第三十四話 死んじゃうかも
高速を降り、静岡駅の駐車場に車を停める。
後部座席では、ルーリがサキコちゃんと携帯で連絡を取り合っていた。
「今、こっちに向かってくれてるそうです!」
「車の場所、分かるかな?」
そう言ったまさにその時、フロントガラス越しに、大きな旅行バッグを抱えた女の子の姿が見えた。
「あ! サキコちゃんだ!」
ルーリは勢いよくスライドドアを開け、車から飛び出していった。
「……ねぇ、あの子、『神明国教会連盟』の子じゃない?」
前を向いたまま、アンジュがぽつりと呟く。
視線の先では、サキコちゃんの隣に、もう一人の少女が立っていた。
「……和泉さん、ですね」
「やっぱり。たしか、『神明国教会連盟』はパーティー不参加を表明してたはずよね?」
「ですね」
「……ただの見送り?」
「わざわざ、ここまで? あんな荷物を持って?」
俺とアンジュの会話を聞いていたソニアが、「なになに?」と、後部座席からひょっこり身を乗り出す。
「あ! 本当だ! 和泉さんもいるじゃないですか!」
──ちょっ、耳元で叫ばないでください!
……けど、いい匂いだな。これが、女神の香りってやつか。
視線の先では、テンション爆上がりのルーリが、二人を車へと案内していた。
やがてスライドドアが開き、サキコちゃんが元気いっぱいに「こんばんはー!」と挨拶して乗り込んでくる。
その後ろから、和泉さんが「……お邪魔します」と静かに頭を下げて続いた。
俺たちも「こんばんは」と返す。
最後に乗り込んだルーリが、目を輝かせながら言った。
「和泉さんも一緒に戦ってくれるって! やったね、シン様!」
バックミラー越しに、和泉さんと目が合う。
「……『神明国教会連盟』は、パーティーを脱退したと聞きましたが」
俺の問いに、彼女は少し驚いたように目を見開き、すぐに穏やかに笑った。
「ええ、そうですよ」
「……大丈夫なんですか?」
俺が問うと、彼女は静かに首を横に振る。
「きっと、すごく怒られると思います。でも……」
彼女は、一度言葉を切り、そして、はっきりと続けた。
「今まで一緒に戦ってきたのに、急に『行くな』なんて、そんなの、勝手すぎますから」
ミラーの向こうで、彼女の瞳がまっすぐに俺を見ていた。
「だから私は、連盟の一員としてじゃなく、『私、和泉』として参加します。……ダメ、かな?」
「ダメじゃない。……ありがとう」
俺は、それだけを言うのが、精一杯だった。
隣のアンジュが、くるりと振り返る。
「へぇー。なんか、こないだ会ったときより綺麗になったんじゃない?」
「え? そ、そうですか? そんなことないと思いますけど……」
アンジュは満足そうに首を振る。
「ううん、全然違うわよ。すんごく、笑顔がいい。──うん、綺麗になったわ」
なんだか、おっさんみたいなことを言い出したアンジュだが、言われた本人は「そうかなぁ」と、嬉しそうに頬を染めている。
……ここは、あえてツッコまないでおこう。
俺は、和やかな空気を壊さぬよう静かにエンジンをかけた。
「じゃあ、行こうか。ここから目的地まで、一時間くらいかな」
するとサキコちゃんが、首を傾げる。
「九頭竜さんは? まだ来てませんか?」
一瞬、胸がざわついた。
──そっか。サキコちゃんは、まだ知らないんだ。
「いや、実は……『求道家連盟』は、パーティから離脱することになってて……」
俺が説明すると、サキコちゃんはあっさり答える。
「知ってますよ。ルーリちゃんから聞きました。でも──九頭竜さんは来ますよ。……ね?」
悪戯っぽく笑って、和泉さんに視線を送る。
「ええ。さっき、チャットで『今どこ?』って連絡がありました。一応、『静岡駅で待ち合わせです』とは、伝えておきましたけど」
和泉さんが、自分のスマートフォンを操作して、「ほら」と、その画面を見せてくれた。
その時だった。
一台の黒いSUVが、静かに駐車場へ入ってきた。
そして、滑るような動きで、俺たちのレンタカーの、真ん前のスペースに、ぴたりと停車した。
運転席のドアが開き、中から現れたのは──。
間違いない。あの男、九頭竜だった。
彼は、高そうなダークスーツ姿のまま、こちらへ歩いてくると、運転席のウィンドウを、コツコツと指で叩いた。
俺は慌ててウィンドウを下げた。
「やあ。少し実家に寄っていたので遅くなった。待たせたかな?」
「いえ、全然……。ですが、『求道家連盟』は撤退すると聞いていましたが」
「ああ、奴らはそんなことを言っていたな」
九頭竜さんは口の端だけで笑い、遠くを見た。
「だが、当代の当主は私だ。──奴らの言うことなど、知ったことか」
九頭竜さんは、今度は、まるで悪戯を企む少年のような顔で、ニッと笑った。
俺の肩越しに、アンジュがひょっこりと顔を出す。
「いいの? ……死んじゃうかもしれないぞ」
──今それ言う!?
しかし、本人は気を悪くするどころか、穏やかに微笑んで答えた。
「……ある意味、私はもうとっくに死んでいたようなものです。でも今は──不思議と、生きてる実感があるんですよ」
「……あ、そう。ならいいんじゃない」
アンジュは、その顔をどこか眩しそうに見つめた。
「九頭竜さん! 来てくれて本当に嬉しいです! 一緒に頑張りましょう!」
後部座席の窓からルーリが身を乗り出し、拳を握ってポーズを取る。
その無垢な眼差しに、九頭竜さんも、照れくさそうに笑って応えた。
「ああ。今回も、全員で生きて帰ろう」
それは、冷徹なエリートの仮面を脱ぎ捨てた、まるで冒険に出る少年のような笑顔だった。
──そうか。これはもう、戦いなんかじゃない。
俺たちの、“冒険”なんだ。
とりあえず、九頭竜さんは、俺たちの車の後ろを、彼の車でついてくることになった。
簡単なルートの打ち合わせを終え、俺は、アクセルを踏み込む。
いよいよ、本当の冒険が、始まる。




