第二十九話 ファミレス
俺とアンジュは、店で買った缶コーヒーを飲んで時間を潰し、仕事を終えた二人と合流後、ファミレスへ向かった。
空には大きな月が出て、気持ちのいい風が吹いていた。
「なんだか、夢みたいです! こうして、みんなでファミレスに行くなんて!」
目をキラキラさせて、ルーリがはしゃぐ。
「あんまり、ファミレスには行かないの?」
「行ったことないです! キラキラしてて、すごく楽しそうで! ね、ソニア!」
「そうね。全部終わったらいつか行ってみようね、って話してたもんね」
この二人、本当に仲のいい姉妹みたいだ。
──神と勇者っていう関係のはずなのに。
「ねぇねぇねぇシン! これ持ってよ〜! 支払いさせたことは今、謝るからさぁ!」
アンジュが缶チューハイのケースを抱えて、ヨタヨタと後ろを歩いている。
──仕方ないな、うちの女神様は。
あまりに情けない姿だったので、ため息をつきながらケースを受け取った。
「今度からは、通販で買ったらどうですか」
「その手があったか!」と、アンジュはポンと手を叩く。「じゃあ、シン。カード番号、教えて!」
──だから、代引きで買いなさい。
ファミレスは案外すぐ近くだった。全国チェーンの有名な店。値段も手頃なようで、俺は内心ほっと胸をなでおろす。
店内はそこそこ混んでいたが、すぐに大きめの六人席に案内された。
ソニアとルーリは、分厚いメニューを嬉しそうに眺め、わいわい盛り上がっている。
「でも……本当にいいんですか? シン様のおごりで……」
ルーリが、申し訳なさそうに俺を見る。隣ではソニアまで、じっと俺の顔を窺っていた。
「フッ……」
突然、アンジュが俺の背中に半分隠れるようにして、ドスの利いた声で言った。
「気にするな。孤独で無趣味、戦うことしかしてこなかった男の財布にはな、夢と札束が詰まってるもんさ。今宵、美しい君たちの笑顔が見られるなら、安いもんだぜ」
「…………」
ルーリとソニアが、完全に固まった。
「……あの、アンジュさん。なんで俺のフリして、しかも声色まで真似てるんですか」
「あら、違った?」と、アンジュは悪びれもせず、てへぺろ顔。
俺は改めて二人に向き直った。
「……まあ、財布に夢と札束は詰まってないですけど。俺たちの世界を守ってくれてるんだからさ。これくらい、ご馳走させてください」
そう言うと、二人が黙って俺の顔を見つめ、瞳を潤ませた。
ど、どうしたんだ……?
慌てる俺に、ルーリが俯いて小さく呟く。
「……なんでも、ないです」
しんみりした空気を、アンジュが一瞬で破壊した。
テーブルの紙ナプキンを一枚抜き取り、それをくしゃくしゃに丸め──斜め前の席のカップル客、男性の頬に投げつけたのだ。
紙玉は予想以上に鋭く飛び、コツンと乾いた音を立てた。
「なっ……! 何を……!」
俺が叫ぼうとするのを、アンジュは手で制し、にっこりと微笑んだ。
「悪いけど、ここからは私たちだけにしてもらえるかしら? 大事な話をするの」
言われたカップルは一瞬顔を見合わせ、何も言わずに席を立った。
そして、アンジュは立ち去ろうとする二人に追い打ちをかける。
「どうせなら、他の皆さんも、連れて行ってちょうだい!」
一瞬の静寂──次の瞬間、店内にいた客たちが一斉に立ち上がった。
「あ、お支払いは済ませてから帰ってくださいね! 文句があるなら、おたくの『カエル室長』にでも直接どうぞ!」
アンジュの声に、カップルの男が悔しそうに一度だけ振り返り、レジへと向かった。
「……何が、一体……?」
俺が呟くと、アンジュは薄笑いを浮かべ、悠然とメニューを開いた。
「興味がないふりをして、やることセコいのよねぇ、あいつら」
そして、ページをめくりながらひと言。
「あ! ここ、お酒もあるじゃない!」
「……飲んじゃダメですよ、アンジュさん」
▽▽▽
オーダーを済ませてから、俺たちは今日の出来事をなるべく正確に、そして俺の感じたことも含めて二人に話した。
『求道家連盟』と『神明国教会連盟』のパーティ離脱は致命的で、ソニアは頭を抱え、深く考え込んでしまう。
一方で、ルーリの様子は少し違っていた。
もちろん、両連盟の離脱にはショックを受けていた。だが、それ以上に心を揺らしたのは──俺が話した九頭竜と和泉さん、それぞれの事情だったようだ。
「私……何も、知らなかった。二人が、苦しんでたなんて……。自分のことばかりで、仲間の顔が、ちゃんと見えてなかった……」
呆然と呟いた彼女は、突然ガタッと立ち上がり、席を離れようとした。
「ちょっと待ちなさい! どこへ行く気?」
アンジュが素早く腕を掴む。
「まさか、今から二人に会いに行くつもりじゃないでしょうね」
ルーリは目をぎゅっとつむり、答えなかった。
「今行っても、この離脱の件で責めに来たって勘違いされるだけ。余計に二人を苦しめることになるわよ!」
その言葉に、ルーリはぺたんと力なく椅子に座り込んだ。
「落ち着きなさい。二人のことは、色々片付いてからでも遅くない。今は目の前の“次の一手”を考えるべきよ」
「無理です! 無理ですよ! パーティがもうなくなっちゃったんですよ!? それでどうしろって言うんですか!」
ソニアが涙を溜めて、アンジュに食ってかかる。
「それとも、シン様がまたマグナフォルテで全部やっつけてくださるんですか!?」
ソニアの期待を込めた視線が俺に突き刺さる。
──けれど、変に期待させるわけにはいかない。これは命のかかった戦いなんだ。
「正直、次に同じことができるかは……分からない」
俺の言葉に、ソニアはフッと息を吐いた。
「……終わりよ。もう、何もかも。もともと無理だったのよ! こんな難しい世界で、正体も分からない魔王と戦うなんて……!」
ソニアは鼻をすすりながら、テーブルに突っ伏した。
俺とアンジュは、それをただ見ていることしかできなかった。
重く、絶望的な空気がテーブルを覆う。
──その沈黙を破ったのは、小さな少女の声だった。
「それでも、私はやる」
俯いていたソニアが顔を上げる。
「……ルーリ?」
ルーリはこくんと頷き、もう一度はっきりと言った。
「誰もいなくなっても、たった一人になっても、私は戦う」
そして、ソニアの手を両手でぎゅっと握りしめる。
「……一緒に、戦ってくれませんか?」
その真摯な瞳に、ソニアはこくりと頷くしかなかった。
俺の隣で、アンジュが、誇らしげに、そして少しだけ呆れたように呟く。
「……勇者ってのは、本当に、まったく……」
その時だった。
重苦しい空気を切り裂くように、軽快なメロディを奏でながら、一台のロボットが俺たちのテーブルに近づいてきた。
近頃よく見る配膳ロボット。モニターには、シンプルな丸い目と、にこやかな三日月の口が浮かんでいる。
それは湯気の立つ料理を載せて、ぴたりとテーブル脇に止まった。
そして、モニターの口が言葉を発する。
「話は、まとまったかな? 女神ソニア。そして、勇者ルーリ」
一瞬、俺はその言葉の意味が理解できなかった。
ロボットは続ける。
「おっと、挨拶が遅れたね」
丸い目がすっと細まり、三日月の口が深く歪んだ。
「私は──君たちが“魔王”と呼ぶ存在だよ」




