第三十三話 覚悟、あるいは……
東名高速の、とあるパーキングエリア。
討伐ポイントへ向かう途中、ルーリとソニアが「少し休憩したいです」と言い出して立ち寄った、小さなPAだ。
俺は、自販機で買った缶コーヒーとホットココアを手に、レンタカーへ戻る。
ドアを開け、助手席のアンジュにホットココアを渡した。
「ありがと」
彼女は短くそう言い、こくりと一口飲む。
「トイレとか、大丈夫ですか?」
「あのねぇ、女神がトイレ行くわけないでしょ!」
そう言いながらも、「……おいしーじゃん、これ」と、缶を目の高さに掲げて眺めている。
「結局、誰も来ませんでしたね」
俺が言うと、アンジュは遠くを見つめたまま、「仕方ないわよ」と小さく呟いた。
「で、シンはどうするの?」
「どうする、とは?」
「勇者ちゃんたちと一緒に、戦うのかって聞いてるの」
「……ここまで来て、『頑張ってね』と見送るだけ、ってわけにもいかないでしょう」
「ふーん」
アンジュは鼻を鳴らし、再びココアを啜る。
「……死んじゃうかもしれないわよ」
ちらりとこちらを見やる女神。
「それは、嫌ですね」
俺は素直に答えた。
アンジュは、どこかおかしそうに笑っていた。
「な、何ですか? 変なこと言いました?」
「別にー。ただ、“消えてしまいたい”とか言ってた男が、ずいぶん変わったなーと思って」
そして、急に真顔になる。
「言っておくけど、私はもう力を貸せないわよ。戦うのは──あなた自身」
その言葉に、不安になって尋ねた。
「あの……炎の剣のことなんですが。あれから何度試しても、出せないんですよ。どうすれば、出るんでしょう?」
「……呼べば、出るんじゃない?」
アンジュが、あっさりと答える。
──だから、それで出ないって言ってるじゃないですか。
「ちゃんと、前の時みたいに、『顕現せよ! マグナフォルテ!』って、言ってるの?」
「いや、まぁ……一応。小声でですけど」
「あー! それよ、それ!」
アンジュはポンと膝を叩いた。
「前の時みたいに、魂を込めて、大声で叫ばなきゃダメ! マグナフォルテの方だって“え、出る? 出ない? どっち!?”って困っちゃうでしょ!」
アンジュは、なぜか甲高い声で、謎の一人芝居を始めた。
「……なんですけど、ちょっと、恥ずかしいというか、なんというか……」
「まぁ、確かに。ちょっと痛々しいわね」
──なんだよ! 痛々しいって!
アンジュは笑いながらも、ふっと真面目な声で言った。
「どのみち私には分からない。あれは、あなたの心が呼んだものだから」
そう言って、ココアを飲み干した。
そして、前方を指さす。
「あ、なんかすごく嬉しそうに来たわよ」
見ると、満面の笑みを浮かべたルーリが走ってきた。
その後ろを、ソニアが「待ってよー!」と、よたよた追いかけている。
勢いそのまま、ルーリが後部座席のドアを開け、飛び込んできた。
「今、サキコちゃんから電話がありました! 一緒に戦ってくれるって! 静岡駅で待っててくれるそうです!」
ルーリは本当に嬉しそうに、子どものように手をバタバタさせている。
──サキコちゃん、か。
仲間が増えるのは、嬉しい。
けど今のままじゃ、ただ彼女を“負け戦”に巻き込むだけじゃないのか。
この戦いは、命のやり取りだ。その重みを、あの子は……。
「あの、サキコちゃんのことなんだけど──」
俺が言いかけた瞬間、隣のアンジュが俺の肩を掴み、珍しく真剣な目で見た。
「……“行く”と決めた者の道を、誰にも止める権利はないわ」
そんな俺たちのやり取りを、負ける気など微塵もない、無垢な瞳のルーリが、「どうしたんですか?」と、不思議そうに覗き込んでいた。
──ああ、俺よりずっと、勇者らしいな。
▽▽▽
高速を降り、静岡駅へ向かう。
その間、アンジュが先日のパーティメンバーとの会話を話したのをきっかけに、ルーリは、しきりにサキコちゃんについて質問を続けた。
「そっかぁ。未来を読む力があるんですね」
感心したように頷くルーリ。
「そういえば、シン様のことも“ビジョンで見た”って言ってましたもんね」
そうだ。あの時、俺が炎の剣を使う姿を、彼女は予知していた。
そのおかげで、マグナフォルテを思い出せたんだ。
「もしかしたら、今回の戦いのことも見えてるのかもしれませんね」
もし勝利のビジョンを見た上で参加してくれるなら、心強い。
……けど、そんな都合のいい力だろうか?
「まぁ、どっちにせよ、彼女は後衛よ。いざとなったら、二人が全力で守りなさい」
アンジュが言うと、ソニアが「もちろんです! 私も全力でカバーしますよ!」と拳を握った。
「お? 何か秘策でも?」
「それがですね──ジャーン!」
ソニアが足元の大きな紙袋から取り出したのは、まさかの工事用ヘルメット。
来る時から妙に荷物が多いと思ってたけど……。
そして、そのまま被る。ヘルメットの正面には、小型カメラらしきものが取り付けられていた。
「ま、まさかそれって……」
「そうです! これで戦闘を撮影して、“女神チャンネル2”を配信するんです!」
──やっぱり、それかー!
「ちょ、ちょっと待って! そんなの配信されたら、俺、会社に行けなくなりますけど!」
「あー大丈夫です。流すのはこっちの世界じゃなくて、トラッグリアの方なんで!」
「へ? そんなことできるんですか?」
「アンジュ先輩のお力も借りれば、思念波を飛ばすくらい、楽勝ですよ!ね」
アンジュは肩をすくめた。
「まぁ、直接戦うわけじゃないし、大丈夫でしょ」
「でも……僕、トラッグリアではただの新米騎士だよ?」
ルーリが心配そうに言うと、ソニアはノンノン、と指を振る。
「いますよ! 最高の“客寄せパンダ”が、ここに!」
そう言って、俺をビシッと指さした。
──客寄せパンダて! 言い方!!
「“伝説の勇者、再び! 故郷を救うため、美少女新勇者と共に立ち上がる!”……どうです!? これなら視聴率、間違いなし! 信仰も加護もガッポリですよ!」
どうです!? じゃねぇよ!
俺が呆れている横で、「なるほど!」とルーリがなぜか感心していた。
「……問題は、肝心のシンに、昔の面影がこれっぽっちも残ってないことだけどね」
アンジュが冷静に、そして残酷に言った。
「言い方ぁっ!!」




