第二十八話 ウェ~イ
惣菜コーナーは、閉店間際ということもあり、棚の商品はだいぶ少なくなっていた。
今は、エプロンをつけた眼鏡の女性店員が、売れ残った商品に割引シールを一枚一枚、丁寧に貼っている。
「ねぇお姉さん、これさっき取ったやつなんだけど、こっちにも割引シール貼ってくれない?」
パーマをきつく当てた中年女性が、カゴを突きつけて詰め寄っていた。
「い、いえ……お客様が一度カゴにお入れになった商品には、貼らないよう言われておりまして……」
「何それ! 店長の指示? じゃあ店長呼んできてちょうだい!」
「あ、は、はい……じゃあ……お客様だけ、ですよ……」
店員は、おずおずと差し出されたパックに、割引シールをペタリと貼った。
──その瞬間、どこからともなく他の客たちが群がる。「私のも!」「俺のも!」と、次々にパックが突き出される。
店員はあたふたとシールを貼り続け、完全にパニック状態だ。
「……なんだか気の毒な光景ですね。店員さんもお客さんも」
「あの子、昔から要領悪かったからねぇ。まぁ、あれも社会勉強のうちでしょ」
アンジュはそう言って、シール貼りを終え肩を落とす店員の元へ、つかつかと歩いて行った。
「大変そうね」
声をかけられた店員が、はっと顔を上げる。
「……せん、ぱい……」
疲労でずれた三角巾から、銀色の髪がこぼれ落ちた。
その髪を見て、ようやく俺は気づく。
「ソ、ソニアさん!?」
「あっ! シン様まで……!」
眼鏡にマスク姿ではまるでわからなかった。
間違いなく、女神ソニアだ。
──女神が、スーパーの惣菜売り場で、割引シールを貼っている。
この現実離れした光景に、俺は言葉を失った。
「……何してるんですか?」
「何って、アルバイトですよ! こう見えて私、この惣菜コーナーの責任者を任されてるんです!」
と、ソニアは少し誇らしげに胸を張る。
「責任者のわりに、さっきズタボロにされてなかった?」
「あれは! あれは作戦です! ここは戦場なんですから!」
──いや、ここスーパーですよね。
「ところで、どうしたんですか? お腹でも空きました? 今日は少し遅くなりそうなので、冷蔵庫の残り物でもチンして晩酌しててください」
なんだこの、生活感あふれる会話。
「そうねぇ、じゃあ芋焼酎でも買って帰ろうかしら……って、そんなこと言ってる場合じゃないのよ!」
アンジュが地団駄を踏んで一人ノリツッコミを始めた。ソニアは冷静に見つめている。
「芋焼酎より、このスーパーのプライベートブランドの缶チューハイの方がコスパ良いですよ」
「わかったわよ。……じゃなくてだな! 今日いろいろあったの! 緊急作戦会議よ!」
「はぁ……」
ソニアは、助けを求めるような視線で俺を見る。
「今日、パーティのメンバーや“過剰脅威対策室”の人と話したんです」
「え!? 脅対室の人と!?」
ソニアの顔色が変わる。
「というわけで、どこかで改めて話せませんか?」
「えっと……外食ということですか?」
「シンのおごりでね」
アンジュが、当然のように口を挟んだ。
「でしたら、ここから少し行ったところにファミレスがあります! 一度行ってみたかったんです!」
「じゃ、そこに決まりね」
「やったー!」と、ソニアは子供のようにはしゃいだ。
──アンジュさん、勝手に決めないでください。
「私たち、今日は閉店業務じゃないので、あと少しで上がれます! ダッシュで終わらせますから!」
ソニアはそう言ってバックヤードへ駆け込んでいった。
「まったく、現金な子ね。あれでも一応、女神かしら」
アンジュが肩をすくめる。
──お前もな。
俺たちは店内を回り、レジに立つルーリを見つけた。
閉店間際の行列を、驚くほど手際よく捌いている。
「彼女、俺と違って随分と要領いいですね。勇者って、不器用なタイプが多いんじゃ?」
「んー、不器用な子が多いはずなんだけどねぇ。ま、稀に“器用貧乏”なタイプもいるのよ。そのぶん、ソニアが不器用さを一身に背負ってるってわけ」
「そ、そうですか……。ところでアンジュさん、その手のケース何ですか?」
「あ、これ? ソニアが言ってた缶チューハイ。コスパ良いって言うからさ!」
「それ持ってファミレス行く気ですか?」
「え! 持ち込みって禁止なの!?」
──いや、驚くの、そこじゃないでしょ。
順番が来て、俺は缶コーヒーをカゴに置き、その横にアンジュが缶チューハイの24本入りケースを「ドンッ」と置く。
ルーリは顔を上げ、俺たちに気づいて目を丸くした。
「え!? シン様とアンジュ様……」
「うぇ~い!」
アンジュが、怪しい目つきで謎の挨拶を返す。
「お支払いはご一緒でよろしいですか?」
「もちろん!」
アンジュが満面の笑みで即答する。
──は!?
「では、十二番の精算機へどうぞ」
ルーリに促され、アンジュは「あとでねー」と手を振り、さっさとセルフレジへ。
俺は呆然と立ち尽くす。
「……あの、これの支払いも俺なんですか?」
ニッコニコの笑顔で振り返るアンジュ。
「これでコスパは実質ゼロ円! どんなもんだい!!」
そう言って、彼女は高らかにピースサイン──しかもダブルで掲げた。
──ピースじゃねぇよ。




