第四十ニ話 パーン!
俺はアクセルを踏み込んだ。
目の前には工場の正門。今はスチール製の巨大な門扉で固く閉ざされ、その奥には守衛が立つ詰所が見える。
「……突っ込みますよ」
「お手柔らかにね」
さらにアクセルを踏み込もうとした、その時——。
ヘッドライトの光の中に、一人の男が両手を広げて飛び出してきた。
「ゲコ2!?」
こんな時でも、人を茶化すのを忘れないアンジュが叫ぶ。
後藤は車の前で大の字になって進路を塞いでいた。
俺は急ブレーキを踏む。タイヤが悲鳴を上げ、車がギリギリの距離で止まる。
息を切らした後藤が、フロントガラス越しににっこりと笑った。
「山川さんたちも、結局行かれるのですね?」
まるでコンビニでも行くかのような、軽い口調だ。
「……まあ、そんなところです」
俺が頷くと、彼は「それなら」と腰のホルスターから、黒光りする拳銃を引き抜き、俺に差し出した。
「あの凄い剣、今は出せないんですよね。……気休め程度かもしれませんが、これをお渡ししておきます」
それはニュース映像などで見たことのある拳銃だった。
「自衛隊の制式拳銃で弾丸は9mmです。セミオートなので、比較的扱いやすいですよ。あ、撃つ時はちゃんとセーフティを外してくださいね」
生まれて初めて握る銃は、ずしりと重く、それでいて不思議なほど手に馴染んだ。
「一応、ホルスターもどうぞ」
後藤が差し出すと、助手席のアンジュが身を乗り出した。
「えー! あたしの分はないの!?」
「……アンジュさんにお渡しすると、本気で室長を撃ちかねないので……」
「バレたか」
苦笑いする後藤だったが、彼はもう一つの予備ホルスターから、一回り小さい拳銃を抜き、アンジュに渡した。
「ちっさ!」と言いながらも、アンジュは嬉しそうにそれを受け取る。
「それ、ニューナンブですか?」と俺が知ったかぶりで言うと、
「SIG SAUER P230、通称“サクラ”です」と即座に訂正された。
後藤は姿勢を正し、静かに敬礼した。
「……私ができるのは、ここまでです。皆様の、ご武運を」
その真摯な敬礼に、俺とアンジュも思わず手を額に当てる。
「……行ってきます(土下座しに)」
「じゃあねー! ゲコ長によろしくー!」
その時だった。
ガガガガガッ、と重い音を立てて、固く閉ざされていたはずの門扉がゆっくりと開いていく。
「……歓迎、されていますね」と、後藤が呟く。
「……ですね」
俺はそう答えると、もう一度強くアクセルを踏み込んだ。
▽▽▽
結局、守衛詰所は完全にスルーして、建物の正面玄関へと車を滑り込ませる。
そして、アンジュと共に建物の中へと足を踏み入れる。
広々としたエントランス。中央の受付カウンターには、丸々としたマスコットのようなロボットが立っていた。
俺たちが近づくと、その体がぐにゃりと折れ曲がり、奇妙なお辞儀をする。
「ヨウコソ! オークランドベル相模原工場ヘ! ボクノ名前ハ、ベルチップダヨ!」
やけに甲高い、合成音声での挨拶だった。
「……なにこれ。なんか、すっごいムカつくんですけど。……撃っちゃる!」
アンジュが真顔で、腰の『サクラ』に手をかける。
「やめなさいって! せっかくの隠し玉を、こんな所で使ってどうするんですか!」
「えー。でも、見せびらかしたかったのにー」
——誰にだよ!?
すると突然、折れ曲がっていたベルチップがガション、と音を立てて体を起こし、再び話し始めた。
「女神アンジェリーナ様、元・勇者シン様。最上階ノ特設貴賓室ニテ、穴臼ガ、オ待チシテオリマス。ドウゾ、アチラノエレベーターヲ、オ使イクダサイ」
「……あー。完全にバレてるよ」
「じゃあ、撃っちゃる!」
カチャリ、とセーフティを外す音が響いた。
俺は慌ててアンジュの腕を掴み、無理やり奥のエレベーターへと引きずっていく。
エレベーターに乗り込むと、ボタンを押す間もなく、それは勝手に動き出した。
「これ、まかり間違うと異世界行きだったりして? クスッ」
楽しそうに俺の脇腹をつつくアンジュ。
こんな状況でも平常心な彼女は、やっぱり女神だ。
表示では四階までしかないはずが、四階を過ぎてもエレベーターは上がり続ける。
やがて、静かに扉が開いた。
赤い絨毯が敷かれた広いフロア。
正面には重厚な両開きの扉。その脇のサイネージには「勇者御一行様 御歓迎」と表示されていた。
「……なんか腹立つわね」
アンジュが低く呟く。俺も同意して頷いた。
「私達、『元勇者組』が一番乗りだと思わなかったみたいね!」
——いや、怒るの、そこ!?
俺は無言で重い扉に手をかけ、押し開けた。
中は広々とした応接フロア。
毛足の長いエンジ色の絨毯が一面に敷かれ、奥の壁は全面ガラス張り。
暗い夜空の中、山々の峰が重なって見える。その遠くには富士山の雄大なシルエットが浮かんでいた。
そして、ガラスを背に一人の男が立っていた。
ダークブルーの三つ揃いのスーツに、銀縁の眼鏡。髪はオールバック。
整った顔に微笑みを浮かべている——が、その目は少しも笑っていなかった。
「やあ、よく来てくれましたね。女神アンジェリーナ! そして、勇者シン!」
男は両手を広げ、満面の笑顔で言った。
パンッ! パンッ!
乾いた破裂音が響く。
横を見ると、アンジュが膝を曲げ、腰を落とし、サクラを構えていた。
銃口から、白い煙がゆらりと立ち上っている。
再び男を見る。
彼は顎を上げ、完全に動きを止め、固まっていた。
そして、グルン、とまるで機械仕掛けのように、顔を戻し俺たちを見た。
その額と胸元には、真っ赤な血が滲んでいた。
「……痛いなー、女神アンジェリーナ」
男の額から血が筋を作り、絨毯にぽたぽたと滴り落ちていく。
「それなら、もう一丁!」
パーン!
アンジュは何のためらいもなく、もう一発——顔の真ん中に撃ち込んだ。




