第二十七話 女神の嘘
「あのさぁ……人の身体的特徴をいじるのって、よくないと思うんですよ」
エレベーターの中、俺が真面目に注意すると、アンジュは目を丸くして振り返った。
「なにそれ? 『カエルちゃんに似てる』って、ある意味ほめ言葉じゃない!」
——なわけあるか!
「カエルに似てるって言われて喜ぶ女性が、この世にいると思います?」
「えー? ここだけの話、この世界で一番キュートな生き物はカエルだと思ってるんだけど」
「……嘘ですよね」
俺がジト目で切り捨てると、「ホントだってば!」と、アンジュは胸を張ってポケットをまさぐった。
取り出したのは例の『A-PHONE』。その下には、見慣れないストラップがぶら下がっている。
「ほら!」
と、得意げに見せつけられたストラップは……。
カエル!?
「マジか……」
フッフーン♪と揺らしてくるそれは、デフォルメされたカエルの顔。
しかも下には『無事カエル』の文字。
「ほらね! 一か月後、ちゃんとシンを“無事にカエル”ようにって、願掛けしてあるんだから!」
にっこり笑うアンジュ。
「……いや、女神が誰に願掛けしてるんですか」
俺は思わず冷静にツッコんだ。
エレベーターを降りると、そこはまるで高級ホテルのロビーみたいだった。
大理石の床がキュッキュと鳴り、案内板には有名企業の名前がズラリ。
でも『過剰脅威対策室』なんてどこにもない。
——本当に国家機関なのか? というか、実在してるのか?
そんなことを考えていたら、背後から「ちょっと待ってください!」と声がした。
振り向くと、後藤が肩で息をしながら駆けてくる。
「今日はすみません。鏡が、失礼なことを……」
申し訳なさそうに眉を下げる後藤。
「いやいや、こっちの方こそ、何倍も失礼なこと言いましたから」
そう言った瞬間、「なによー」と背後から膝カックンを食らった。アンジュだ。
「鏡は、ああ見えて熱血漢の塊みたいな人なんです。普段はあんな高圧的じゃないんですよ」
「熱血漢? あれが? 笑わせる」
アンジュは鼻で笑った。
「まあ、ちょっと……弟さんのことで色々ありまして」
「弟?」
「実は、もともと勇者さんに話を持ち掛けたのは、鏡室長の弟さん、太洋さんなんです」
「鏡太洋さん?」
頷く後藤。
「最初のうちは、ソニアさんとルーリさんと、本気で魔王討伐を目指していたんですが……思わぬ敗退続きで、降格されたんです」
「「あらあらあら」」
なぜかアンジュとハモってしまった。
「……それで、そのしばらく後に行方不明になりまして」
後藤の声が小さく沈む。
アンジュは顎に手を当て、なにやら念じるように目を閉じた。
「……何か、分かりましたか?」
「んーん、まったく」
あっさり答えるアンジュ。
——じゃあ、その“考えるポーズ”なんだったんだよ!
「ま、記憶の片隅には置いとくわ」
無責任なその一言に、「ありがとうございます」と後藤は深々と頭を下げた。
「もしよろしければ、車でお送りしますが」
「大丈夫よ」
「ではせめて、タクシーチケットを」
「何それ?」
「これを降車時に渡せば、お支払い不要です」
「……ちょうだい!」
一瞬で女神から“強欲な子ども”に変わるアンジュ。
チケットを受け取り、タクシーに乗り込む。
「ご連絡お待ちしております」と後藤が頭を下げると、
「気が向いたらねー!」と手をひらひら振るアンジュ。
俺はどっと疲れが押し寄せ、シートに深く沈んだ。
外はもうすっかり夜。街の明かりが滲んで見える。
「アンジュさん。今日はお疲れさまでした。本当に……大変な一日でしたね」
そう言うと、A-PHONEをいじっていたアンジュがふっと顔を上げた。
「何言ってんの。一日は、まだ終わってないわよ」
ニヤリと、悪戯っぽく笑う。
「ううん、むしろ始まったばかり。——おはよう、シン」
▽▽▽
タクシーを三茶で降りた俺たちが向かった先は、『スーパーはやかわ丸』だった。
夕飯の惣菜でも買うのかと思っていたら、「何言ってんの!」と本気で呆れられた。
「ソニアとルーリちゃんに報告しなきゃでしょ! 新たな接敵候補! パーティ崩壊の危機! これはもう、緊急作戦会議よ!」
——さっきまでの余裕顔はどこへ行った。
「でも、会議室では“全然問題なし~”って言ってませんでした?」
「なわけあるか! あたしだって、ビビって漏らしそうだったわよ!」
——やめて。女神がそんなこと言わないで。
つまりアンジュは、鏡室長の前で虚勢を張ってただけってことか。
「どーすんの!? どーしよ!? どーなんの!? 早く相談しましょ!」
急にテンパり出して、足早に『スーパーはやかわ丸』の自動ドアをくぐっていくアンジュ。
俺も慌ててその後を追った。
店内は広く、都内にしては品揃えも豊富な大型スーパーだった。
そういえば、ルーリはここでレジ打ちしてるって言ってたな。
「ルーリちゃんと二人で話すんですか?」
「うーん……」とアンジュが考え込み、パッと顔を上げた。
「やっぱ、二人一緒の方がいいわね」
「ソニアさんは、ご自宅に?」
「ううん。最近、ルーリちゃんと一緒に、ここでバイト始めたらしいの」
そして周囲を見回し——「あ! いたいた!」と、総菜コーナーへ駆け出した。
俺は、その場に立ち尽くした。
——女神がスーパーでバイトしてる姿なんて、どう考えても想像できない。




