真っ二つに切り裂いた。
ルーリは静かにその足元に着地すると、剣を振るい血を払う。
その小さな背中の向こうで、ゆっくりと崩れ落ちていく穴臼の体。
一瞬の激しい攻防の後。
完全な静寂が訪れた。
俺とアンジュは、その一連の光景を前に呆気に取られていた。
「あれが覚醒した勇者」
俺が呟くと、アンジュが訂正した。
「覚醒した勇者パーティね」「……女神、ソニア!」
ついに穴臼の我慢が切れたらしい。
怒声がホールに響き渡る。
「ちょっと待っててください! 今、すごく忙しいので!」
「女神よ! いい加減、状況を認識したまえ!」
穴臼の周囲には、さっきまでよりもさらに多くの影が蠢いていた。
グールと化した重役たちに加え、血走った目をした職員たちが増えている。
さらに、破壊された扉の向こうからは、白い防塵服の集団が雪崩れ込んできた。
「……あなた方、ご自身がどのような状況に置かれているか、理解できていますか?」
穴臼が苛立たしげに足を踏み鳴らす。
「分かっていますよ」
ルーリが鋭く周囲を見渡す。
いつの間にか、俺たちは完全に包囲されていた。
サキコちゃんがルーリの耳元で囁く。
「……奴ら、一斉に飛びかかってきます。さっきの衝撃波の——」
その先を聞く前に、ルーリは剣を構え、足元の絨毯に突き立てた。
「——ブレイブ・インパクト」
瞬間、彼女の髪が重力に逆らうようにふわりと逆立ち、全身から紫電が奔る。
雷の津波がホールを呑み込み、周囲のグールたちが次々と膝を折って崩れ落ちた。
——すごい……! 完全な範囲制圧……!
だがルーリは止まらない。
紫電がまだ残るうちに、地を蹴って穴臼へと肉薄した。
「——ブレイブ・スラッシュ!」
青い斬撃が空間を裂いて走る。
穴臼は紙一重でかわしたが、逃げた先に——緑の障壁が立ちはだかる。
「逃がしません!」
サキコちゃんのビジョンをもとに、和泉さんが張った防壁。
そして、障壁の前にもう一人。
『九頭竜血』を上段に構えた男——九頭竜が立ちはだかる。
彼は静かに息を吐き、一太刀を振り下ろした。
「——風神・九頭竜旋!」
瞬間、荒れ狂う風の渦が爆ぜ、九つの龍のようにうねりながら穴臼の体を絡め取る。
轟音と共に、風圧が床をえぐり、ホール全体が震えた。
「——お終いです」
ルーリはすでに、奴の頭上へと跳躍していた。
紫電を纏う剣を両手で構え、落下の勢いを乗せて——
「ブレイブ・スラッシュ・ゼロ!!」
刃が光の軌跡を描きながら振り下ろされる。
穴臼の表情に、初めて焦りの色が走った。
「待て——!」
だが、もう遅い。
雷鳴が轟き、刃は肩口から彼の半身を真っ二つに裂いた。
焼け焦げるような臭いとともに、黒煙が立ち上る。
ルーリは静かに着地し、剣を払って血を散らす。
背後で、穴臼の体が音もなく崩れ落ちた。
一瞬、音が消えた——何も聞こえない。
ただ、焦げた空気と、紫電の残光だけが漂っていた。
俺とアンジュは、呆気に取られてその光景を見つめていた。
「……あれが、覚醒した勇者」
俺が呟くと、アンジュが訂正する。
「覚醒した“勇者パーティ”よ」




