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第四十話 潜入


【勇者ルーリ】


「……ちょっと、意外な展開になってしまいましたね」


 傍らで一部始終を聞いていた後藤さんが、肩をすくめた。


「それで、どうします? 一旦、撤退しますか?」


 その合理的な提案に、私は思わず彼を睨んでいた。


「撤退は……しません」


 心のどこかで、シン様の決断を責めたい気持ちがあった。

 でも、それは間違っている。彼には彼の事情がある。だから——私たちが、やり遂げるしかない。

`

「私達だけで、突入します」


 私は皆の顔を見た。

 九頭竜さん、和泉さん、サキコちゃん。

 そして、心配そうにこちらを見つめるソニア。


 四人は、誰一人として異を唱えず、力強く頷いた。


 その様子を見て、後藤さんは大きなため息をつく。


「……分かりました。ならば、私はここから皆様を全力でバックアップさせていただきます」


 彼は深々と頭を下げた。


「勇者ルーリ、九頭竜さん、和泉さん、サキコさん。そして、女神ソニア様。……皆様の、ご武運を」


「よし……行こう!」


 私は自分の両頬を、ぴしゃりと強く叩く。


 感傷に浸っている暇はない。彼が信じて、託してくれたのだから。

 私は決意を込めて、一歩を踏み出した。


 目の前には、闇の中に白く浮かび上がる巨大な建物——まるで悪魔の城のようだった。


▽▽▽



 私たちは後藤さんが用意してくれた高圧電流対応の梯子を伝い、駐車場脇の影に降り立った。


 後藤さん曰く、監視カメラには私たちが映らないようバグを仕込んであるらしい。

 それでも、念のため影から影へと身を潜め、素早く裏口へと駆けた。


 後ろからは、「大丈夫?」「うん、平気」と囁き合うサキコちゃんと和泉さんの声が聞こえた。


 やがて目的の扉にたどり着いた。

 ノブを捻るが、びくともしない。分厚い鉄の扉。その脇には電子パッド式のキー。


 その時、耳元のインカムから後藤さんの声が入る。


『順調ですね。先ほどお渡ししたカードをリーダーに通してください。そして、暗証番号を入力します。番号は……"良い所"で、41105です』


「……"良い所"で、41105? ……センスが悪くないか?」

 九頭竜さんがぼそり。


「ですです! どうせなら“良いゴーゴー”で4155の方が可愛いです!」


「サキコちゃん、それ桁足りないよ」


「じゃあ、“良いゴーゴーゴー”で41555は?」


「それならOK!」


 和泉さんとサキコちゃんが、なぜか楽しそうにキャッキャしている。


 私は苦笑しながらカードを通し、「41105」と入力した。


 ガチャリ、と重いロックが外れる音。

 ノブを回すと、ゆっくりとドアが開いた。


「……入るよ」

 小声で皆に告げ、私は重い鉄の扉を軋ませながら押し開けた。


「ゆっくりね!」


 後ろでソニアが、自分のヘルメットを両手で押さえながら囁く。

 たぶん、手ブレしないようにカメラを押さえてるんだろう。


 中は、コンクリートの壁に囲まれた巨大な動力室。

 無数の機械が唸りを上げている。


 その中を、私たち五人は音を立てぬよう進む。


 先頭は私。すぐ後ろに九頭竜さん。

 その後ろに和泉さんとサキコちゃん。

 最後尾を、ヘルメットを押さえてヨタヨタと歩くソニアが続く。


 しばらく進むと、再び分厚い扉。

 ノブを引くが、びくともしない。


「後藤さん! ドアが開きません!」


 インカムに呼びかけるが、返ってくるのはサーッというノイズだけだった。


「後藤さん!?」


 無音。


「……どうやら、この奥は電波が届かないようだな」と、九頭竜さんが呟く。「仕方ない。他のルートを探そう」


 彼は壁伝いに慎重に進み、突き当たりの明かりに気づいた。


 振り返って「俺が行く」と唇で告げ、小部屋へと音もなく滑り込む。

 残された私たちは息を詰めて待った。


 やがて戻ってきた九頭竜さんの手には、いくつかの鍵がついた束が握られていた。


「これで開くかもしれん。戻って、試してみよう」


 扉の前に立ち、彼が鍵束の中から合いそうなものを差し込んでみる。

 最初と次の二本は、鍵穴にすら入らなかった。

 だが、三本目の鍵はするりと鍵穴に吸い込まれ、ひねると、ガチャン、と重々しいロックが外れる音がした。


「……行くぞ」と、小声で言う彼に、私はこくりと頷いた。


 扉をくぐると、そこは先ほどまでとは一転、大きなガラス窓が並ぶ長い通路だった。


 その向こうには、明るく広い空間。そこには白い宇宙服のような防塵服を着た人々が、何かの作業に没頭していた。


 私たちは見つからないよう、慌ててガラス窓の下に身をかがめる。


「……クリーンルーム、だな」


「あの人たちは……?」


「おそらく、ここの社員だろう。この工場は二十四時間稼働だと聞いている」


 私がそっと顔を上げ、もう一度中を覗く。

 広大なスペース。ざっと見ただけでも、二十人以上の人間がいる。


「……どうする?」


 九頭竜さんの問いに、私は答えた。


「……突っ切るしかない」


 頷いた彼はしゃがんだまま、通路の先にある金属製の扉へと滑るように移動する。


 アヒルの親子のように、後をついてきた私たちを見て、彼は力強く頷き、部屋の中へと一気に飛び込んだ。


 私たちも二重のエアロックドアにもたつきながら、部屋へと続く。

 途端に、作業をしていた防塵服の職員たちが一斉にこちらに顔を向けた。


「走れ!」


 九頭竜さんが叫ぶ。

 しかし、職員たちがゆらり、ゆらりと奇妙な動きで前に立ちはだかった。


「な、なんか変じゃないですか!? この人たち!」


 和泉さんの声が悲鳴に変わる。


 九頭竜さんがすり抜けようとしたその瞬間、一人の職員が彼の腕を掴んだ。

 軽々と宙を舞う九頭竜さん。


 鈍い音が響く。


「……今の、片手で九頭竜さんを……!」

 

 サキコちゃんが絶句した。


 あの、あの大木を真っ二つに斬った九頭竜さんが。まるで子供のように、片手で——。

 

 そうこうしているうちにも、防塵服の集団が、じり……じり……と音もなく距離を詰めてくる。

 反射したバイザーに、私たちの姿だけが無数に映っていた。顔は見えない。息づかいもない。ただ、迫ってくる。


「これ……本当に人間なの!?」

 和泉さんの悲鳴が、空気を裂く。


 胸の鼓動が、耳の奥でうるさいほど響いた。

 もう、待ってる時間はない。


「——しょうがない!」

 私は歯を食いしばり、叫んだ。

「できるだけ傷つけないように! でも……生き残るのが最優先よ!」


 喉が焼けるように熱い。

 自分でも驚くほどの声量で、叫ぶ。


「来たれ——我が愛刀ッ!! ルーガライガッ!!」


 次の瞬間、光の刃が私の手に降り立った。



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