第二十四話 ゲコ♪
女性職員が出て行ってからすぐに、アンジュがコップも使わず、ペットボトルの水をラッパ飲みしていると、廊下からドカドカと慌ただしい足音が聞こえてきた。
そして、バンッ!!
と、勢いよく扉が蹴破るように開かれた。
その轟音に驚き、アンジュが口に含んでいた水をブッと盛大に噴き出す。
そこに立っていたのは、何もかもがパワフルな作りの、中年女性だった。
彼女は、挨拶を交わす間もなく、劈くような大声でわめき散らす。
「あなたたち! 自分が何をしたのか、分かってるの!?」
短く刈り揃えられた髪をオールバックにし、大きな目と大きな口が、その強い意志を物語っている。
今にもはち切れそうな黒のスーツに身を包んだ小柄な……いや、横幅だけは大柄な女性。
「公務執行妨害! 器物損壊! 電子計算機損壊等業務妨害罪、不正アクセス禁止法! なんなら、脅迫罪だって適用できるのよ!」
ギャーギャーとまくし立てる彼女を、俺は「なんだか、カエルみたいだな……」と、ただぼんやりと眺めていた。
そんな気持ちが伝わったのかアンジュが不思議そうに彼女を見る。
「ねぇ、あなた。カエルちゃんに似てるって、言われたことない?」
アンジュは、しごく真面目な顔で尋ねた。
──アンジュさん! すぐそうやって、思ったことを口にする!
それに、容姿に言及するのは、セクハラですよ! ……まあ、喧嘩を売ってきたのは、向こうが先だけど。
女性は、見る見るうちに顔を真っ赤にさせ、今にも掴みかからんばかりの勢いで、俺たちの前にずかずかと歩み寄ってきた。
「おい、後藤! 本当に、これが『例の連中』なのか!」
例の連中、ねぇ……。ずいぶんな言われように、俺もだんだん腹が立ってきた。
最初は気づかなかったが、女性の背後に隠れるように立っていた後藤が、ひょっこりと顔を出し、なんだか申し訳なさそうにこちらを見ている。
アンジュは、水のこぼれたスーツの胸元を、優雅に手で払いながら言った。
「あのさぁ。お話があるって言うから、わざわざ来てあげたのに、何いきなり怒ってるゲコ?」
──その「ゲコ」だよ、アンジュ!!
「おい、後藤! こいつらを今すぐ逮捕しろ」
「いやいや、待ってください室長。単なる言葉遊びじゃないですか。でしょ?」
後藤がうかがうように俺たちを見て、『謝って!』と唇を動かす。
アンジュは、そんな後藤に『わかった』と唇で返し言った。
「ゲロゲーロ」
──カエル語で謝罪ですね。アンジュさん!
そのあと何が起こったかは記憶が定かではない。
▽▽▽
気づけば、俺とアンジュは並んで椅子に座らされ、大きなテーブルを挟んだ向かい側には、後藤と、あの『ゲコ室長』が座っていた。
室長は、手元にある分厚い資料に目を通しており、会議室は不気味なほど静まり返っている。
隣のアンジュは、心底つまらなそうに自分の爪をいじくり、後藤は、さっきから貼り付けたような笑顔を浮かべているだけだ。
俺は、唇の動きだけで『だれ?』と後藤に問いかけ、顎で前の女性を指し示す。
後藤が、『かがみしつちょうです』と、こちらも唇だけで教えてくれた。
それを見たアンジュが、「カエル室長?」と小声で呟く。
瞬間、俺と後藤の顔が、そろってサッと青ざめた。
その時、室長と呼ばれた女性が、手元の資料をテーブルに「ドンッ」と大仰に置き、俺たち二人を、まじまじと観察するように見た。
「『過剰脅威対策室』室長の、鏡よ」
彼女はそう言うと、射抜くような鋭い視線で、アンジュを睨みつけた。
──ほら、絶対さっきの聞こえてたよ!
「アンジュよ。安いお寿司の『寿』と書いて、アンジュ」
「いいわ、どうせ偽名でしょ」
鏡室長は、アンジュの自己紹介をけんもほろろに言い放つと、今度はその視線を、俺に向けた。
「……山川新次郎です」
一応、名乗られたので、俺も名乗っておいた。
「これも偽名かもよ!」
アンジュが、俺に顔を並べ指を立て、楽しそうに言った。
鏡は何も言わずアンジュをスルー。
当然、俺も無視して、鏡室長を見据える。
「あなた達が、『規格外』の存在であることは認めましょう。……単刀直入に聞くわ。あなた達の目的は、何?」
俺は、思わずアンジュと目を合わせてしまった。
規格外? 俺が?
「あなた達、勇者とかいう異世界からの『闖入者』の、手下か何か?」
鏡室長は、嘲るように、唇の端を吊り上げた。
間違いなく、挑発している。
アンジュが、椅子の背もたれに、深く体を預けた。
「へぇ……。あなた達、ちゃんと『異世界人』の存在を認めてるんだ」
ジロリ、とアンジュを睨みつけ、鏡室長は一度、深く息を吸う。
そして、吐き出すように言った。
「信じないわけにはいかないでしょう。奇妙奇天烈な術を使い、得体の知れない化け物を相手に大立ち回りを演じる。挙句の果てには、この部屋の監視カメラ十台を、一瞬で『お釈迦』にする。……そんな規格外の女は、『異世界人』とでもしておくのが、最も無難な判断だわ」
──やっぱり、カメラを壊されたこと、根に持ってるな、この人。
「それで……あなた達の目的は、やはり『魔王討伐』。それでいいのかしら?」
鏡室長が、あまりにもあっさりとその単語を口にしたので、俺は逆に驚いてしまった。
「……魔王の存在を、認めているんですか」
俺が尋ねると、彼女は即答した。
「認めてはいません。『魔王』と言ったのは、自称・勇者のルーリでしたか? 彼女がそう呼んでいるから、便宜上使っているにすぎません」
「ですが、魔王がいるとは、お考えなのですね」
俺が詰め寄る。
だが、彼女はそんなこと気にも留めない様子で、サラリと言った。
「魔王かどうかは知りませんが、あなた達と敵対する勢力が存在することは、把握しています。……しかも、あなた達と同様に、我々の理解を超えた技術を使う、厄介な存在がね」
その言い方は、まるで他人事のようだった。
「この世界の、脅威なんですよ!」
俺が、思わず身を乗り出して叫ぶ。
しかし、彼女は涼しい顔のまま、動じない。
「脅威? ……ええ、そうね」
そして、その唇に、氷のような笑みを浮かべた。
「……魔王が? それとも、あなた達が?」




