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第二百四話 境界の村長


 板張りの薄暗い広間へ通される。

 上座の座布団へどっかり腰を下ろした村長は、品定めの視線をひとまず引っ込め、わざとらしく咳払いをした。


「して。あんたらは、どうして『彼方』へ? 神楽さんに救いを求めて来たのかね」


 厳かぶった口調。

 その言葉を、町田が勢いよく遮った。


「違います! 神様に文句を言いに来たんです!」


 一瞬で空気が止まる。

 芝居がかった威厳など吹き飛び、村長は呆れたように目を剥いた。隣の岡田と顔を見合わせ、激しく瞬きを繰り返す。


「そうですよ、文句です! いや、抗議です! またはクレームです!」


 ──なぜ言い換える。


「いいですか! 私たち家族、爪に火をともすような慎ましい生活を送ってきました! なのに神様は、そんな私たちを苦しめてばかりなんです!」


 身を乗り出し、一気にまくしたてる。


「主人は会社をリストラされ! 一人息子は学校でいじめられ! 私だって不運続きです! 今朝なんて、箪笥の角に足の小指をぶつけました! それに――!」


 息継ぎすら惜しむ勢いだ。

 目の前の二人は、ぽかんと口を開けたまま圧倒されていた。


「神様なら、えこひいきせずに私たちを幸せにする義務があるんじゃないですか!? お客様センターはどこですか!」


「な、なにを言っとるんじゃ!?」


 村長が素っ頓狂な声を上げ、のけぞる。

 リストラ、いじめ、小指の強打。どれもこれも、神域へ乗り込んで直談判するようなスケールじゃない。

 というか、設定の盛り方がエグい。俺はいつの間にか“職を失った哀れな父親”にされていた。


 隣で、岡田がごくりと喉を鳴らす。


「あんたら……まさか。神楽さんにも、今みたいに説明したのか……?」


「そうですけど。それが何か?」


 ふんぞり返り、堂々と胸を張る町田。

 村長と岡田は、珍獣を見るような目で彼女を見つめ返した。


「よくもまあ、そんな我欲まみれの者たちを、この神域へ通したな……」


「やはり、“代替わり”したって話は本当らしいな」


「ウム」


 二人は難しい顔で深く頷き合う。

 代替わり。また知らない単語が出てきた。


「俺からも、質問いいですか?」


 すっかりペースを乱された村長は、露骨に嫌そうな顔をしながらも「なんじゃ」と顎をしゃくった。


「ここにいる皆さんも、あの部屋から来たんですか?」


「そうだよ。ここに住む者は皆、あんな私利私欲に塗れた世界を捨て、御神様の住まうこの世界へやって来たんだ」


「丸眼鏡をかけた男に送られて?」


「違う違う」


 村長は顔の前で手を振る。


「私らを送ったのは『先代』だ。その丸眼鏡とやらは、先代の息子じゃろう」


 脳裏に、あの胡散臭い男の顔が浮かぶ。

 息子。つまり今は、あいつが“神楽”を継いでいるということか。


「ちなみに、この村には何人ぐらい住んでるんですか?」


「何人じゃったかのう……。まあ、百人はおらんと思うが」


 気だるげな返答。

 その瞬間、脳の奥でカチリと嫌な音が鳴った。


 計算が合わない。

 丸眼鏡は確かに言っていた。過去に百人以上を送ったが、帰ってきた者は一人もいない、と。

 この村には百人もいない。しかも彼らは“先代”に送られたと言っている。

 なら、丸眼鏡が口にした“百人以上”の中に先代時代の人数が含まれているとしても、数が足りない。圧倒的に。


 ──あいつに送られた連中は、一体どこへ消えた?


 思考に沈みかけたところで、村長が面倒臭そうに岡田へ視線を向けた。


「まあいい。岡田さん、あんたんとこの隣、空いとったよな」


 岡田が無言で頷く。


「とりあえず、そこを貸そう。今日はあまり出歩くんじゃないぞ。今夜、皆を集めてあんたらを紹介する。それまでは大人しくしておれ」


 言い終えるや否や、村長はシッシッと手を振った。野良犬でも追い払うみたいに。


 ▽▽▽


「ここが、あんたらの仮住まいだ。今夜の集会までは中で待っとれ」


 岡田はそれだけ言い残し、さっさと背を向けて去っていった。

 “隣”と聞いていたから、岡田家のすぐ横だと思っていた。

 案内されたのは他の家々から百メートル近く離れた場所に、ぽつんと建つ小さなあばら家だった。


 ──隔離、かよ。


 軋む木戸を開け、中へ入る。

 時代劇に出てくる長屋のような造りだった。狭い土間と、申し訳程度の板間。それだけ。

 普段は倉庫代わりなのか、部屋の三分の一ほどは薄汚れた木箱で埋まっている。

 俺たちは板間へ上がり、どさりと荷物を下ろした。


「はあ〜〜〜、緊張したー!」


 町田が両腕を突き上げ、思い切り背伸びをする。

 リュックからペットボトルを取り出し、「はい」とやっくんへ手渡した。

 その姿だけ見れば、どこにでもいる世話焼きの母親みたいだ。


「さっきは、ずいぶん饒舌だったな」


 半ば呆れながら言うと、町田は不満そうに唇を尖らせた。


「そういうこと言うんだ? せっかく助け舟を出してあげた町田ちゃんを差し置いて」


「まあ、それは助かったよ」


 素直に礼を言うと、途端に機嫌を直す。


「エッヘン」


 得意げに胸を張る。


「なるべくさー、あの人たちが嫌がりそうな言い方してみたんだよね。どうだった?」


「大正解だ」


 即答した。


「実際、あいつらの様子にも違和感しかなかったからな」


「でしょー!」


 町田が、俺の鼻先へビシッとピースサインを突き出す。


「なんかさー、“神様に選ばれた自分たちは偉い”みたいな顔してたよね」


「……ああ」


 村の連中から感じた選民意識。外の世界を“穢れた場所”みたいに言っていた態度。そして、百人以上送り込まれたはずなのに、存在しない人数。

 嫌な予感しかしなかった。


「それに、あの村長」


 町田がスッと声をひそめる。


「すっごい嫌な目してた」


 思わず苦笑した。


「お前、気づいてたのか」


「そりゃ気づくよー。むしろ気づかない方が怖いって」


 ケラケラ笑いながら答える町田。

 笑っているわりに、その目は据わって冷静だった。


 ふと。

 外から、ガリ……と何かを引っ掻くような音が聞こえた。


 反射的に視線を向ける。

 薄汚れた窓の外には、誰の姿もなかった。


 

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