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第二百五話 境界の夜


 ざわ、ざわ……。


 遠くで蠢くようなざわめきに、不意に意識が引き戻された。


 板間の上で跳ね起きる。


 隙間だらけの窓枠から射し込む光が、積まれた木箱を赤黒く染め上げていた。


 いつの間にか、外はすっかり夕暮れだ。


 どうやら三人とも、あばら家を物色しているうちに泥のように眠り込んでしまったらしい。


「……ん、なんかあったの?」


 背後で、床に丸まっていた町田が目をこすりながら身を起こした。


「外から声が聞こえた気がしてさ」


 窓の隙間へ視線を向ける俺につられて、彼女もじっと耳を澄ませる。


「ホントだ。なんか人が話してる声がするね。さっき村長が言ってた、集会の準備でもしてるのかな?」


「かもな」


 曖昧に相槌を打つ。


 町田は寝癖のついた頭をかきながら、首をひねった。


「なんだかヤだよね。なんで集会を、わざわざ夜にやるんだろう」


「変だよな。……ちょっと、外を見てこよう」


 土間に降り、立て付けの悪い木の引き戸に手をかけた。


 ガタッ。


 引く。動かない。


 グイッ、ガタガタガタッ!


 力任せに揺すっても、戸は枠にへばりついたようにびくともしない。


 外から(かんぬき)のようなもので塞がれている感触だ。


「ウソ!? 閉じ込められてるの?」


 町田の声が上ずった。


 背筋を、生ぬるい悪寒が這い上がる。


 赤黒い夕日が、部屋の隅に落ちた影を不気味に引き伸ばしていく。


 やっくんも目を覚ました。


 目をこすりながら不安そうに見上げる姿は、まさに幼子そのものだ。


 町田はそんな彼を引き寄せ、「大丈夫だからね」と優しく頭を撫でる。


 その姿を見たせいか、柄にもない父性がムクムクと湧き上がってきた。


「……蹴破るか」


 戸口から一歩下がり、間合いを取る。


 右足に渾身の力を込め、思い切り戸板を蹴り飛ばした。


 ドンッ!


 足の裏に硬い衝撃が跳ね返る。


 戸板はピクリとも動かない。


 それどころか、蹴り上げた瞬間、宙に緑色の透明な膜のようなものが一瞬だけ浮かび上がった気がした。


 俺は町田を振り返る。


「いまの見たか?」


「見た」


 ごくりと喉を鳴らす町田。


「腰が入ってないね。ガンバ!」


 ──そっちじゃねーよ!


 もう一度蹴る。


 バァンッ!


 再び、一瞬だけ緑の膜が浮かび上がった。


 和泉さんやリラが使っていた「絶対防御障壁」に酷似している。


「見えたよ!」


 町田が叫ぶ。


「A.T.フィールド!」


 ──アニメの見過ぎ!!


 町田の言い分はともかく、大事なのはそこじゃない。


 誰が、何のために。


 そして、そんな魔法が使える何者かが、この村にはいるという事実。


 いや──もしかしたら村人全員が、そんな力を持っているのかもしれない。


「でも変だよね」


 町田が額に手を当てる。


「もし閉じ込めたいなら、こんなとこに連れてこないで、村長の家とかに監禁すればいいのに」


 時々、この人は鋭い。


「とすると……この魔法を使った人と、村長&岡田は別の人間? いったんここに連れてきて、その後に結界を張った?」


 ここに連れてこられた時のことを思い出す。


 確か、あばら家に着いてすぐの頃。外で不自然な音がして、誰かの気配を感じた。


 その直後だった。


 抗えない睡魔に襲われ、泥のように眠ってしまったのは。


 ──あの時か。


 こめかみをグリグリと押し回す町田に説明しようと振り向いた、その瞬間。


 ガンッ、ガンッ!


 ノックというより、力任せに扉を叩く乱暴な音。


 固く閉ざされていた引き戸が、外から勢いよく引き開けられた。


「やあ。夜会の準備ができたから、迎えに来たよ」


松明(たいまつ)を掲げた岡田だった。


 その後ろには、丸太のように太い腕をした屈強な男たちが四人。


 揃ってにっこりと微笑んでいる。


 不気味なほど、目が笑っていない。


「さあ、ついてきてくれ」


 ▽▽▽


 俺たち三人は、屈強な男たちに囲まれるようにして夕闇の村を歩き出した。


 中心の広場へ近づくにつれ、煙たい薪の匂いと喧騒が濃くなる。


 大勢の人が話す声。


 祭りのような陽気さはない。


 どこか刺々しい、言い合いでもしているような異様な響きだ。


「ねえ、なんか不安しかないんだけど」


 町田が俺のコートの裾をぎゅっと掴んで離さない。


 彼女のカーディガンの裾を掴んだやっくんも、コクコクと頷いていた。


「私たちって、ここに住みに来たわけじゃないじゃん。それ、早く言わないとマズくない?」


 ──激しく同意だ。


「岡田さん。その夜会ってのは、何なんですか?」


「君たちの紹介をするんだよ。夜なら、村の人も全員揃ってるからね」


 夜なら。


 妙に引っかかる言い方だ。


 昼間、この村に着いた時は、ほとんど人とすれ違わなかった。


「あのー、俺たち実は……」


 誤解を解こうと口を開いた途端、岡田がくるりと振り返った。


「さあ、着いたよ。君たちはそこの台へ上がってくれ」


 昼間通った、村の中心だ。


 道に沿って等間隔に並べられた篝火かがりびが、赤々と燃え盛っている。


 広場を埋め尽くすほどの村人たち。


 揺らめく炎が、彼らの無表情な顔に濃い影を落としていた。


 その中心に組まれた木組みの台の上。


 昼間会った村長が、大げさに両手を広げて待ち構えていた。


「オォーッ! 今夜の主役の登場だ! みんな、拍手で迎えてやってくれ! 我々の新しい仲間を!」


 

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