第二十二話 ちかじか
しばらく四人で話した後、和泉さんもサキコちゃんも、それぞれ予定があるとのことで、その場は解散となった。
結局、ギャラの件については、「貰えるなら嬉しいけれど、それを勇者である、ルーリが捻出するのは、絶対に違う」という点で、二人の意見は一致していた。
「ただ、ルーリさん自身が『そうしたい』と言い張るので、私たちも、むげに断れなくて……」
和泉さんは、少し申し訳なさそうにそう説明した。
その後、話題があの時現れた俺の剣──マグナフォルテに移りそうになったので、俺は慌てて話を切り上げた。
別れ際、サキコちゃんが「ちかじか、また会うことになると思いますので、その時もよろしくでーす!」と、意味深に手を振っていたのが、少しだけ気になった。
「『ちかじか、また会う』、ですか」
駅へ向かう道すがら、俺はアンジュに言った。
「何か、そんな光景が見えてるのかもね」
「未来視、ってやつですか?」
「もしそうなら、大したもんよ。女神ですら、未来を正確に予知するのは至難の業なのに」
「アンジュさんは、見えたりしないんですか?」
「見えてたら、あんたを元の世界に帰したりしてないっつーの」
そう言って、彼女はつまらなそうに肩をすくめた。
よっぽど、俺の今の状況が気に食わないらしい。
──それを一番感じてるのは、俺自身なんだけど……。
「……まあ、でも。今日のあんたは、ちょっとだけ『シン』らしかったわよ」
「え!?」
「ちょっとだけね。ほんの、ちょーっとだけ、だけど」
アンジュはそう言い捨てると、スタスタと一人で駅の方へ歩いて行った。
なんだか不思議な気分で、俺は彼女の後を追った。
▽▽▽
「……つけられてるわね」
アンジュがぽつりと呟いたのは、あの犬の銅像を通り過ぎた、その時だった。
「つけられてるって……アンジュさんが?」
「もちろん、あなたもよ」
彼女は、まっすぐ前を向いたまま、俺を見ることなく言った。
そして、駅には向かわず、そのままスクランブル交差点を渡り始める。
しばらく何も言わずに歩き続け、やがて、路地裏の小さな公園に入っていく。そして、公園の真ん中あたりで足を止めると、くるりと後ろへ振り返った。
俺も、彼女の視線の先を見つめる。
黒っぽい服の男が、スッと街灯の影に身を隠すのが見えた。
「……シロートかよ」
アンジュがボソリと呟いたかと思うと、今度は、両手をメガホンのようにして声を張り上げた。
「そこのお方ー! 御用があるなら、出てきてお話ししましょー♪」
まるで、歌の一節のように、リズミカルな呼びかけだった。
すると、木の陰から、長身の男がゆっくりと姿を現した。
男は、まるでペアルックのように、アンジュと同じ黒のビジネススーツを着こなしている。見るからに、普通のサラリーマンとは思えない雰囲気を纏っていた。
──九頭竜さんといい、この男といい、なんでみんな、こうエリート風なんだ。
なんだか自分が惨めになってくる。
男は、端正な顔立ちの唇を少しだけ吊り上げると、にこやかにこちらへ近づいてきた。
「おや、バレてしまいましたか」
そう言って、彼は満面の笑みを浮かべた。
「どちら様かしら?」
アンジュがにっこりと尋ねると、男もそれに応えるように、完璧な笑顔を返す。
──まさにミラーリング。できる営業マンのテクニックだ。
「これはこれは、申し遅れました。私、『過剰脅威対策室』の、後藤と申します」
男は、深々と、そして丁寧すぎるほど腰を折って自己紹介した。
「あら、もしかしてナンパ?、ひとめぼれ? 困っちゃうわねー」
アンジュが、恥じらうように、わざとらしく体をくねらせる。
話の逸らし方が独特すぎて、俺はただ呆気にとられるしかなかった。
「いえいえ。ナンパなんて軽いものじゃありません。もし、告白して想いが遂げられるのなら、この場で跪いてプロポーズいたしますが」
後藤は、完璧な笑顔でそう切り返した。
──こいつら、ヤダ。腹の探り合いが、いちいちウザすぎる。
「あのー、『過剰脅威対策室』というのは、何のことでしょうか?」
俺は、あえてすっとぼけて質問してみる。
すると、後藤は、パアッと効果音がつきそうな笑顔を輝かせ、俺に視線を向けた。
「山川さん! 初めまして。我々のことは、すでに九頭竜さんからお聞き及びかと存じますが?」
──なんで、それを知ってるんだ!
「……九頭竜さん、ですか。どちらの九頭竜さんでしょう?」
一瞬、後藤が目を見開き驚いたみたいだが、すぐにテンプレのような笑顔に戻る。
「いやいやいや、なかなか落ち着いていらっしゃる。山川さん。あなた本当に『立川商事』の山川さんですか? やはり、実際にお会いしないと分からないものですね」
後藤は、フフ、フフフフ、と肩を揺らして笑った。
その爽やかなルックスがなければ、即座に通報しているところだ。
「『求道家連盟』のご当主、九頭竜様ですよ。……つい先ほど、料亭でお会いになっていたじゃないですか、山川新次郎さん」
……この話、九頭竜さんは承知の上なのか? もしそうでないなら、俺がここで迂闊に返事をすれば、彼に迷惑をかけることになるかもしれない。
「うーん……。なかなか、お二人ともガードがお固いようで」
俺が黙り込むと、後藤は困ったように首を傾げた。
「もし、よろしければ、場所を変えて、ゆっくりお話ししたいのですが」
彼がそう言った、まさにそのタイミングで。
公園の入り口に、一台の黒塗りの高級車が、音もなく滑るように停車した。
「お話ししてー、私たちに何かメリットはあるのかしら?」
アンジュが、なおもシナを作り尋ねる。
「そうですね。メリットしかない、と申し上げておきましょう。特に……」
後藤は、俺の目をじっと見つめ、そして、にっこりと笑った。
「山川さん……いえ、『シン』さんとお呼びした方が、よろしいでしょうか?」
その言葉に、空気が凍った。
隣で、アンジュが一瞬、息を呑むのが分かった。
なにしろ、「シン」という呼び名を知る者は、この世界では、今のところ異世界の人間しかいないはずなのだから。
「さあ、参りましょう」
後藤は、まるで全てを見透かしたかのように、車のドアへと、優雅に手を差しだした。
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本日21時にもう一話、『第二十三話 指パッチン』を更新します!!




