第三十話 ミーツ・ザ・魔王
魔王?
そのロボットが発した単語が、一瞬、理解できなかった。
数秒後、その意味がストンと腹に落ちた瞬間、俺の口から間抜けな声が漏れた。
「……魔王って、このロボットが?」
配膳ロボットは、ハッ、ハッ、ハッ、と奇妙な合成音声で笑った。
笑うたびに、モニターがノイズ混じりに明滅する。
「おっと、挨拶が遅れたね。勇者ルーリ。女神ソニア。そして……女神アンジェリーナと元・勇者シン。こんばんは、月の綺麗ないい夜だ」
俺たち以外、誰もいない静まり返った店内に、その声だけが響いた。
男のようでも女のようでもあり、子供にも老人にも聞こえる声。
無数の人間の声を無理やり一つのスピーカーから押し出しているような、どこか冒涜的な響き。
モニターに映るシンプルな丸い目が、俺を見ている――いや、違う。
アンジュも、ソニアも、ルーリも、同時に全員を見ている。
物理的にありえない。まるで、この空間そのものが「一つの巨大な眼」になったようだった。
そして、感情のないその瞳が、じっと、俺を見据えていた。
「しかし、シン。君もずいぶんと雰囲気が変わったようだね。まるで、どこにでもいる、冴えない中年男性のようじゃないか」
──こいつ、俺がシンだと知ってやがる。勇者としての、シンを。
思わずアンジュを見た。
彼女は唇をきつく噛み、鋭い目でロボットを睨んでいる。
その顔は、いつもの陽気な女神じゃなかった。
「……こいつ、ただ者じゃないわね」
彼女はそう呟くと、チラリと俺にだけ目配せをした。
「いきなりシンの弱点を、的確に突いてきたわ」
──別に、弱点じゃねぇし!
「……あなたが、魔王なの?」
今まで黙っていたソニアが、ロボットを睨みつける。
その瞳には、怒りとも恐怖ともつかない熱が宿っていた。
そして、彼女は、叫んだ。
「なんで……! なんでアンタが、私の注文したチーズインハンバーグ プラス デミグラスソースを持ってるのよ!」
魔王ロボットは、こてん、と小首を傾げるような動きをした。
「おや。君は、この店の前を通るたびに『いつか絶対チーズインハンバーグを食べよう』と誓っていたじゃないか? だから一番に用意しておいたんだ。……お節介だったかな?」
──もうやだ、この女神たち。
料理を運ぶ。それがこのロボットのお仕事なの!
ていうか、今はそれどころじゃない!
俺が、ロボットに声をかけようとした、その時――
斜め向かいの席で、青い閃光が走った。
ルーリが右手を高く掲げ、凛とした声を放つ。
「来たれ、我が愛刀! ルーガライガ!」
空間から青い光が集まり、彼女の掌へと収束していく。
光が晴れた時、その手には、美しくスリムな刀身を持つ剣が握られていた。
「魔王……! 初めまして、そして、さようなら! 喰らえ! ブレイブ──」
「待った待った待った!」
俺は、慌ててテーブルから身を乗り出し、今にも飛び出さんとするルーリの肩を、力ずくで押さえ込んだ。
「シン様! 離してください! 今、ここで決着をつけます!」
振り返った彼女の瞳は、闘志の炎に燃え、完全に戦闘モードに入っていた。
「ダメだって! こんな店のど真ん中で力使ったらどうなる! それに、こいつはどうせ本体じゃない!」
「何を言ってるんですか! 魔王以外が魔王を名乗るはずが──!」
「そうじゃない! これは魔王の“仮の姿”! ただの配膳ロボットなんだよ!!」
ルーリの目が、ぽかんと泳ぐ。
配膳ロボットが、ハッ、ハッ、ハッと耳障りな声で笑った。
「シンの言う通りだよ、勇者ルーリ。これは、この店の、単なる備品だ。壊したら、弁償になるよ?」
「……べ、弁償!?」
その一言で、ルーリの体から、すぅっと力が抜けていくのが分かった。
握りしめられていた剣も、光の粒子となって消えていく。
彼女が脱力して座り込むのを見て、俺は心の中でそっと安堵した。
「よく止めたわね、シン!」
隣のアンジュが、バンッと俺の肩を叩く。
「危うく、あたしたちの料理が台無しになるところだったじゃない!」
……そこかよ。
俺はため息をつきながら、自称・魔王ロボットに話しかけた。
「ご丁寧なご挨拶、恐縮です。……失礼ですが、どちらの魔王様で?」
冷静に言おうとしたら、ついビジネストーク調になってしまった。悲しい性だ。
「フフ。シン君は面白いね。さすが、年の功、というやつかな」
──うるせぇ。まだアラフォーだい!
「いかにも、私は、この世界を支配した魔王だよ」
妙に甲高い電子音で、とんでもない宣言をされた。
しかも、支配した?支配するの間違いだろ!
「それって……ご冗談ですよね?」
「私の存在が冗談なら、そこにいる女神と勇者も、等しく冗談ということになるが?」
──いっそ、その方が助かるけどな。
「ちなみに、先日はうちの“はねっ返り”が迷惑をかけたようだね。この場を借りて、お詫びしよう」
モニターの丸い目が、まるで頭を下げるようにスッと下へ動く。
「……こんな奴が、魔王……」
ソニアの呆然とした声が、かすかに聞こえた。
俺はそれを手で制し、核心へと踏み込む。
「伺いたい。あなたの目的は、一体何なんですか?」
一瞬、モニターの“目”がピクリと光を瞬かせた――。




