第三十六話 悪魔の城
「ここで生産されているのは、ICチップです」
後藤は胸ポケットからクレジットカードを取り出し、顔の横でひらひらと振った。
「例えば、このカード。この四角い部分に、ICチップが埋め込まれています」
カードの隅を指し示す仕草は、まるで学校の先生のようだ。
「……その、ペラペラした板は何よ! ちょいちょい見かけるけど」
──先生! この金髪の不良生徒にも、分かるように説明してあげてください!
アンジュが、俺の心を読んだみたいにじろりと睨んでくる。
そんな彼女を横目に、後藤はコホンと咳払いして続けた。
「これは、お金の代わりに支払いができるカードですが……この他にも、社員証や身分証明書などにも使われています」
「ふふん。先輩、知らないんですか?」
隣のソニアが、ちょっと得意げに笑う。
まあ、バイト戦士の彼女なら当然知っているだろう。
後藤はそんなやり取りにも動じず、話を進めた。
「……近々、政府主導で新しい国民IDカードが発行されます。実はそれも、ここで生産されているんです。そして――」
「そして?」
「ここで作られたチップの一部から、微弱な電磁波……一種の低周波ノイズが断続的に発生していることが分かりました」
後藤の目が細くなる。
その声に、今まで黙っていた九頭竜さんが、低く問いかけた。
「そのノイズが人体に与える影響は? 確認済みなんだろうな」
「はい。メカニズムまでは不明ですが、このチップを長時間携帯した人間は――人が変わったように、暴力的かつ攻撃的になる傾向があります」
暴力的、かつ、攻撃的。
それは、まるで……。
「その症状は人によって様々です。喧嘩っ早くなる者もいれば、衝動的に万引きや浪費を繰り返す者もいる。あるいは、理由もなく他人を罵る者も」
「……ゲコ室長のことか」
アンジュがぼそりと呟く。
「室長はチップの影響がなくても、元からそういう方です」
後藤が真顔で、きっぱりと訂正した。
「……そんなこと、絶対に止めなきゃ……!」
後ろから、絞り出すような声が響いた。ルーリだ。
小さな拳を握りしめ、震える手を見せながら顔を上げる。
「人の気持ちを勝手に惑わすなんて……そんなの、絶対に許せません!」
その瞳には、怒りと誇りが宿っていた。
「この世界の人たちは、みんな毎日を一生懸命に生きてるんです! それを、こんな物で弄ぶなんて、馬鹿にしてるにも程があります!」
彼女の言葉には、この世界で必死に生きてきた時間の重みがあった。
彼女の怒りは、ただの正義感じゃない。人としての、誇りを懸けた怒りだ。
ルーリは、大きく息を吸い込み、そして、力強く叫んだ。
「私は、絶対に許さない! ……みんな、お願いです。私に力を貸してください!」
魂からの叫びに、最初に応えたのは九頭竜さんだった。
「……もとより、そのつもりだ」
短く言い放つ彼の声は妙に頼もしく響いた。
そして、サキコちゃんが一歩前に踏み出す。
「やりましょう! バチコーン! と、やっちゃいましょう!」
サキコちゃんが拳を突き上げる。
そして和泉さんが、俯きながら小さく呟いた。
「私も、嘘はたくさんついてきたけど……人を苦しめるための嘘は、嫌だから……」
彼女は顔を上げ、まっすぐ前を見据える。
「うん。私も、戦います。……ううん、戦いたい」
三人の言葉に、ルーリの目に涙がにじむ。
けれど、すぐにそれを振り払い、笑顔で叫んだ。
「──私たち『勇者パーティ』で、悪のたくらみを打ち砕きましょう!」
その言葉に、全員が力強く頷いた。
九頭竜さんは照れくさそうに鼻を掻いたが、どこか誇らしげでもあった。
「……あんたは、何も言わないの?」
アンジュが、じっと俺を覗き込む。
俺は答えず、再び目の前の巨大な白い工場を見つめた。
ライトに照らされたその建物は、夜の闇の中で異様に白く輝いている。
まるで――悪魔の城のようだった。
正直、このメンバーであれを攻略するのは無謀だ。
仲間たちは、何かを言い合いながら、作戦を練り始めている。
真剣でありながらも、どこかリラックスした、最高のチームの顔だ。
俺は、それを、まるで自分が部外者であるかのように、少しだけ離れた場所から、見つめていた。
▽▽▽
「みなさん。話はまとまりましたか?」
横でにこにこと聞いていた後藤が、口を開いた。
「で、作戦は?」
ルーリが皆の顔を見回し、ある一点で目を止める。
「……ソニア、その格好……」
そこには、いつの間にか工事用ヘルメットを被ったソニアが立っていた。
「アハハ! ソニアさん、それ何ですか!」
サキコちゃんが楽しそうに指をさす。
「これはですね! 皆さんの戦いを“中継”するんです!」
「中継!? テレビに映るんですか!?」
「それは、ちょっと……」九頭竜さんが渋い顔をする。
和泉さんも「事務所に無断でテレビは……」と真顔だ。
そんな二人を前に、ソニアは胸を張った。
「大丈夫です! この映像は、私たちが来た異世界『トラッグリア』だけで放送します!」
そして腰に手を当て、ふんす!と鼻息を鳴らす。
「これでガッポリ信仰を集めて、皆さんをサポートする強力な女神になってみせます!」
「……それなら、まあ、いいか」と九頭竜さん。
「異世界なら……バレない、かな?」と和泉さんも納得したように頷く。
「わーい! これで私も異世界でテレビデビューだー!」
サキコちゃんだけが、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
「いいでしょー! 名付けて『女神チャンネル・シーズン2』よ!」
ソニアが自慢げにVサインを作る。
「「「シーズン2?」」」
三人の綺麗なハモリが、夜の山にこだました。
──ま、そうなるよな。




